第3話


「しかし、カンチョー・プレーというパワーワード、覚えちゃダメなのかなぁ?」

「少なくとも、敢えて覚える必要ないだろ」


「いや、アレよ、その……、早いうちから知っておいたほうが、かえって免疫がつく的な。何だ、そんなもんか的な。だって、世の中ってのは、そんな綺麗なものじゃないの。もしかすると、君のあこがれている子はカンチョーされるのが隙かもしれないし、逆もしかり……、カンチョーするのが、好きなのかもしれない」

「長文、おつ。カン・チョーだけに」


 アンニュイな顔で告げる上市理可を、綾羅木定祐は軽くあしらう。

 代わって、


「ところでだ、理可氏?」

「は、いぃ?」

「君は、何てタイミングで起こしてくれたんだ? とんでもないことを、してしまったんだぞ?」

「はぁ? エッチな夢でも、見てた?」

「私の夢ではないッ!」

「――!?」


 一喝する綾羅木定祐に、上市理可は驚く。


「私だけの夢でなく、これは、全人類男性の夢だ……。この世は、実は仮想世界の写像だという説があるが、そのとおりだ……。私は、うたた寝をしていたのではない。その、2045年の来たるシンギュラリティに向け、仮想世界にアクセスする実験を行っていたのだ。その技術こそ用いれば、すべての女性とアクセスし、エッチをするVRの開発も可能になる。いわゆる、VR業務用セックス産業の夢を、先ほど君は壊したのだ! カンチョーを、口に垂らしてな! ゆめゆめ忘れるな!」


「うわー、気持ちわるー! てか、シンギュラリティ、壊れちゃーう!」

「何を言う! 科学の進歩は、エロから始まる! エロこそ、科学の母!」

「じ、じゃあ、戦争こそ、科学の父!」


 などど、二人は意味不明なやり取りをする。

 そこへ、



「おクツで、エッツ……」



 と、完全に気配を消して、机の引き出しから、某猫型ロボットのように現れた影があった。

 某諜報家族の嫁のような、暗殺者風ドレス姿に、長く麗しい黒髪に狐耳と――、すなわち、そこにいたのは妖狐こと神楽坂文の姿であった。


 なお、その手には、苺抹茶のドラ焼きを持っていながら……

 そして、方言風で、「お口でエッチ」とか言いたかったのだろう、たぶん。


「「うっわ、きんめぇ!!」」


 綾羅木定祐と上市理可の二人は声をそろえつつ、


「何がおクツでエッツだ? このドラ〇もん野郎」

「どうせ、お口でエッチとか言いたかったんしょ? きんも。――てか? それ? 私のドラ焼きじゃねえか?」


 二人はつっこみつつ、


「――で、何しに来たんだ? ドラ〇もん野郎」

「そろそろ……、事件の香りがしてな――。低級動物ども」

「「ふ~ん……、あっ、そ」」


 答えた妖狐を、二人は軽くあしらう。

 ちなみに、説明するに、この妖狐・神楽坂文だが、この合同会社『神楽坂事務所』とはいちおう協力関係にある。


「あっ? 事件はいいけどさ、ドラ〇もん? 私食べたいものがあるんだけど」

「はぅ、」

「ちょっと、タケノコとってきてほしんだけど、その、新春のタケノコってやつ?」

「おお、そうだ! ちょうど、旬のタケノコの天ぷらを食いたいと思っててな、どうせ、お前さ? 妖力でマッハ2とか3とか出せるだろ? ちょっと、ぱぱっと、どっかの山でタケノコ掘ってこいよ、ドラ焼き野郎」

「おまえら、ゴミだじょ……」


 妖狐は、軽く引きつつ、


「やれやれ……、とりあえず、ここ最近、ちょうどな、その“おクツ”に関する事件が続いているようでな」


 と、何やら紙の束を手渡した。

 それらは、ここ最近の、数件のとある不振死に関する資料だった。


「何だ? これを、私らに調べろというのか?」

「まあ、そういったところだ どうせ、暇しているのだろ? 貴様たち?」

「別に、暇してないわよ。あ、ちゃんとタケノコ掘ってきてよ」

「そうだぞ、まったく。……まあ、いちおう、目をとおしておいてやる。何かあったらこっちから連絡するから、帰れよ。あ、タケノコは掘って来いな」


「ふむ。そしたら……、さて? それまで、私は出かけてこようかな? 箱根にでも、口(くち)マンスカーに乗ってな――」

「「うっわ、口(くち)マンスカー、とか……。ていうか、人様に調べさせておいて、いい身分だのう、お前は? 頭ン中、ドラ焼きでできてんのか?」」


 綾羅木定祐と上市理可は、顔をしかめる。

 というより、自分たちはドラ〇もん野郎だの、タケノコを掘って来いだのパシらせようとしたことなど棚に上げておいて、この言い草である。

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