第6話 古(いにしえ)のステマが文化になるまで100年はかかる(1)
オレ、雷童 我浪(らいどう がろ)は、半日の異世界紀行を終えて翌日の今日、守人学園の授業開始初日を無事に迎えることができた。
教室に入ると、授業開始まで大分あるというのに、既に先生は教室におり、俺たち新入生を迎えてくれた。手にしている出席簿をチラリと見ると、カラーの生徒写真と簡単なプロフィールが書かれている。
「雷童(らいどう)君ですね。私が担任になる原江渡(はらえど)です。」
原江渡(はらえど)先生は見た目30歳くらいの、いかにも生真面目そうな銀縁メガネの男性だった。軽く挨拶をすると握手を求められたので、疑問に感じながらも握手を返す。ふと感じた違和感に思わず手を引っ込めてしまう。
「……なにか能力を使いました?」
「ほう、素晴らしい。気づける類のものではないはずなのですが……安心してください。『鑑定』ではありません。『診断』という医療系の能力です。」
「ふぅん。先生、ヒーラーなんだ。」
もう少し聞きたいこともあったが、次の生徒が来ていたので会釈してその場を開ける。教室を見回すと五席が四列並び、全部で二〇席。その内の前方の十席に名前の札が張り付けてある。
オレの名前が張り付けてあるのは、ど真ん中の前方の机。一般的に言えば外れ席じゃないか? 先生と目が合いまくるような、優等生以外喜べない席になってしまった。
救いなのは、左右が知っている顔ということか。
右隣が鞍馬 影守(くらま かげもり)、左隣が竜宮 乙波(たつみや おとは)、オトハの後ろが阿曽 姫花(あそう ひめか)。
ちゃんと全員、登校してきており、既に机についている。女子二人は元気そうにおしゃべりしているが、クラマはぐったりとして、目の下に薄く隈をつくっている。
「よう、クラマ。帰るのに苦労したのか? 随分疲れてるみたいだけどさ。」
「おはよう、ガロくん。帰るまでは、すんなり行ったんだけど、家庭の事情でね。」
「クラマのところもか。ウチもばあちゃんと、母ちゃんが、飯の時間に遅れるなら連絡しろって怒ってさ。」
「うん。ウチもそう、そんな感じ。」
なにか含むところを感じて、本当に大丈夫か聞き直そうと口を開くも、授業開始のチャイムに阻まれてしまった。原江渡(はらえど)先生が教壇に立ち、ホームルームが始まる。
「みなさん、守人学園へようこそ。ここは少し特殊な学校です。皆さんご存じかと思いますが、この学校は異世界因子を持つ生徒たちが集まる場所。皆さんの能力が、皆さんの不利益にならないよう、一般的な教育と共に能力と向き合っていただく学校です。」
授業が始まると、先生は異世界の力について説明し始めた。
「異世界で力を付けた先祖の子孫や移住してきた人たちは、異世界で習得した魔法やスキルと同系統の異能力を持ちます。地球ではその力はだいぶ抑えられていますが、一般的ではないために危険視されることが多い。政府ではこの異能力を持つ人のことを『異世界因子所持者』と呼んでいます。」
「この中には異世界で英雄視されたかたの子孫もいるでしょう。しかし政府の方針では、民間人のヒーローは求められていませんし、現在のところ認められてもいません。能力者はあくまで危険因子としか見られていないのです。これに対処するため、能力者犯罪を能力者が解消する組織が、長い時間を経てようやく形になり始めました。異世界因子所持者、異能力者の立場を改善することが守人学園の社会的な役割です。」
異世界因子所持者とは、大層な名前が付けられているが、ようは異世界帰りや地球移住者を一か所にまとめて、ヤバい奴を監視したいということなのだろう。多少の反発心を覚えながらも、『長い時間を経て』という言葉にそれを抑える。
じいちゃんの代から監視に拘束と、不遇な扱いを受けていた能力者への見方が、ようやく変わろうとしているのだから、無下にはできない。最も、更にお歴々の能力者は既に文化に組み込まれ、政府に近しい立場も手にしていると聞いている。恐らく、原江渡(はらえど)先生もその系統の人だろう。
思うところがありながらも、他の授業については、淡々と進んでいく。一般的な学校でも同じようなものなのだろう。
何事もなく授業が終わり、俺たちは少し解放された気分で学校を出た。
学校があるのは横浜市内の港湾沿い、とはいえ浜はどこにもない。外国から輸出入に使っているだろうタンカーが海面を引く線を辿れば、すぐそこは横浜港。地図アプリで現在地を見れば、埋め立てで作られただろう積み木を並べたように形の整った区域の一つに、学校が建っている守人町がある。
守人町の学校で守人学園。ヒーロー的な意味かと思ったが、どうやらそのまま地名だったようだ。地図アプリと実際の光景を見比べる。もう少し先には、海産物の卸売市場があるらしい。ただ一般人が入れるのは休日だけのようで、今から行ける場所ではないようだ。
「ガロくん。今度こそカフェでも見つけようよ。」
「そだな。折角だからちょっと歩いて、隣の駅に行ってみるか。乗り換えする駅だから丁度いいし。」
当然のように、昨日の帰宅メンバーの四人で集まり、二〇分ほどの道のりを何気ない会話をしながら歩く。車止めの柱の上の亀の甲羅はなんだろうとか、道路沿いがラーメン屋さんばかりだとか。
「ラーメンが多い理由はわかりませんが、浦島太郎さんの由来候補の土地らしいですわ。」
確かに浦島という名前の地名や公園がある。そうなると竜宮城は東京湾にあるのだろうか。
「竜宮城ごと埋め立てちゃってたりね。」
「そうだとしたら、みなとみらい駅から竜宮城まで直通電車が出てるかもね」
クラマとそんな冗談を言いながら笑っていたが、オトハだけ少し真顔で考え込んでいる。
「……だとしたら、買い物も便利だったのですけれど」
竜宮乙波(たつみや おとは)、たまに冗談にならない人物がいるのも守人学園に通うものの通例のようだ。クラマと顔を合わせ、まさかと思いながらも隣駅までの散策を続けた。
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