第5話 サイドストーリー:昔々からあるところ1「鞍馬山のダークエルフ」

ガロを見送ったクラマは、暫く窓の外の風景を眺めていた。


「ここが僕の故郷か、不思議と何の哀愁も湧かないな」


友人と話していた時とはうって変わって、寒々しい冷たい視線で異世界の街並みを見下す。


一族への悪意が纏わりついたこのエルドラドよりも、先祖を受け入れてくれた地球が恋しくてたまらない。しかし、この場所に呼ばれたからにはしなければならないことがある。


「明星の魔王、双世王(そうせいおう)サナト・クマラにお伺いする。魔王を蔑む不届き者に、制裁すべきか否か。」


天に向けて放たれた声に答えるように、日光は薄闇に遮られ、周囲を影が覆いつくす。


『燈火(ともしび)は消えた』


意識に直接語り掛ける少年の声。その声の主を探すこともなく、大きく肩を落として息を吐く。この国は無関係な異種族を魔王として、弾圧、排他を続けてきた。本来であれば、無関係な異種族を貶めたことを窘めるべきだろう。


しかし、クラマの一族は違った。神代に真なる魔王として討伐され、地球に生き逃れてからも、鞍馬山魔王尊として魔王を名乗り、今日までその姿を現さずにエルドラドと地球、両世界の王を名乗るサナト・クマラ。


鞍馬山の天狗と呼ばれたクラマの祖先も、以前はサナト・クマラの落し子と呼ばれ、エルフに似た姿を与えられて作られた眷属である。サナト・クマラによって、最も人類に受け入れやすい姿に作られた眷属の一つにすぎない。


そして、地平を埋めるように現れた異形の影は、人類とは相容れない存在としてつくられた眷属たちである。エルドラドでは、それを魔物と呼んでいた。


数刻で、この国は滅ぶ。


どれだけの血が流れるか、考えてはいけない。


王への献身以外に、一族が生き残る道はない。


窓から身を投げ、風をまといながら静かに地面に着地する。


クラマが歩く先を魔物が遮ることは無く、異形の群れとすれ違い、闇の帳を抜けて行った。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

エルドラドにいる同胞により、ゲートを抜け地球へと帰る。


……いつもよりも、ゲートを抜けるまでの時間が長い。


ドクリと心臓は跳ねるように鼓動すると、本来はあり得ない、背後への気配に気づいてしまった。


『ボクの為に、いつもありがとう。ボクの愛しい子。』


「……鞍馬 影守(くらま かげもり)にございます。双世王(そうせいおう)サナト・クマラ様。」


『今日はね。カゲモリの一族に、お別れを言いに来たんだよ。』


「……お別れ、ですか?」


『キミは一族の最高傑作だ。よくぞここまで研ぎ澄ました。だからこそ残念だ。ここが最果て』


「……お望みまで至らぬと、そう申しますか?」


『そう、燈火(ともしび)は消えた』


鼓動が早まる。けして見てはならない。けして興味を持たれてはならないと言われていたクラマの始祖。その存在が背後にいる。そして、一族が期待に応えていないからと、まさに今この瞬間、消されようとしている。


ならば、どうとでもなればいい。歯を食いしばり、背後を振り向く。


そこには、とても人間とは思えない、揺らめく人型の光がこちらを覗き込んでいた。


判断を一つ間違えば、その瞬間すべてが終わる。しかし、これまでのわずかな会話から、目の前の存在が何を望んでいるか、一族の存在意義はなんなのか、その切っ掛けをつかむことができた。


永遠の変化と成長。そこに至らないもの、使命の燈火が消えたものを排除する概念に近い存在。


ならばと、深く息を吸い込み、思うままに言葉を吐き出した。


「お言葉ですが、双世王(そうせいおう)サナト・クマラ様。あなたは双世の変化を追えていない。」


『……面白い。続けなさい。』


「本日よりボクの通うことになった守人学園は、勇者と英傑、魔王の末裔が集う場所です。」


『……続けなさい。』


「これから数年で、アナタを滅ぼす者が生まれる。」


『続けなさい。』


表情は読めない。口調も淡々としている。しかし、明らかに楽しんでいる様子が伝わってくる。


「ボクと、その友が、アナタを滅ぼす。」


『……よろしい。入学おめでとう、カゲモリ。』


それだけを言い残すと、霧散するように光は消えてしまった。


次の瞬間に目に映ったのは、見慣れた我が家の蔵の中である。


生き残るためとはいえ、とんでもない約束をしてしまった。と、気が遠くなる思いだったが、今はこの瞬間生きていることを喜ぶクラマであった。

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