第3話 テンプレ異世界召喚はされるほうが恥ずかしい(3)

オレはエラルダ神聖国から離れ、大急ぎで顔見知りのいるリックス共和国の王城に向かっていた。

自分で帰ると言った手前、一番最後というのは少々格好がつかない。

できれば一番に帰りたいところだが、リックス共和国に近づけば近づくほど空は曇り、嫌な予感は募っていく。


「ウチのじいさんと、オヤジと、二代で勇者してる国だし……いっつも襲われてるよな」


オレのじいさんの名前が雷童 伊呂波(いろは)。この世界で鍛えたおかげか、色んな加護を貰っているおかげか、一〇〇歳を超えて現役バリバリである。オレのオヤジの名前が雷童 散志朗(さんしろう)。オレの名前が我浪(がろ)。


どうもじいさんが、先々代の王様と「幾代後も国の危機があれば助けに来る。その証拠として、子の名をいろは歌に準えて付けよう」とか言ったらしい。


色は匂へど 散りぬるを

我が世誰ぞ 常ならむ


オレの子が常太郎、そのまた子供が有為になる予定らしいが、その先の先まで王様は把握しているので、名前が出るタイプの最新型鑑定玉では一発でばれてしまう。


これはもう呪いに近いのだが、じいさんと結婚したウチのばあちゃんはリックス共和国のお姫様だったし、ウチの母ちゃんも公爵家の令嬢だ。オレにとっても遠縁の親戚なのでほっておくわけにもいかない。


そんな事を思い出して気が重くなるが、周囲の異変が気になり始めた。


リックス共和国はエラルダ神聖国と交流が無い。実家の近くなのにオレがその国の名前を知らないのは、神聖国というのは自称で、たしか国としても認められていなかったはずだ。


人類至高主義、異人排他主義の領主が収めるヤバい独立領としか聞いたことが無い。


なのに、リックス共和国方向からエラルダ神聖国に向かう街道を逃げるように移動する人々の姿がちらほら見られる。能力を抑え、速度を抑えて、向かいから来る領民らしい集団に声をかける。


「あの、もしかして、リックスから逃げてきてます?」


「え、えぇ……魔物の襲撃で、半分は外に、半分は王城に逃げ延びました。」


あっちゃぁ……と頭を押さえて天を見上げる。タイミングが良いのか悪いのか。いや、悪い。


「流石は元ラスダン前の城。また襲われてるのかよ……。」


「アナタも早くお逃げなさい! 王城が耐えきっても、溢れた魔物がこちらに来るかもしれません。」


どうやら領民を囲って城に籠城しているようだ。共和国の戦力を思い出すが、大叔父である王様も、叔父である公爵も並の強さではないし、その親衛騎士団は英傑ぞろい。


問題があるとすれば、何日も籠城戦などされたら明日の学校に間に合わないことだろう。いや、オレには一番それが問題だ。


「持久戦とかしている時間はないから、ちょっと解決してくる。避難してる皆にも、ライドウが来たって伝えておいて」


「ラ、ライドウ様?! もうお救いに来てくださったのですか?!」


「あ、はい……事のついでですが……。いってきます。」


それじゃと領民に手を振って見せると、泣いて喜ばれてしまい、後味悪く逃げ出すようにその場を後にした。明日の初登校に間に合わせるためとは、口が裂けても言えない状況である。


改めて時間操作の能力で徐々に加速し、少し酸欠でハイになりかけた頃、王城を見下ろす高台にたどり着いていた。


「あれ? 聞いてた状況とちょっと違うな」


街は入り口から王城までの通路沿いに家屋が半壊し、王城の周囲は人間ではないものに囲まれている。だが、囲んでいるのが魔物かというと疑問だ。


成人体で身長は六メートル。筋肉が発達し、鍛冶が得意で一つ目の種族。


「北山の巨人族だっけ? 随分年寄りばっかり集まってるな」


本来であれば、筋骨隆々に自慢の鍛冶技術で作られた鎧と武器に身を固めた容姿とは逆に、性格は温厚というギャップが売りの種族なのだが、ここに集まっているのは腰は曲がって、筋肉は衰え、枯れ木のお化けに鎧を着せたような巨人ばかりだった。


王城を見ても、何人か警戒についているようだが、攻撃を仕掛けるような様子もない。建築反対の座り込みデモをされているような状態に見える。もっとも、巨体なせいで悪意が無くても周囲の建造物は破壊してしまっているようだが


「直接巨人さんに聞きに行くか」


破壊された街の外壁を越えて城下町に入ると、街の様子を眺めながら歩いていく。石造りの家屋が崩れて瓦礫になっている箇所がいくつもある。工事現場の近くで感じるような埃臭さを漂わせるが、オレの知る限りはこの世界の街の中でも整備が進んだ綺麗な街だったはずだ。


べたりと座り込んだ巨人族の横を通るが、特に止められることもなく、顔に大きく目立つ一つの目がこちらを追いかけてくるだけだ。


「共用語が話せる巨人さんはいる?」


言葉は通じていないようだが、ほぼ全員の視線が判断を求めるように先を見つめている。恐らくリーダーが先にいるのだろう。その視線の先を辿っていくと、城門の目の前で胡坐を組む、ひときわ大きな老いた巨人族がいた。


「こんにちわー!」


「……はい?」


大きな声で挨拶をしてみたが、相手のだいぶ遅れた返事のあと、周囲に静けさが漂う。耳が遠いのかと思って、もう少し近づくことにした。失礼と一言つぶやいてから、身体強化と時間操作により、相手の足と腕を足場に跳ね上がり、手の甲の上に飛び乗る。


相手の耳を指さし、喋るジェスチャーをすると、暫くの沈黙の後、相手も気が付いたようだ。手漕ぎボートほどある手の甲を自分の顔の近くに近づく。鼻息にバランスを崩しそうになるが、なんとか踏みこらえて、改めて大きな声で話かけてみる。


「こんにちわ! オレはライドウ ガロ。」


「おお、その名は知っている。ライドウに連なる小さきもの。ワシは北山単眼族の長、ベリリウス。」


「ベリリウスさん。えーっと、オリジンに連なる古強者とお見受けする。……でいいんだっけ」


「いかにも、父は雷光鎚のシルバルス。起源に近き一族の末端である。」


巨人族は優しいが、家族を悪く言われるのが凄く嫌いと、うちのじいさんから聞いたことがある。まずは結構なお家柄でという挨拶から始めるのがいいらしく、どうやら上手くいったようだ。


「なるほど、天に名高き巨人族の長よ。リックスを守る宿命を受けたライドウが要件をうかがう。えーっと、ご用件は何でしょうか?」


「ふむ、是非もない。我らを魔王などと下し、滅ぼそうとする人間がおる。」


「あ、エラルダ神聖国? あいつら巨人族に喧嘩売ってたの?」


「名は知らぬ。こちらの方向から来た人族としか分らぬ。」


無差別召喚だけではなく、人間族と仲良くしている亜人族にまで喧嘩を売るとは


もう少し荒らしてくれば良かったかとため息をつく。


ふと城門の上から声が聞こえたような気がして、声の主を探すように視線を上げた。

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