第2話 テンプレ異世界召喚はされるほうが恥ずかしい(2)

扉を閉めると、クラマは真剣な面持ちで部屋の中を見回す。

何かを見つけたようで、一度大きく腕を振るうと、そよ風のような気流が周囲に生まれた。


「鑑定玉は旧世代品のくせに、盗聴魔道具は最新か……声が漏れないように風の遮蔽を作ったよ。小声なら話しても大丈夫。」


オレに合わせて他の二人も、大きく息を吐きだした。


「さすがは主席ですわね。巻き込まれたのが、わたくしたちで良かったですわ」


「うん……入学式が終わって校門を出た瞬間に異世界だなんて、びっくりしちゃったけど。オトハちゃんが一緒だから助かっちゃった。」


次々と素を出して会話を始める少年と少女二人。俺もそれに習って近場の椅子にだらりと腰掛けたまま、気になったことを三人に聞いてみる。


「異世界って言ったって、エルドラドのどこかなんだろ? エラルダ神聖国って言ってたっけ。誰か知ってる?」


「それなら僕が知っているよ。……それとごめんねガロ君。強い口調で怒鳴っちゃった。」


「あぁ、いやいや。俺もオッサンからかうの楽しくなっちゃって、すまんねクラマっち」


クラマが表情を崩してなよなよとした調子でぺこりと謝って見せる。気張ったイケメン演技をしていたけれど、実際のクラマは優しくてお上品な性格だ。女の子みたいに顔立ちが整っているのは両親からの遺伝だろう。オレはクラマの事を親の縁(えん)で子供の時から知っている。両親とも絶世の美形である。


入学式では彼が隣で、その隣が一緒に召喚された少女二人であった。何やら事情ありの学生が多いとかで、二〇席あるクラスの席は、半分しか埋まっていなかった。


その中でオレとクラマが顔見知り、クラマと深藍色の髪の竜宮 乙波(たつみや おとは)が顔見知り、オトハと赤茶髪の阿曽 姫花(あそう ひめか)が顔見知りだった。


折角だからファーストフードの店でも探して、交友を深めようというところだったのだが、生憎の召喚というわけだ。


「まあ、ここにもお茶セットあるし。レトロな喫茶店に飛ばされたと思えば」


「やめときなよガロ君。ここの水、あんまり良さそうじゃないよ?」


「一つのいいこともないな」


がっくりと肩を落としていると、その様子をクスクス笑いながら、オトハと呼ばれていた少女が話しかけてきた。


「わたくしもガロ君と呼んでもよろしくて?」


「いいぜ。よろしくなオトハお嬢様」


「あ、それじゃ、アタシも……」


「ヒメカちゃんもよろしく」


「それでは、自己紹介も済んだところで、わたくしたちはこの辺で」


と、ヒメカの手を引いて窓に近づいてゆく。どうやら城から出ていくようだ。判断が早いことに感心しながらも、一応学友として心配する様子を見せておくことにする。


「お嬢様がたは帰る目処がついてるの?」


「えぇ、エラルダ神聖国といえばリックス共和国の東。本土の北東部ですわ。」


「それじゃ、去年の夏に遊びに行ったオトハちゃんのおばあちゃんの城の近く?」


「えぇ。ここに召喚された時から、おばあ様がずっとコンタクトの魔法を飛ばしてきていて、早くいかないと軍が動きますわ。もう近くまで迎えが来ているから行きましょう。」


どうやら本当にお嬢様、いやお姫様だったようだ。これは早めに送り出さないと、俺たちも巻き込まれかねない。オトハの能力により、窓から氷の粒の橋が空中に作られていくのを眺めていると、チラリと振り向いたオトハがオレとクラマに視線を向けて問いかける。


「クラマさんとガロさんはどういたしますの? 一緒に参ります?」


「僕はいいよ。近くにいる叔父さんに用があるから、挨拶して帰らなきゃ。野暮用もできちゃったしね。」


「オレもお隣のリックス王に縁(えん)があるから、報告してから帰してもらうわ」


同じ学校に今年から通うことになったことから、なんとはなく感じていたが、俺も含めてこの三人は異世界に縁(えん)を持っている者の末裔だ。


いまいる異世界の名前はエルドラド、西暦が生まれるより昔から地球と細々と交流があり、その縁者がどちらの世界にも存在する。そのため先進国のいくつかの国では、地球の知識が学問として学ばれているし、移動する術も確立されている。


だから魔王を倒さないと帰れないなど、カビの生えた言い訳を使う国は、端から信用はできない。さっさと逃げてしまって正解だろう。


「それでは、ごきげんよう」


「ガロ君、クラマくん、また明日学校でね」


夕焼け空に紛れるように、乱反射する氷の道を歩いていく二人。それを見送って、間もなくオレも行動を起こした。


「クラマ、無理すんなよ」


「うん、ガロ君も」


胸元に隠していた紫の魔石のペンダントを取り出す。複数の魔術が込められた魔石にはリックス共和国の紋章が刻まれている。加工装飾やチェーンは地球で作られたもの。爺さんの代から地球でも生きづらくならないようにと、代々受け継がれている特別なペンダントだ。


ペンダントを握り込むと、制御されていた能力が開放される。恐らく今、鑑定玉を使われたら、血継特性である時空魔法と、特級の身体強化が現れてしまうだろう。


窓の縁(へり)に足をかけると、城の外壁に向けて体を投げ出し、外壁を足場にして城外に飛び出す。オレはそのまま、オトハたちが消えた方向とは逆の街道を走っていくのだった。

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