第14話 茨の道を進む

「報告:作戦終了。殲滅オートモードを終了します」


 廉は忠邦を地上へ転送した直後、そう言って紅に染まった漂うオーラを仕舞い始めていた。


「待って!」


 だが、それは一人の少女によって制止させられた。

 廉が声の聞こえた方向を見ると、そこには雛がいた。

 雛はどこか怒っているような表情で、廉にズカズカと近づく。


「あなたがどこか行っちゃう前に何個か質問させて!」

「承諾:良いでしょう」


 廉のその言葉にホッと息を吐きながらも、雛は一切怒りの表情を崩さぬまま、口を開いた。


「まず、廉君は?生きてるの?」

「肯定:生きています。彼の意識は裏に今はいます」

「……分かった。じゃあ次」


 雛は廉が生きていることに安堵しつつも、すかさずに次の質問に移る。


「さっきのデカいゴリラみたいなおっさんは?どこにやったの」

「返答:彼は地上へ、意識が失った状態で送りました。すぐさま拘束されるでしょう」

「な、なるほど」


 こうも無慈悲だと、忠邦に同情し始めてくる雛。


(いや、まあ、彼が悪い人だってことは分かるんだけどね!)


 雛は遠い目をしながらも、すぐに正気に戻る。

 そして雛は、最後の質問を廉に投げかけた。


「最後の質問。……あなたは何者?」

「……」


 やはり、この質問に関してはダンマリである。

 そんなに言いたくないことなのかと思いながらも、私は視線で廉に訴える。

 『答えてほしい』と。


「…………提示:時間切れのようです」


 だが、その言葉を最後に、廉は紅の瞳を藍色に染め、そのまま倒れてしまった。


「ちょ、廉君!?」


 ペシペシと廉の頬を叩いても起きる気配がない。

 何とも都合のいいタイミングだろうか。

 雛が呆れてため息を吐くと、ザザッとインカムに通信が入った。


『あ、もしもし?雛パイセン?』

「紅羽……。どしたの?」


 紅羽の声を聞いて内心でホッとしつつも、私は真面目な声音で応対する。


『こっちは全て片付きましたよ。全員確保完了です。そっちはどうですか?』

「うん。こっちも全部終わったよ。凍らせといたし、私が死ぬまで溶けることはないでしょ」

『相変わらず容赦ないですね……』


 電話越しではあるが、紅羽の声の引き攣り具合から、呆れ顔が丸見えである。

 私はクスリと笑いつつも、紅羽に救助を求める。


「紅羽、私もうリソースがないから上にはキツイかも」

「はあ……。またですか……」


 ため息と共に、「いい加減リソース量を増やしてください」と嫌味を言う紅羽。


「いや〜、ごめんごめん!」


 それに対して雛は、軽く流すように謝る。

 紅羽はその瞬間理解した。

 あ、コイツ謝る気ないな、と。

 紅羽はまたため息を吐きながらも、異能力を発動。

 体を雷に変質させることで、超光速で雛の元に辿り着いた。


「おお、私が謝ってから10秒も経ってないね!」

「いちいち数えなくて結構です」


 紅羽は雛の側で倒れている廉に目を向ける。


「……廉先輩、どうしたんですか」

「……それがねーーーー」


 紅羽は廉に起こったことを全て話した。

 廉が一次覚醒を起こしたこと。

 廉の体に何者かが憑依していたこと。

 廉の異能力のこと。


「……」


 紅羽は全てを聴き終えると、顎に手を当てて考え込む。


「概念に干渉できる異能力……ですか。何でもし放題な異能力ですね」

「これ、どう思う……?」


 雛の問いかけに紅羽は首を横に振る。


「今はまだ、不確定な部分がありますけど、恐らくは《契約者》でしょう」

「やっぱりそうだよね……」


 紅羽の言葉に雛はしょんぼりしだす。

 《契約者》。異能力には自我のあるものが存在する。

 それと契約を結び、異能力を手に入れるという、禁じられた一次覚醒法を果たした者のことを指す言葉だ。

 つまりは、廉は違法者である。


「け、けど、まだ完全にそうと決まった訳じゃ……」

「雛パイセン……、確かに完全にそう決まった訳ではありません」

「じゃあ、捕まえなくてもいいよね……」


 雛が声を震わせながらの言葉は、力がなく、今にも消えてしまいそうだった。


「……」


 紅羽は考える。

 《契約者》は、やっていないと言ってしまえばそれまでだ。

 何故なら、契約したという証拠がないから。

 この状態で廉を逮捕するのは難しいだろう。

 何より、紅羽たちも廉を《契約者》と断定出来ていない。

 紅羽はしばらくしてから口を開いた。


「……まあ、疑わしきは罰せずとも言いますしね」


 その言葉を聞いて、雛の表情が明るくなる。


「それってつまり……!」

「ええ、逮捕しません」


 紅羽がそう言うと、雛はやったと言わんばかりにガッツポーズをする。

 何ともまあ、お気楽なことだろうか。


(廉先輩、ここからが大変ですよ)


 紅羽は分かっていた。

 ここからは茨の道だと。

 恐らく廉はこれから、いろんな戦いに赴くことになるだろう。

 その道のりで、廉は沢山の挫折を体験するだろう。


(まあ、そうだとしても……)


 紅羽は眠っている廉を見る。

 彼はどこか楽しそうな表情で、眠っているとは思えないほどに安らかに目を閉じていた。


(そうだとしても、廉先輩なら、きっと乗り越えられますよね)


 紅羽はそう確信して、微笑んだ。

 これから楽しくなりそうだと。

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