第12話 最悪と契約

 廉が忠邦と出くわす十分前ーーーー。


「流石に多すぎですね……」


 紅羽は先に進みながら、奴隷たちを解放していた。

 その人数は半端じゃなく、今、解放した奴隷だけで百数十人はいる。


「よくもまあ、世の中にバレずにここまでやったもんですね」


 連れ去られた子たちはいずれも、一次覚醒を果たしていない未異能力者。

 ここまで沢山連れ去ることが出来るとは、ある意味で賞賛を贈りたくなる。


「廉先輩たち、大丈夫ですかねえ……」


 紅羽は廉と雛の姿を脳裏に浮かべる。

 日本最強と謳われているにも関わらず、やはり心配なものは心配だ。


「早めに合流しないと」


 そう呟いて、その場から走り去ろうとすると、突然、紅羽の手が握られる。

 掴んだのは一人の少女だ。


「あの、放してもらえると……」

「廉兄さんがここに来てるって、ホントですか?」


 ……今、この少女、廉の名を口にした様な……。

 紅羽は目を見開き、少女を見る。

 幼さを残しながらも凛とした顔立ち。

 私は恐る恐る聞いた。


「あなたは……?」

「……私は雪白美波。廉兄さんの幼馴染です」


♢♢♢♢♢♢


 ここはどこだろう。

 暗いようで明るいような……。

 広いようで狭いような……。

 俺は何も分からない空間にいた。

 確か俺は忠邦に刺されて……。


『肯定:あなたは桑田忠邦の手によって死亡しました』


 うおっ!何だ!?急に声が!

 って、喋れねえ……!


『提示:あなたは今、精神体として私と会話をしています。よって思念が声として発せられています』


 な、なるほど……。

 で、お前は一体誰なんだ?

 俺がそう尋ねると、すぐに回答は返ってきた。


『返答:私に個体名はありません。ですが、人々は私をマザーと呼んでいますので、あなたもそのように呼ぶことを推奨します』


 そ、そうか……。じゃあ、マザーで。

 で、マザーは何で俺と話してんの?

 まさか、暇つぶしとかじゃ無いよな……?


『否定:そのような目的であなたと会話をしてはいません』


 ふむ、じゃあ、何が目的か、聞いていい?


『承諾:あなたに目的を話します』


 マザーがそう言った瞬間、空間が切り替わり、学校の教室に俺はいた。

 さっきとは違い、ちゃんと自分の体の感覚もある。


「推定:この姿の方が、あなたも話しやすいでしょう」


 ふと、後ろから声が聞こえたので、そちらに振り返る。

 そこには、長い白髪を携えた一人の幼い少女がいた。

 だが、その少女はどこか神秘的で、何故か目を離すことができない。

 この少女が恐らくマザーだろう。

 マザーは赤い瞳をこちらに向けたまま、無表情で口を開く。


「説明:あなたをここに呼んだのは、あなたと契約を交わす為です」

「契約……?」


 先程とは違い、きちんとしゃべることが出来る。

 俺がマザーの言ったことを反芻すると、マザーはこくりと首肯を返す。


「再度説明:本来、あなたはここで死亡する予定ではありませんでした。ですが、変数が生じて、今回の結果となりました」

「変数って……?」

「返答:桑田忠邦です」


 少女は淡々と答える。

 あのおじさん、そんなに強いってことなのか?


「肯定:あなたの想像している内容と、事実が一致します」

「……やっぱりか」


 となれば、俺が死んだのも無理は無い……と。

 いや、納得できるか!


「提示:そこであなたに提案があります」

「提案……?」


 俺の疑問に、マザーはこくりと頷く。


「提案:あなたに私の力を貸してあげます」

「……一つ聞いていいか?」


 俺はそこまで驚かずに、あくまで冷静に聞く。


「承諾:質疑を許可します」

「もし、お前と契約したら、俺はどうなる?」


 この質問は至って聞くのは当たり前だろう。

 甘い蜜には毒があるのだから。


「返答:もし、その意味がデメリットに関するものであるのなら、簡単な話です。ーーーーあなたに私が受肉します」

「……それはつまり、俺としての人格は死ぬと」

「否定:肉体の主導権はあなたのままであり、これは俗に言う、二重人格に部類されるものです」

「そっか」


 俺はそれを聞いてホッと息をつく。

 いやー、好き勝手に俺の体を動かすのは男として……ね?

 俺は内心で状況を整理。

 そして、一つの結論に至った。


「分かった。契約を受けるよ」


 俺がそう言うと、マザーは無表情のまま、黒い目を光らせた。


「承認:契約請求を受諾。神崎廉さん、私の手を」

「え……?うん……」


 俺がマザーの手を握ると、その瞬間、光が俺を包み込んだ。


♢♢♢♢♢♢


 ーーーー一方その頃。

 雛はちょうど、廉と同じ、最下層の部分に来ていた。


「ここに、元締めが……」


 あの戦いの後、下っ端から情報を聞き出し、この場所を割り出した。

 何より、廉君の携帯電話に付いてるGPSで、どこにいるのかも分かるし。

 というか、廉君、大丈夫かな……。

 死んでないよね?大丈夫だよね。


「ん?また来客か」

「……っ!」


 ボーッと歩いていると、巨漢がいつの間にか私の前に立っていた。

 というか、今、『また』って……。

 周りを見てみると、少し離れた所に、廉君が血を流しながら倒れてた。


「……っ!」


 思わず怒りが湧いてくる。

 いや、冷静になれ。七瀬雛。

 まず優先すべきはーーーー。


「必要な救助!」


 私は一瞬で廉君の側まで移動して、廉君を抱き抱える。

 そして、廉君の重さの耐えながら、スピードを維持したままその場を走り去った。

 だがーーーー。


「逃げられると思うなよ!」


 巨漢がとんでもないスピードで追ってきた。

 はやっ!追いつかれる!


「おっせえな!クソガキが!」


 巨漢の拳が振り落とされ、私は目を瞑る。

 そしてそのまま私に直撃ーーーーしなかった。

 何だろうと思い、目を開けると、そこにはいつの間にか私の刀を手に立っている廉君の姿があった。


「廉君……!」

「今、何が起きた……」


 巨漢は何が起きたのか分からず、困惑している。

 廉君はその時、無表情で、いつもは藍色の瞳も、今は紅に輝いている。


「廉、君……なの?」


 廉君は私の疑問には答えずに口を開いた。


「殲滅:これより、異能力のチュートリアルテストを行います」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る