第11話 太陽を照らすもの

 私が初めて廉兄さんに会った時は、廉兄さんに対して「何だコイツ」と思っていた。

 というか、態度にも出てたと思う。


「初めまして!俺、神崎廉っていうんだ。よろしく!」

「……」


 彼は第一声とともに手を差し出して握手を求めてくる。

 その時の私は、手を取ることはしなかった。

 最初から最悪の印象を廉兄さんに与えた……はずだった。


「なあ、美波の髪ってホント綺麗だよな」


 とかーーーー。


「美波、ホント凄えよ。幼稚園児でそんなに計算ができるって天才じゃん」


 と、常軌に逸した私に笑顔を向けーーーー。


「美波、ヤベエ!足速え!」


 と、驚愕もしていた。

 彼は常、私の隣に立とうとした。


ーーーーくだらないと思った。


 所詮、人は表の顔しか出そうとしない。

 「表裏のない人間」という、人を表現する言葉があるけど、この世界に、本当に表裏のない人間なんて居るはずがないのだ。

 どうせ、彼も心の中では、私を疎んでる。そうに決まってる。


 ーーーーある日のことだ。

 私がいつも通り幼稚園に行くと、彼の姿が見当たらなかった。

 いつもは私よりも早く来ている彼がだ。

 その時は「まあ、たまには私よりも遅れてくる時もあるか」と思い、私は自分の組に荷物を置きに行った。

ーーーー朝のホームルームが終わった後、彼の組を覗きに行った。

 彼はどこにも居なかった。

 何故居ないのだろう……。

 私はそう思って、その組の先生に聞いてみた。


「先生、廉はどこ……?」

「ん?廉君?廉君はね、今日はお休みなの。ごめんね、美波ちゃん」

「……」


 休み……。

 そういえば、休みということを考慮していなかった。

 でも何故?

 答えは簡単。毎日一緒にいるからだ。

 一緒にいるからこそ、それが当たり前となり、彼が居ないことが考えられなかった。


「……美波ちゃん、廉君のことが心配なら、住所教えよっか?」

「え……?」


 先生が言った言葉が意外過ぎて、何の言葉も出なくなる。

 先生がその様なことをして良いのかと。


「……大丈夫なんですか?」

「ん?廉君のお母さんに聞いて、許可が出れば良いんだよ?簡単だと思うよ」


 そう言って先生は職員室へ向かった。


ーーーーその後、私は廉兄さんの家へ向かうことになった。


♢♢♢♢♢♢


「美波が来てくれて嬉しいよ」

「ん……」


 私は相変わらず彼にそっけない態度を取る。

 頭では分かっている。

 これは私の悪いところだ。

 素直になれず、人と関わろうとしない。

 現代社会において致命的な欠点と言えるだろう。

 私の素っ気ない態度を受けた彼も彼だ。

 何でこうもヘラヘラと笑えるのだろう。

 普通なら気まずそうな表情を作るはず。

 なのに彼は笑う。まるで私の心も見透かしているかのように。


「今さ、何で笑うんだろうって思っただろ」

「……っ!」


 私は驚いた。

 それとは裏腹に、彼はまたしても笑う。

 心の中を読まれた。

 私はゆっくりと首肯をかえす。

 それに対して彼は「やっぱりな」と目を細める。


「もう、直接聞くけど、何でそんなに笑えるの?」


 私がそう聞くと、彼から返ってきたのは意外な返事だった。


「だって、お前がそれを求めてる様に見えたから」


 その瞬間、私の心臓が、身体中が、私の全てがドクンと動いた気がした。

 彼の言っていることに自覚は無い。けど、何となくその気を感じたのだ。

 私は気付けば、泣いていた。

 初めて、求めるものに気付いてもらえたから。


「大丈夫だ」


 私の泣く姿を見て、彼はそう言ってくれる。


「もし、お前が笑って欲しいって言ってくれれば、笑うし、言われなくてもいくらでもお前のための最大限の笑顔をあげるよ」


♢♢♢♢♢♢


「う、ん……」


 目が覚めると、そこは薄暗い場所だった。

 あれ、確か穴に落ちて、それで……。

 ああ、そうだ。雛とはぐれたんだ。

 え、俺死んだやん。

 ちょっと絶望しながらも立ち上がり、周りを見渡す。

 見る限り、敵は居なさそうだけど、油断は大敵だ。

 特に今この状況で襲い掛かられたら、俺は死ぬ自信がある。

 その前に確実に雛、もしくは紅羽と再開できればいいんだけど。


「……どっちに行けばいいんだ」


 ふと、路頭に迷う。

 ここは一本道。どっちかが先で、どっちかが戻りだ。

 ……うん!分からん!

 取り敢えず、勘で行くしかないけど……。

 俺は何となくの方向で、一方の道へと進む。


ーーーーそして、しばらく歩いていると。


「あれは、光か?」


 地下に光とは、照明でも点いているのだろうか。

 恐る恐る近づくと。


「おうよ。SSSを一網打尽にすれば、そりゃあ儲けもんでしかねえだろ?」


 男の図太い声が聞こえてきた。

 俺は耳を傾ける。


「本部としちゃあ、上等だろ?例の実験の為にもよ」


 例の実験……?

 と、疑問に思ったところで、「ピリリリ!」と、俺の携帯電話が着信音を鳴らした。


「ーーーーっ!誰だ!」


 終わったー!俺死んだやん。

 俺は逃げても無駄だと察し、大人しく男の前に立つ。

 ふと男を見る。男は巨漢であり、髭を蓄えていた。身長は見ただけで2メートルは越しているだろう。


「アンタは……?」


 男が俺にそう聞いてきた。

 こうなったら時間稼ぎだ。携帯電話にはGPSが付いている。

 それを頼りに雛が来るはずだ。


「神崎廉。……お前こそ誰だよ」

「ガッハハハ!いいなあ!小僧!ビビらずにそう睨んでくるヤツは初めてだ!」


 男はそう言って大爆笑する。

 あれ、意外と話ができるな。数秒でボコられると思ってたのに。


「ああ、ワリいワリい。俺のことだったな。俺は桑田忠邦だ。奴隷商日本支部会長を務めてる」

「……奴隷商」


 思わず怒りが湧いてくる。

 ……待て神崎廉。ここで感情的になっても無駄だ。

 もっと、もっと時間を稼ぐ。


「……美波はどこだ」


 俺は声のトーンを一段と低くして、威嚇する様な目つきで睨みつける。

 それに対して忠邦はとぼけ面でこちらを見ていた。


「あ?美波……?そんなヤツいたかあ?」

「とぼけんなよ!」


 俺はとうとう声をあげて木刀を構える。


「そうカッカすんなよ。奴隷一人一人の顔何て覚えてねえよ」

「覚えてない……?」


 俺は、逃したあの少女の泣き顔を脳裏に浮かばせる。


「あんな辛そうな子達の顔を見て、何も感じねえのかよお前はあ!」


 俺はとうと怒りに限界がきて、忠邦に向かって木刀を振った。


「……所詮はゴミか」


 だが、木刀が忠邦に当たるよりも早く、俺の体に忠邦の指が刺さっていた。

 あまりの痛さに、俺は悲鳴をあげることも無いまま、痛みに悶える。


「廉……とかいったか?俺の異能力はなあ、自身の体の硬質化だ」


 だから、体も指一本で貫けちまうってわけか……。


「げほっ……」


 俺は吐血する。

 それと同時に忠邦が、刺していた指を抜き、そのまま俺に回し蹴りを叩き込んだ。

 俺は壁へぶつかり、意識が遠のいていく。

 その瞬間、自覚した。

 ああ、俺、死ぬんだって。

 ごめん。美波……。

 あの時の約束、最後まで守れなかった……。


「眠ってろ。永遠にな」

「……るっせえ」


 そういう厨二病発言はウチのバカだけで十分だ。

 俺はそう思いながらそっと重い瞼を閉じた。

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