第3話 緊急事態発生!

週末、俺と美波は二人で東京駅前で雛を待っていた。

 そう。約束のデートである。

 はあ、やってきたよ。やってきましたよ。

 もうね、修羅場を覚悟しながら昨日は緊張……してたけど、快眠でした。

 ああ、けど、やっぱりやだなあ……。うっ、胃が痛くなってきた……。

 緊張で胃に痛みを感じた俺は、そこを押さえるが、それで緊張が解けることはなく、むしろ悪化している。


「廉兄さん、大丈夫ですか?」


 流石に行動が目立ってしまったのだろう。

 美波がこちらに心配していると言わんばかりに瞳を向ける。

 いかんいかん。大切な幼馴染に心配をかけてどうすんだ俺。

 俺は必死めいて笑顔を美波に向け、大丈夫だと言った。


「そうですか……」


 だが、美波の顔は晴れぬまま。

 うーん……。やっぱり、美波はそれだけじゃ心配は払拭されないか……。

 どうしたものかと考えている矢先のことだった。


「あのっ!廉兄さん!」

「ん?どうした?」

「私、胃薬買ってきますね!」

「え……?」 


 急にどうしたのだろう。

 もうすぐ雛が来ると言うのに、こんなところで別れたらはぐれてしまう。

 だから手を取って引き止めようとするが……。


「それじゃ、薬局、あそこにあるので行ってきますね!」

「いや、ちょっと待っ………て、早っ!」


 とんでもない速さで美波は走り去ってしまった。

 速すぎだろ……。50メートル走何秒だよ、あいつ。

 一瞬追いかけることも考えたが、雛を待つ人がいなくなってしまうので、なかなかここを離れられない。

 どうしようかと悩んでいると……。


「廉君〜!またせてごめ〜ん!」


 なんともいいタイミングで雛がやってきた。


「雛!丁度いい!行くぞ!」

「え?行くてどこへ?もしかして私たちだけの神の聖域かい?もう!廉君ったら!そういうことはまだ早いよ!けど廉君が望むならいくらでも……」

「そういう妄想はいいから、早く行くぞ!」

「え〜?もう、しょうがないなあ。……というか今、妄想って言わなかったかい?」

「言ったが?」

「……私の契約していながら生意気な!」


 契約って……。

 付き合ってるだけなのに、大袈裟だな……。

 それに、どうせ別れるんだし……。

 そんなことを考えていると、雛がニコニコしながら俺の顔を覗いてきた。


「で、どこへ行くの?」

「え?ああ、薬局だ」

「薬局?何でまた。ポーションでも買うの?」

「そんなものがあったら、この世界は幸せでいっぱいになるだろうな。いいから行くぞ!」

「ええ!?ちょっと、廉君!待ってえ!」


♢♢♢♢♢♢


 薬局に着いた俺たちは、まず店内で美波を探した。

 だが、1時間ぐらい探しても美波の姿は髪一本すら見つからない。


「こんなに探してるのにいないなんて……」

「廉君〜!」


 レジから雛が声を上げる。

 雛にも一応、美波の写真を見せて探してもらっていたので、声を上げたということは、美波を見つけたのだろうか。

 俺は期待を胸に、雛のいるレジへ向かう。


「雛!美波は!?」


 レジへ着くと、目に入ったのは雛とレジの店員さんだけだった。

 み、美波は……。


「その雪白美波さんは見つかってないよ」

「じゃあ、なんで呼んで……」


 見つかって無いなら呼ぶなよ……。

 なんとも言えない絶望感に駆られていると、雛は呆れたように口を開く。


「その美波さんは見つかって無いけど、手掛かりは見つけたよ」

「ホントに!?」


 嬉しさのあまり、身を乗り出して雛に顔を近づけてしまう俺に対して、雛はコクリと頷き、店員さんの方へと視線を向ける。

 恐らく、この店員さんが情報を持っていると言うことだろう。

 俺は雛から顔を遠ざけて、その店員さんに向き直る。


「美波……。胃薬を買って行った女の子はどこですか?」

「え、ええ。その子だったら、さっき店を出て行って、体のゴツい人たちについて行ったわ。やけに素直について行ったから、知り合いか何かかと……」

「ありがとうございました!」


 俺はそう言うと同時にダッシュで店を出ていた。


「ちょっと、廉君!契約者を置いていくなあああ!」


 雛がいつものように鬼の形相で追いかける。

 それを見て店員さんは……。


「何……。あの子ら……」


 と、呟いた。


♢♢♢♢♢♢


「ちょっと、廉君!いきなり走り出してどうしたのさ!」


 全力で走って追いついた雛が俺にそう聞いてくる。


「ゴツい人たちについて行ったらしいけど、素直だったみたいだし、ホントに知り合いかもよ?」


 確かに、雛の言うことはごもっともだ。

 確かに美波が素直についていくなら、本当に知り合いかもしれない。

 だけど……。


「だけど、俺の勘が美波を今すぐ見つけろって言ってるんだ!」

「っ!」


 美波は俺の大切な幼馴染だ。

 だから、俺がきちんと守ってあげなくちゃいけない。

 じゃあ、大丈夫かと妥協していたら、もしかしたら手遅れになる場合もある。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 だから、全力で走っていたが、急に雛が止まった。


「……」

「雛?どうしたんだ?」

「分かったよ」

「え?」


 雛はその一言だけを言うと、急に目を瞑って集中しているような仕草をしだした。

 いや……、『ような』じゃない。ちゃんと集中している。

 雛から湧き出るオーラが普段と全然違うことに驚きを隠せないでいると、雛が再び目を開いた。


「聞こえた……」

「え……?」

「こっち!」

「ちょ、雛!?」


 雛が急に走り出し、俺もそれについて行く。

 一体、何がどうなっているんだ!


「おい、雛!どうしたんだよ!」

「美波さんを見つけた!」

「マジか……」

「マジ!これは……念の為、警察も呼んでおいた方がいいかもね」


 そう言ってスマホを取り出す雛。

 と、その瞬間。


「イヤ!離してください!」

「コラっ!さっさと入れっ!」


 美波が知らない男性にトラックへと押し込まれていた。


「美波!」


 俺はそれを見て、何も考えずに走り出していた。

 それに呼応し、逃げるように走り出すトラック。

 俺は必死に、足が壊れてしまうんじゃないかと思うくらい走った。

 だが、道端にあった石に足を引っ掛けてしまい、盛大に転んでしまう。


「廉君!」


 雛が後ろから心配の言葉を投げるが、俺には聞こえなかった。

 ましてや転んでしまって発生した痛みも感じなかった。


「待て!美波を返せええ!」


 俺は肺が破裂するんじゃないかと思うくらいの大声で叫んだ。

 だが、トラックは反応もなく、そのまま走り去って行く。

 俺は再び走ろうとしたが、足に力が入らなくて、そのまま倒れそうになる。

 だが、雛が俺をしっかりと抱き留めた。


「雛……」

「廉君、一旦戻ろう」

「ダメだ。トラックを見失ってしまう」

「大丈夫。車体ナンバー、撮ったし、GPSも付けておいた」

「いつの間に……」

「神なんでね」


 フフンと得意げに鼻を鳴らす自称”神”。

 俺は思わず笑ってしまい、雛の頭を撫でる。


「……さて、これからどうするか……」


 美波を追いかけるのは無謀だ。

 あっちは組織で活動している可能性が高い。

 追いついても多勢に無勢で終わる。

 そもそもあいつらは何なんだ!美波を連れ去って何がしたいんだ!


「奴隷商」

「え?」

「アイツらは、奴隷を売り払い、儲けている連中だ」


 バカな。

 今の社会でそのような組織があるのか。

 とてもじゃないが、信じられない。


「そんな組織があるわけ……」

「けど、トラックに乗っていたあの二人、奴隷商の目印があった」

「どこに?」

「ヤツらは仲間と見分けるために手にチップを埋め込むんだ。その跡が、二人にあった」

「…………」


 よく見過ぎていて、もはや言葉が出ない。


「さて、それじゃあ、相手も分かったところで、行こうか」

「行くってどこへ?」


 俺がそう聞くと、雛はニコリと笑った。


「無論、警察署だよ」

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