第4話 七瀬雛と後輩

「お引き取りください」

「……は?」


 警察署の受付で言われたのは、その冷ややかな言葉だった。


「何でだよ!警察だろ!市民の困ってることには耳を傾けろよ!」

「奴隷商云々で信じると思いますか?」


 そう。俺は先程の美波が連れ去られた元凶である奴隷商について、警察署に助けを求めるために赴いていた。

 だが、警察は応じる様子がない。


「そもそも、奴隷商がいるとなれば、我々警察、大袈裟に言えば世界連合が黙っていません」


 確かに、奴隷制度は世界連合によって世界中で廃止になり、今では違法だ。

 受付の言う通り、世界連合が奴隷商のことを見過ごすとは思えない。

 思えないけど……。


「けど見たんだ!この目で!他にも見たやつはいる。そいつを連れてきてもいい!だから……!」

「……はあ」


 受付はひとつため息をついた。

 そして次の瞬間には、ギロリと鋭い眼差しでこちらを睨みつける。


「……これ以上騒ぐようでしたら、つまみ出しますよ」

「……っ!」


 ダメだ……。

 俺は受付のこの言葉を聞いてそう思った。

 俺は渋りながら「分かりました……」と小さく呟いく。

 こうなったら例え一人でも……!

 俺はそう思いながらその場を後にした。


♢♢♢♢♢♢


 俺が外に出ると、まず目に入ったのは、雛の楽しそうな笑顔だった。

 何をしているんだと一瞬思ったけど、よく見たら門番の警察官たちと談笑している。

 厨二病はコミュ力も高いんだなと思いつつ、俺は雛の所へと戻る。


「よ、雛」

「あ、廉君。おかえり〜。どうだった?」


 雛のその質問に対して、首を横に振ると、雛は「そっか、残念」とけらけら笑っていた。


「……七瀬捜査官。この方は?」


 と、俺らが話していると、先程まで雛と談笑していた門番の人が、そう聞いてきた。

 七瀬捜査官?一体誰のこと……


「ああ、彼は私の恋人であり、契約者だ。丁重に扱ってね?」

「はい。分かりました」


 と、何故か門番さんが雛に頭を下げる。

 ど、どういうことだ……?


「ひ、雛……、これは一体……」


 俺がそう聞くと、雛は「ああ」と思い出したような仕草でニコニコ笑う。


「そういえば言ってなかったね」

「な、何が」


 雛はより一層、笑みを深め、口を開いた。


「私は七瀬雛。特殊災害対策特別捜査官だ」

「……は?」


♢♢♢♢♢♢


 俺の脳はどうかしてしまったのだろうか。

 とうとう雛の厨二病が移ったかと自己嫌悪に陥る。


「粗茶ですが」

「ど、どうも」


 と、俺が混乱していると、俺の目の前にお茶が置かれる。

 俺は今、先程突っぱねられた警察署の中にいます。

 なんか雛の権限で入れたのだ。

 聞いたところ、雛の地位は結構上にあるようだ。

 最初からこうしていれば良かったものを、雛は「面白そうじゃん」とか適当な理由でしなかったらしい。

 イラつくから、とりあえず後でお仕置きしておこう。


 俺が混乱と怒りを頭の中で渦巻かせていると、突如、部屋の扉が開いた。

 その扉から現れたのは、長い黒髪をポニーテールでまとめ、雛よりも背のちっちゃい可愛らしい美少女だった。

 その美少女は、雛を見るいや否や、かたをプルプルと振るわせて……。


「雛先輩〜!」


 と、雛に飛びついた。

 抱きつかれた当人は怪訝そうな顔をしているが。


「ちょ、離れてくれ……っ!」

「イヤです!久々に雛先輩に会えたんです!スー、ハー。雛先輩の匂い!ぐへへへへ……」

「あ、ちょ、匂いを嗅ぐな!……って、どこ触って……っ!」


 ……美少女同士が戯れている。

 いい光景だ。これはいい光景だ!


「廉君、見てないで助けてくれ……!」

「ん?れん……?」


 と、黒髪美少女は雛を襲う手を止めてこちらを向く。

 その目はまるで品定めするかのように、俺の全身を這いずり回る。


「雛先輩……、彼が……」

「そうだよ。彼は神崎廉君。私の恋人であり契約者。かつ、ペットだ」

「余計なキャラを捏造して加えんな!」


 誰がペットだ。誰が。

 すると黒髪美少女は「なるほど」とニヤリと笑って、こちらへと向き直した。


「申し遅れました。私は江禅紅羽といいます。地位は雛先輩の一つ下の特殊災害対策特別捜査官二尉であります。よろしくお願いします」


 そう言って左手で敬礼してくる紅羽。


「敬礼の手が逆だよ。紅羽」

「あ、すいません。雛先輩」


 紅羽は再び敬礼し直す。

 今度は右手だ。


「ああ、俺は神崎廉。地位は特にないけど、一応、雛の恋人だ。よろしく」


 俺はにっこりと笑って自己紹介をする。

 これに関しては雛もうんうんと頷いている。


「…………それで、雛先輩エネルギーを補充しなおしていいでしょうか?」

「あ、どうぞ。お構いなく」

「ちょっ!おい、紅羽!上司として命令だ!そのワキワキしている手をこちらへと向けるな!」

「さあ、どうしましょうねえ?先輩の胸を揉んだら止まるかもしれません」

「くっ!殺せ!」

「そのセリフ、全ての騎士に謝れ」

「うううううう!今度、絶対に廉君の脳をア◯ィショナルインパクトしてやる!」


 おい、やめろ。

 ここでそういうネタを言うのはあまりよくない。


「さあ、先輩!遊びましょ〜!」

「……っ!廉君、助けて!」

「プイっ……!」

「プイじゃないよおおおおおお!!」


 その後、警察署中に、特殊災害対策課には、定期的に悲鳴が聞こえるようになり、拷問しているのではないかという噂が広がったのだった。

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