第32話 飲み会

「だから言ってるんです!!ニレイルさんはいいひとだと!!」


 グレイは右手に持っていたジョッキを机に強く打ちつけ、酔った勢いのまま本心を口にした。


 いつもサリアと行っていたバーとは違い、別の居酒屋のようなものだ。バーとは違い騒いでいてもあまり怒られず、何より大人数で食べ飲みができるところが利点だった。


「私はぁ!ニレイルさんが好きなんです!あんなにいい人は滅多にいません!それは過去に色々あったかもしれませんが、大事なのは今でしょうに!!」

「まあまあ、落ち着いてください」


 ニレイルはグレイを宥める。実はニレイルも飲んでいるのだが、今回はサリアと飲んだ時とは違う。気を肝臓に集中させ、アルコールの分解を早めており酔わないのだ。


「落ち着いていられませんよ!!」


 今度はクレアが声を荒らげる。普段は自信のなさそうな話し方なのだが、お酒が入り、気が大きくなっているのだろうか。


「・・・」


 フロルは遠くを見つめぼーっとしていた。体は少し揺れている。


「そういえばなんでこのメンツなんですか?」

「…断られました。」


 するとグレイが泣き出した。と、思ったら残っていた酒を一気に飲み干した。すると今度は笑う。情緒不安定とはこういうことなのだろう。


「おそらくだけど。私たちは面倒くさすぎるんです。私も酔ってるか酔ってないかで言ったら酔ってはいませんが。まあでもグレイ先生はこんな感じで、クレア先生も気が大きくなる。これだからお酒が強い私がこの場にいるんです。私は酔っていませんので」


 急にフロルが早口で話し始めた。いやいや完全に酔っているだろうとニレイルは思いながらもフロルの発言にグレイが突っかかっていた。

 2人が話している中、突如クレアがニレイルの膝の上に座り出した。


「クレア先生?」

「えへへぇ、好きぃ〜」


 どうやらクレアも限界らしい。甘えたように頭を擦りつけてくる。確かに兎人族は人懐っこい。だがここまでになるのは酔っているからというのもあるのだろう。


「私の事助けてくれたでしょ?それにダンジョンの授業もあるんだァ。」


 クレアは笑顔で話を続ける。初めて見るクレアの満面の笑みは


「私は嫌いです」


 意外なことを言い始めたのはフロルだった。3人は一斉にフロルの方を見る。だが実際、ニレイルに関わっていないものの方がニレイルのことが嫌いなのだろう。

 ただそれなのに飲みに来たのは、全員意味がわからなかった。


「あなたは女神を倒せるほどの力を持っている。おそらくだけどこの学園では1番強いでしょう。だからこそ、だからこそなぜ最初の挨拶の時に私の攻撃を避けられなかったんですか?あれは避けれたはずでしょう。」


 確信したようにフロルは話す。実際、ニレイル自身もあの程度の攻撃は避けることができる。ただニレイルにはニレイルの考えを持っていた。


「死ぬことより...辛い攻撃なんてないんです。


 僕はエルフをたくさん殺しました。あの攻撃を受けるよりも殺されたエルフは痛い思いをしているんです。


 …僕は少しでも自分が与えた痛みを感じていたいんです。」


 それだけで今までの罪が消える訳では無い。それでも少しだけ、ほんの少しだけだがニレイルは殺してきたエルフの辛さを感じ、ある種の救いのようなものを感じていた。


「私はあなた自身を大事にしないあなたが大っ嫌いです!!」


 涙を流しながらフロルは言う。それ自体は嬉しかった。でもそこまでフロルがニレイルのことを思ってくれている理由がわからなかった。


 それからニレイル以外の全員の酒のペースが早くなり、酔いつぶれた3人を抱えて、ニレイルは寮に戻っていくのだった。

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