第18話 気持ち

 クロコは考えている。相手があの0番だと言うのなら勝ち目はそれこそ0に近い。0番のような化け物に対抗するために仲間を集めたのだ。それは裏を返せば1人では勝てないと言っているようなものだった。だからクロコは逃げることを考える。


「なぁ、お前もずっと他種族を殺してきたんだろ?それが今になって守る側に立つのか?」

「ああ、それが俺の最後の仕事だと思っているからな。」


 ニレイルの意思は堅い。この攻め方ではおそらくクロコは捕らえられてしまう。もっと他の要素を含まなければ。


「それを周りは知っているのか?」


 知っているはずがないのだ。もし彼が0番だと知っているなら生活などできはしない。それほどまでにニレイルの罪は重い。ニレイルは悲しそうな顔をして深く考えた。それを見てクロコは畳み掛ける。


「結局、人間がやってきたことを他種族は許すわけが無いだろ。お前は認められているんじゃなくて怯えられているんだ。


 腫れ物を扱うように気を使われている。だからお前を追い出さないんだ。追い出そうとすれば殺されるから。」


 違うと言いたかった。だけどニレイルにそんな確証は何一つ無い。どんどんニレイルは暗くなる。それを見てクロコは手応えを感じる。

 なんて馬鹿なヤツなんだろう。まさかたかが他種族を殺したことに罪悪感を感じるなんて。だって他種族は人間の劣等なのだから。弱者は弱者らしく命令を聞いとけば良いのだから。


「今他種族を殺すのなら俺が国を説得しよう。お前は英雄だと、人間の希望なのだと。そうすれば人間社会でお前は生活できるようになる。どうだ?手を組まないか?」


 相手は揺らいでいるのだ。こちらに引き込めさえすれば...クロコの手柄は巨大なものになるのだろう。あと一押しだった、とクロコは考えた。


「お前はあれだけのことをしたんだ。お前は本当は他種族を殺したいんだろ?」


 今までのことを考える。死んでも償えないようなことをしてきた。たくさんの命を奪ってきた。それは生きるために、命令に従っていれば自分は生きられると思ったから。


「なあ正直になれよ?お前は殺しが好きなんだろ?」

「贖罪を...」


 そこでやっとニレイルは語る。彼の言葉を聞き、自身の行動を振り返る。それは初めて自分の行動に疑問を持った時のこと。


 ━━━━━━あなたにとって命はそんなに軽いものなの?


 顔すら思い出せない相手から問いかけられた言葉。


 ━━━━━━お前は本当は死にたくないのだろ。


 竜神族の男の最後の言葉を思い出す。そうだ。命は重いのだ。だからこそ、今までの罪を償おうと思った。命が重いから生きたいと思ったのだ。

 だが罪人の命は重いのか?死にたい絶望と生きたい希望、矛盾した2つが今のニレイルを成り立たせる。


「贖罪をしたいんだ。命は重くて平等だから。その命を奪った罪を償うんだ。だから大事な命を奪おうとしているお前を俺は捕らえる。」

「それならお前はここで死ねばいいだろ?」


 クロコにとってこれは賭けだった。相手がイラついたら殺される。いわば諸刃の剣のような言葉を投げかけた。だがそれはクロコにとって悪手でしか無かった。


「俺は...命は平等だと思う。だってそうだろ?俺は罪人なのに生きているんだから。だから俺は自分の命を大切にするように他の人の命を大切にしたいんだ。」


 自嘲気味に笑いながら、ニレイルは続ける。その表情に、その言葉にクロコは戦慄する。


「俺が死んでも良いくらいに軽いなら、他の奴の命だって同じだろ?


 もし、俺が死んでも良いくらいに軽い命なら、俺は同じように他も扱うさ。それこそ花を踏み潰すように、人間の子供だって、他種族だって殺してみせるさ。」


 クロコはスキルを発動する。ニレイルの影が伸び、ニレイルの体を縛り付ける。その隙にクロコは影に潜り、咄嗟に逃げた。

 クロコのスキルの効果範囲は100m以内、そこまではニレイルは動けないはず、はずなのに。


「ぐはぁ!!!」


 背中に巨大な衝撃が駆け巡る。ニレイルは影の拘束を破り、影の中にいるクロコを殴りつけたのだった。あまりの衝撃に背骨も折れ、意識が飛んでしまった。

 スキルが解除され、クロコの姿が浮かび上がる。ニレイルはクロコを担ぐと次の敵の元に向かう。


「はぁ、結局俺は贖罪なんて大層なものを理由に生きたいだけだったか。」


 罪悪感も感じている。でもやろうと思えば本当に人間の子供も他種族も殺せるんだろう。自分は生きたいだけだった。その事実が自己嫌悪に繋がるのだった。

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