第17話 酒場のマスター
ニレイルがよく使う酒場に来たのはセリというAランク冒険者の女性だ。彼女のスキルは魅了、自身の美貌に対して好意的に思った人物を操ることが出来るという破格のスキル性能を有している。
彼女はその美貌にも恵まれていた。そしてスキルのこともあり、彼女は努力を惜しまない。故に彼女は対男に対しては絶対的な自身がある。なぜなら彼女の美貌に惚れない男などいないのだから。
「さぁ!あなたも私の奴隷になりなさい!」
セリのスキルが発動する。瞳が輝き、酒場のマスターと目が合った。それがスキル発動の合図、酒場のマスターはその場で項垂れてしまった。
「やっぱり、私には勝てないわよね。さぁ、そのまま前に来なさい。」
セリは懐からナイフを取り出す。酒場のマスターはセリの指示通り、1歩、また1歩と歩みを進めていく。
2人の距離が近づいた時、セリは思い切り、マスターの心臓部分を突き刺したのだった。ナイフを引き抜くと、大量の血が吹き出した。その血飛沫がセリの体にも降りかかる。
「あぁぁぁぁぁ!これよこれ!これが心地いい...!!」
彼女は男を屈服させ、殺すことに快楽を感じている。恍惚な笑みを浮かべながら体や顔にかかった血を自身の体に塗りたくる。彼女は快楽の余韻に浸っているその時だった。
「案外、生け捕りも簡単そうですね。あなたは非常に弱かった。」
本来話せるはずがない死体が喋りだした。慌ててセリが距離をとる。その表情は先程と打って変わって焦りの表情だった。
「お前ぇ、なんで生きてる!」
「ニレイルさんは私の種族にすぐ気づいたんですがねぇ。」
酒場のマスターは最初にニレイルと出会った時のことを思い出す。あの時はサリアもいたからしっかり話す機会はなかったが、言葉の節々に自分の種族がわかったものにしかできない気遣いを感じた。
「流水がダメなのに酒を注いで大丈夫なんですか?」
それがニレイルが最初に聞いてきた言葉、そこからサリアとの話も耳にしていてニレイルという人間について観察を続けていた。
彼を見て人間との共存もまた可能な気がしてきたのだ。
そしてセリもやっとその存在に気付く。異様に白い肌、整った顔立ちに金髪、トドメは彼の八重歯だ。本性を表すように段々と八重歯が伸びてくる。おそらくそれは時間帯が夜に近づいてくるからなのだろう。
「お前、まさか!?」
「ええ、私は吸血鬼。グラドと申します。」
その名を聞いてセリの顔は青ざめた。何せグラドという名の吸血鬼と言ったら、過去に人間を500人、皆殺しにしたというあの吸血鬼だ。
いやそれよりも、不味いのは今の自分の状態だ。吸血鬼というのならその権能は...。
「嫌ァァァァァ!!!」
悲痛な叫びが木霊する。吸血鬼の権能は吸血鬼という種族の名前がそのまま付いている。理由は単純に権能自体に大きなメリットがある分、そこを平等にするためにデメリットも大きかった。
デメリットは太陽の光、流水、銀、聖なるものが苦手なこと。そして権能のメリットは完全に消滅するまで死なないこと、吸血行為で回復出来ること、そして血を操ることだった。
「気絶した方が身のためですよ?殺すとは言いましたがどうやらあなたは生け捕りに出来るくらいにはお馬鹿で弱かった。」
セリが自身の体に塗りたくったグラドの血は、彼女の皮膚を切り裂き、体内で暴れ回るのだった。
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