第5話 鳥の少女

 挨拶が終わってからとりあえずニレイルは事務作業に取り掛かろうとしたが、ベロニカがこれを止めた。曰くまずは保険医から怪我を治してもらえとの事だった。

 幸い、後ろに飛んでいたので傷は見た目ほど深くはない。一日でもあれば治るとは言ったものの向こうが強かった。まあ保健医の先生にもらった傷薬を塗ると一瞬で回復したのだから時間的に問題は無い。


 ニレイルが授業に参加するのは各学年の担任の先生に頼まれた時だ。この学校は6年間通うことになっている。各学年3クラスで1クラスは20人程度、約360人の異種族の生徒が通っている。

 しかもその全員が寮生活というこの学校自体が1つの村のような役割を果たしていた。

 今週は休業明けということもあり、授業への参加はないのだが、そういう時は事務仕事をすることになっている。

 と言っても主な仕事は学校の清掃や設備の確認だった。あとは授業の準備の手伝い、主に紙のコピーを行うくらいでニレイルにとってはとても簡単な仕事だった。

 一日の業務内容が終わるのなら適宜休憩を取っていいらしく、学校内にこういった事務作業を行う専門の職員たちの小屋のようなものがあるのだが、今まで休みなく働き続けたニレイルにとっては必要のない事だった。


(一通り終わってはいるけど...もう一回りしとくか)


 小屋に戻るのは教師からの授業準備の手伝いがあるのかの確認くらいで、それ以外は永遠と掃除していた。

 もちろんそのことについてはベロニカやサリアに注意された。仕事熱心なのはいいが休憩も大事だと言う。

 まあ注意されても直そうとは思わない。今は信頼が何も無い状態、だからこそこういった所で信頼を得たいのだ。

 そんな日々が続くある日のことだった。


「用務員さん!いつも同じことばっかで飽きないの?」


 頭の上の方から声が聞こえた。用務員とはおそらく自分のことだろう。

 少女は人間で言うところの腕が鳥のような緑色の翼をしている。よく見てみると足も鉤爪のように尖っていた。羽と同じような緑髪の元気がとても良さそうな、鳥人族の少女が話しかけてきた。

 おそらくこの学校の生徒なのだが...今は授業中のはず。要はサボりだった。


「これが俺の仕事だからね。それより授業はいいの?」

「うん!だってクーはいつもすぐ忘れちゃうんだもん!」


 意気揚々と話す少女、おそらくクーという名前なのだろう。元気よく答えてくれたはいいものの授業は受けた方が良いだろう。学校とはそういうものだし。


「クーさん、授業はちゃんと受けないと怒られるんじゃないの?」

「え!すごーい!よくクーの名前わかったね!」


 話が一向に進まない。確かに鳥人族はみんな忘れやすいという所が特徴だった。そしてこの元気の良さ、人間の貴族にとっては視界に入るだけで不快らしい。ごく稀にだが、近くに鳥人族の村ができてうるさいという貴族の意味の分からない理由だけで殺しを命じられそうになったことがある。

 最も、その程度のことで0番が勿体ないということで他の者が殺害に向かったのだが、なんとも不愉快な話だ。鳥人族よりもその貴族の方がよっぽど害がある。


「こら!クーさん!また授業を抜け出して!!早く戻ってきなさい!」


 すると遠くの教室の窓から体を乗り出して叫んでいる教師の姿が見えた。彼がクーのクラスの担任なのだろう。

 クーはすごい嫌そうな顔をしつつも先生の言うことは聞くらしい。今度は地面に降り立ち、ゆっくりと教室に向かおうとしていた。

 だが何かを思い出したかのようにニレイルの方を振り向く。


「用務員のお兄さん!また話そうね!」


 笑顔で手を振りながらクーが叫ぶ。手を振り返すとクーはにっこり笑って教室の方に向かっていった。


「あんなに素敵な笑顔なのに...不愉快だっただと...」


 ニレイルは強く拳を握っていた。それだけの理由で殺そうとしていた連中にこそ、不快感を覚えた。そして同時にそんな奴らの命令を考えもせずに行おうとしていた過去の自分がとても嫌いだった。

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