第4話 挨拶
ニレイルが学校に来て1週間が経った。あれから学園内の案内をしてもらったり、職員の紹介をしてもらったり、仕事の内容を確認したりした。
今日からいよいよ生徒たちが登校するということで、最初に全校集会が開かれるらしい。その時、生徒たちにとっては初めての人間であり、授業にも顔を出す場合があるので昨日、挨拶を頼まれていた。
「失礼します。準備は整いましたか?」
寮にあるニレイルの部屋に1人の女性が入ってくる。赤い髪にショートヘアが良く似合う女性、彼女は元々サリアのメイドらしく、メイド服を着ている。燃えるような翼や尻尾が特徴的な魔族の彼女はベロニカというらしい。
サリアはこの一週間、忙しかったらしく、ベロニカから色々教わったことが多い。
「はい。終わりました。」
「では体育館に案内しましょう。」
スーツを着たニレイルはベロニカの指示に従ってついて行く。全校生徒が体育館に集まっているので人気は無い。
寮からは学校が近くにあるのでほんの5分歩くくらいだった。この学校に人間はニレイル1人だけ、目立たないように外で話を聞きながら、紹介されるまで待機している。
「皆の者、学園長であるサリアだ。休暇は有意義に過ごせたのだろうか?有意義に過ごせたものはこれからもその調子で、そうでないものは今後の生活で取り返すよう励たまえ。
さて、今更ながらだが、本校は人間との共存を目指している。その理想を実現させるため、新たな取り組みを試みようと思う。
さあ、ニレイル、入場してきてくれたまえ。」
外からでもマイクの音でサリアの話は聞こえていた。以前よりも威厳のある話し方をしてニレイルのことを呼ぶ。
「さあ、ニレイル様、体育館に入って挨拶してきてください。」
ベロニカに急かされニレイルは中に入っていく。
「せめて命は落とさないでくださいよ」
小声で呟くベロニカの声をニレイルは聞き逃さなかった。とりあえず考えても仕方が無いので体育館に入り、サリアの立つ壇上に上がっていく。
この世界は7割が人間、そして残りの3割が魔族やエルフといった人間の言葉で言うところの異種族にあたる。そんなこともあり、大多数である人間が他種族を差別する。
この学校には人間以外の異種族が通っている。生徒たちを見ても人間である者がいなかった。生徒たちは好意的に見ているものもいれば怯えたような、憎んでいるような瞳をしているものもいた。
「我々の目的は共存のための教育を目標としている。だからこそ人間に否定的なものもこの学校に通ってもらい人間を殺そうとする考えを和らげることが目標でもあるんだ。君には否定的な視線もあるかもしれないが...ここは我慢してくれ。」
昨日、サリアの口から聞いた言葉を思い出す。酷く悲しそうな顔をしていたのが印象的だった。それは正直仕方ないことでもあると思う。ニレイルも人間は嫌いだ。
打ち合わせ通り、壇上の真ん中に立つ。するとサリアが軽く紹介してくれる。
「彼はニレイル。見ての通り、人間だ。彼には基本的に事務作業をしてもらうつもりなのだが、時々、授業にも参加してもらおうと思う。そこで人間について学んでくれ。
ニレイルなにか一言を」
サリアからマイクを渡される。ここでの会話はとても大事な気がする。好意的な視線も見受けられるが、おそらく人間に対して嫌な思いがある者の方が多いのだろう。
実際、この学校には共存を望むより、各種族の地位を獲得し、人間を滅ぼそうと考えている生徒の方が多いというのも事実だ。サリアはそんな生徒たちの意識を変えたいと言っていた。だから本音で話そうと思った。
「今日からこの学校で働くニレイルです。僕はサリア様に会うまでは...悪い人間だったと思います。
皆さんの中にも僕の存在に納得できない人も多いと思います。ですからそれを僕にぶつけてください。皆さんは僕にとって守るものであり、傷つけるものではありません。
この仕事は僕にとっての罪滅ぼしなんです。これからよろしくお願いします。」
頭を深々と下げる。一体今の話をどれだけの人が信じてくれたのだろうか。どれだけの人が心打たれたのだろうか。そんなことは分からない。
それでも良いと思う。他種族にとって人間は狡猾で卑劣だと言うのが常識なのだ。そんな常識を言葉一つでひっくり返そうとは思わない。
ニレイルは行動で示すことを心に決める。それが彼の罪滅ぼしだから。
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