第5話 エージェントと渡り
唖然とした光景が続いていたが、優一は更に唖然として開いた口が塞がらなかった。
――高いなぁ。
東京の街中でも首が痛くなるほどの高いビルは建ち並んでいたが、空を突き抜けんばかりに聳え立つそのビルは夜の闇もあってか、天辺に相当する部分が全く視界に捉えられない。
きっと日本みたいに地震といった災害がここにはないんだろう。何かしらの自然現象があるにしても、どうにかして解決できる術もありそうだ。
「ねぇ」
早くしろ言わんばかりにロゼが急かす。優一は出入り口付近にある「A」とあるモニュメントのようなものを横目にロゼに続く。
一階のロビーは大きな柱がいくつも連なる巨大な空間だった。天井もかなり高い。先ほど3、4メートルもの高さのある種族がいたのだ、これくらいないと建物として成り立たないのかもしれない。
だとするとこれだけ高いビルに、入っているフロア数は実は見た目ほど多くないのかもしれないなと優一は思った。
ふと、先を歩いていたロゼの足が止まった。何かを見ている。視線の先を辿ると、大剣を背負った、二人(二匹、或いは二体かもしれない)の逞しい獅子の獣人が立っていた。
何かの扉を守っているようだ。扉には何か書かれていたが、こちらの言語なのか優一には読めなかった。
厚い、ガラス張りの扉の向こうでは何か大きな、惑星に似た装置が置かれているのが見えた。
白衣を着た研究者らしき種族(空想上のエルフによく似ている)と、体躯がいい割には身長の低い種族(空想上のドワーフに似ている)が話し込んでいる。
惑星に似た装置はゆっくりと回転をしており、ああいう形には見覚えがある。なんだったか。
「……天球儀?」
「……チッ」
(舌打ち!?)
ロゼはため息を重く吐き出すとロビーの奥に向かって歩き出した。
なんだったんだ今の……。
優一はロゼの様子にビクつきながら、離されまいとあとに続いた。
「32階」
「!」
奥にあった円盤状の装置に乗り込んだロゼに、優一は困惑気味に隣に並んだ。
装置には魔法陣と言うのか、不思議な模様が浮かび上がっていた。何なのだろうこれはと足元を見ていた優一の傍で、ロゼが階数を告げると装置が一人でに動き出した。
予備動作もなく突然動いたので後ずさってしまった優一は、背後の壁らしきものに踵がぶつかり振り返る。一面ガラスで覆われたそれの向こう側は、都市の輝きや空を飛ぶドラゴンに機械といった姿を一望させた。
思わず近寄ってみると、ガラスだと思ったそれは触れると不思議な質感をしていた。柔らかすぎず、硬すぎず、しかしちょっとやそっとのことでは壊れなさそうな頑丈さがある。
自分が思い出せる限りの材質を探してみたが、思い当たるものはなかった。そのうちに装置が目的の階に到達し、ロゼがフロアに降り立つのを優一も続く。
やはりここも天井が高い。そういうことを見越して造られた設計のようだ。
引き続きロゼのあとをついていくと、また読めない文字が書かれた扉をロゼが開けた。中に続くと、そこは優一もよく見る事務的な広さを持った事務スペースだったが、どうにもフロアの元の広さに比べて手狭に感じる。
妙に圧迫感のある壁がそのスペース全体を覆っているので、おそらくあの壁の向こうには何かあるのだろう。実際そこに入る為の扉らしきものがある。
さりげなく辺りを見渡した優一は、奥で何やら列ができている光景を見つけた。猫の獣人女性と女性職員が対応しているようだが、なんだか騒がしい。
「あ、ロゼさんさすが! 早かったですね!」
スペース奥のモニターから駆け込んできた職員らしき種族は、先ほど外でロゼに声をかけてきた鳥人とはまた違う容姿をしていた。今度は背中に翼が生えている。顔も人のものに近い。髪は何枚もの羽根でできているようで、少しの動きで柔らかく揺れている。
なんとなく足元を見ると、翼から抜け落ちたのか羽根が散らばっていた。それをどこからともなく現れた靴の高さほどに小さい妖精とでも言うのか、とにかく小さい種族がかき集めていそいそとまたどこかに運んでいった。
「保護したんだから追加報酬出しといてよ」
「もちろんです。そちらが渡りの方ですかね」
それは自分に向けられた言葉のようだった。渡り、そう言えばロゼも自分のことをそう呼んでいた。
「多分そうです」
「もしかしてロゼさん、また説明省きました?」
「どうせ説明するでしょ。簡単には話した」
壁に寄りかかり、相変わらず気怠そうにロゼは言う。
「ロゼさんは必要最低限すぎるんですよ。すみません、ちゃんと説明しますから、どうぞこちらに」
と、案内されたのは事務スペースの中にある、来客用と思われる小さな場所だった。向かい合わせの大きめのソファとテーブルが置かれているだけだ。しかもテーブルの上には何かの書類が山積みだ。
「ちょっとどかしますね」
鳥人の職員は書類を適当な作業机に置くと、なんとか少しの空きができる。また羽根が散らばった。視界の端に妖精らしきものが動くのが気になる。
「本当はもっといい場所を準備できればいいんですけど、すみません。持ち場を離れられなくて」
「いえ」
「えーっと、まずは自己紹介からしますね。僕はオルニスと言います。このエージェントサポート室でエージェントの手助けをする仕事に就いています」
「エージェント?」
「え、ロゼさんそこまで何も話してないんですか?」
「まったく……保護されたとしか……」
オルニスは頭を抱えて項垂れてしまった。
頼れるのがロゼしかいなかったから仕方ないが、自分もよくこんな状態でロゼについてきたなと思う。
「あー、すみません……あの人本当に面倒臭がりが極まっていて……」
「まぁ、はい。なんとなく」
「えっと、じゃあ一から説明させていただきますね。まず、あなたがいた世界と、この世界は全く別の世界になります。ご自身がどのようにここに来たのかは覚えていますか?」
「いえ、まったく。寝て起きたら、ここに」
優一が首を振ると、オルニスは頷いて「安心してください」と続けた。
「皆さん大体がそうですから。ただ、あなたがどうしてここに来てしまったのかの説明はできます。この世界には、定期的に他の世界に繋がってしまう、歪という現象が発生します。この世界が他の世界に繋がりやすい世界なんだと思っていただくのがいいですね」
「歪……それに私が巻き込まれたということでしょうか」
「そうです。歪は、空間の歪みで、ほんの少しの間別の世界に繋がる、そうですね……亀裂と言ったほうがいいかな。その亀裂が、現れて閉じるのはほんの一瞬なんですけど、その閉じる際に近くにあるものを吸い込んでしまう特性を持っているんです。それに巻き込まれて、あなたはこちらに来てしまった。そういう別世界から渡って来てしまった方々を、こちらでは渡りと呼んでいます。その渡りを保護するのがエージェントなんです」
「なるほど……私は元の世界には帰れるんでしょうか?」
そこが優一が最も気になる部分だ。夜魔とか言う生き物に襲われ、死を覚悟したのだ。帰れるものならば今すぐにでも帰りたい。
オルニスは優一の気持ちを汲んだかのように「はい」と頷いた。
「ここに来るときの一階で、大きな装置があったかと思うんですけど、覚えてますか?」
「ああ、あの、天球儀みたいな……」
「あれが渡りの方々を元の世界に還す、転送装置になります」
「あ、あれが」
そうだったのかと優一はなるも、すぐにあれと小首を傾げた。ロゼは確か、あれを見て舌打ちをしていなかったか。
「本来であればすぐにあなたを元の世界に還したいところではあったんですけど……」
まるでそんな優一の不安を煽るように、なんとも申し訳なさそうな顔をオルニスがした。
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