016 冒険者ギルドに行こう
衛兵に導かれながら門をくぐり、街の中へと入れば、そこはまさに中世的な風情のある異世界の街といった光景であった。
建物は石と木を合わせて使ったもので高さは二階から三階が主で緩やかな三角屋根。
道路は馬車二大が並んで悠々と通ることのできる石畳の大通りが、見える限りずっと真っすぐ伸びている。
薄っすらと見える先には、外壁よりも規模が小さい内壁が見えており、おそらくは貴族街か富裕層エリアといったところだろう。
また街並みは人通りの割には綺麗で清潔感があり、悪臭はあまり感じない。この辺りが住宅街から離れているからか、はたまた何かしらの処理方法か処理施設があるのか、汚物がそのあたりに放置されているということもないようだ。
一見すれば中世的な街並みかもしれないが、文明的な進歩で言えば聞いていた通り近世に近いのかもしれない。
道行く人はみな健康そうで服装もそれなりに綺麗なものを着ている。見える限りでは服装の種類はそれなりに豊富で、地味めな色が多いとはいえ相応にカラフルであった。
ただし、出歩いている人々が全て『ヒト』というわけではなく、獣の耳や尾を持つもの、耳が長くとがったもの、成人して見えるがたくましく背丈が低いもの、角があるもの、鱗があるもの、などなど。ヒトが多く見えるが多種多様な人が道を行きかっていた。
そういうところにはまさに『異世界』を感じさせた。
まぁ、ゲームの中でもさほど違いはなかったといえば実はそうではあるのだが。
しばし街並みを見入っていたウェイトリーに衛兵が話しかける。
「この大通りの右手側を真っすぐ行って、百メートルくらいでこの東西大通りを横切る五番通りがある。その通りを右に折れて道沿いに行けば冒険者ギルドがあるから行ってみるといい。
剣と盾のマークの看板を出しているからすぐにわかると思うが、わからなくなったら街の人に聞くといいだろう」
「ありがとうございます」
「では、冒険者として成功することを祈っている」
そう告げると衛兵は詰所へと戻っていった。
戻っていく衛兵に軽く会釈して見送りながら、ウェイトリーはボソりと呟いた。
「百メートルって言ったな」
「メートル法なんですね」
「なじみのないヤー・ポンじゃなくてよかった」
「重さはまだわかりませんよ」
「頼む見えざる手! ややこしい単位は勘弁してくれ!」
「神野クオリティに期待しましょう」
「実際どこまで手を入れてると思う?」
「わからないですね。でも流石に要所要所には入ってそうです。わかりやすいのは助かりますが、異世界的な情緒なんかは薄れるかもしれませんね」
「ヤー・ポンならカナダの可能性が残ったかもな。カナダがなんの単位使ってるかは知らんけど」
「仮にカナダ異世界説が正しかったとしても飛行機は飛んでないと思いますよ」
「ヤポンには行けそうにないな」
「ないでしょうね」
そんな話をしながら聞いた通りの道を辿り、冒険者ギルドへと歩き出した。
異世界の街並みを見つつ、五番通りらしき道を右に折れ、少し進めば看板を目にせずとも冒険者ギルドであろう場所はすぐに分かった。
なにせ各種装備を身に着けた人の出入りを見ることができたのでわかりやすかったと言える。
近寄れば、盾を背景に二本の剣が交差するようなデザインの看板も目に付いた。
確認も取れたところで、ウェイトリーはフードをかぶった。
「なんでフードをかぶるんですか?」
「ガラの悪い先輩冒険者に絡まれるお約束とかあると怖いし」
「本気で言ってます?」
「雰囲気による。受付の前では取るよ」
「不審者感を助長すると思うんですが」
「死霊術師にそれを言われてもね。でも先制のアドバンテージは大事」
「なんのアドバンテージですか」
「そりゃもちろん戦力調査よ」
「気づかれるかどうかで判別するということですか? まず気づかれないと思いますよ」
「だから気づかれるようならスキル頼みじゃない逃走手段が必要になるでしょ」
「なんで逃げる前提なんですか」
「必要になってから用意してたら遅いからだな」
「意図はわかりました。逃げるようなことにならないように努力してもらいたいものですが」
「努力はしてるでしょ」
「否定はしませんけどね」
呆れたような顔をするマリーを尻目にフードをかぶったウェイトリーは、開け放たれている冒険者ギルドの正面入り口から、何気なく、静かに、足音物音一切させずに自然に入った。
中は概ね想像通りの冒険者ギルドであった。
入り口正面には受付職員が並んだカウンター。その右手の壁面にはまばらにチラシのようなものが張られている広々としたボード。
広いボードの右手に入り口がありその先は消耗品などを扱うショップ。
左手側は大きなホールに机とテーブルが並びその奥は調理場。
その調理場の上の二階へと上がる階段はホールの左側。
受付では数名の冒険者が何かを話していたり、ホール側のテーブルのいくつかにも冒険者が座っている。
冒険者の数がまばらなのは昼真っただ中という時間帯故か。おそらくは依頼を終えて戻ってくるであろう夕方か夜あたりはそれなりに賑わいを見せるのだろう。
わかりやすく質実剛健。荒事の気配がありつつも無秩序ではない。
そんなありきたりだが、なぜかワクワクするような感覚をウェイトリーは確かに感じていた。
入ってすぐ入り口から逸れて壁際に移動しながら周囲を観察する。
特に騒がれることがないどころか、誰もウェイトリーに注目すらしていない。それどころか気づいて視線を向けるものも注意を向けているものもいないようであった。
見えてるのに見えなくなるスキルを使っているわけでもないんだけどなぁ、と内心こんなもんかと一定の評価を定めた後、ウェイトリーとマリーは冒険者のいない受付へと向かった。
色の薄い金髪をお団子にまとめた知的で眼鏡をかけた美人の、いかにもできる雰囲気の受付職員は何かの書類に記入していて、目の前に二人がいることに気が付いた様子がないので、ウェイトリーはフードを取りつつ静かに声をかけた。
「すいません、今いいですか?」
「え?」
全く気配を感じなかったのに驚いたのか、受付に座っていた女性は驚きに目を開きつつも、冷静に対応した。
「ようこそ、冒険者ギルド・レドア支部へ。本日はどのようなご用件ですか?」
「冒険者として登録をしたいと来たのですが、可能ですか?」
「もちろんです。少々お待ちください」
そういうと受付女性はカウンターの下にある引き出しから書類を取り出し、それを二枚並べた。
「登録には一人五千ドラグ必要です。こちらの用紙に記入していただき、魔力登録機に手をかざしていただければ登録完了となります。
身分証明か仮身分証の提示が必要ですがお持ちですか?」
「あぁはい。これですね」
仮身分証と一緒に大銀貨を一枚置いてそれを職員へと差し出した。
「確認いたします。その間にご記入を。代筆が必要であればお申し付けください」
「大丈夫です」
「最後の項目は任意ですので空欄でも問題ありませんが、記入いただければその内容に沿ったものをギルド側で紹介しやすいので助かります」
「わかりました」
受付女性が料金を受け取り、仮身分証を確認する間、ウェイトリーとマリーは用紙の記入を行う。
項目は、『名前』『職業・役柄』『使用武器・戦闘方法』『戦闘距離』『特記事項・アピールする技能やスキル』の五項目であった。
二人はほどほどに悩みつつも特に問題なく項目を埋めていった。
記入が終わったのを確認した受付女性が仮身分証の確認が終わったことを告げ、記入された用紙の確認を始める。
すると、受付女性の眉間に少しシワが寄った。
「確認をさせていただきますが……。ウェイトリーさん『死霊符術師』というのは死霊術師、ネクロマンサーですか?」
「不味いですか?」
「いえ……、あの、そうですね。不味いというわけではないのですが、あまりいらっしゃらないのは事実です。
差し支えなければどういったものかをご説明願えますか?」
「符術という術理を使ってアンデッドを呼び出して戦わせたり、それに関連する魔術を使って戦います。
アンデットはスケルトンやゾンビ、レイスなどが該当しますけど、呼び出せる中には不死者も多く含まれます。
あと一応職業は『デッドマスター』という呼ばれ方をすることがあります」
「あー……はい。なるほど。そのアンデッドや不死者? は犯罪行為をしてその、呼び出せるようになったりしていますか?」
「あぁそれはないですね」
「わかりました。召喚士、サモナーの方も同じようなものなので問題ない、でしょう」
「そんなにおかしいですか?」
「……こう言っては何ですが、まず居ないかと思われます。いえ、いないですね。仮に死霊術師であったとしても、普通は召喚士や、もっと言えば魔術師として登録されるかと」
「やっぱりイメージが悪いとかそういう?」
「まぁ……、そうですね。もし書き直されるのであればもう一枚用意いたしますが」
「いやいいですよ。別に嘘は言ってませんし、デッドマスターであることを後悔したことも恥じたこともないので」
「わかりました。規則としては問題ありませんので確認を続けます。
得意武器は投擲武器全般と符術ですね。
戦闘距離は不問とありますが、これはどのような意味合いでしょうか?」
「前衛中衛後衛、それから偵察もですけど、基本的にどのポジションのアンデッドも呼べるのでそのように書きました。自分も基本的にどのポジションでもそれなりに戦えます。
まぁ自分で戦う場合はそのポジションの本職にはかなわないと思いますが」
「なるほ、ど。わかりました。特記事項は探索と偵察と採取ですね。
戦闘よりもこちらの方が得意なのですか?」
「まぁ……、どちらの方が得意かと言われればそうですね」
「わかりました。確認は以上です」
受付女性は若干疲れたような表情をした気がしたが、気を取り直したようにマリーの名を呼んだ。
だが項目に目を通して、おや? という顔をした。
「では次はマリナウェルさん。『魔女』ですか……。失礼ですが、『魔女印』はお持ちですか?」
「え? もしかして魔女には資格がいりますか?」
「そうですね。一般的には魔女協会認定の『魔女印』を持つものを『魔女』と言います」
「困りましたね。それは持ってません。持ってない状態で魔女を名乗ると不味いですか?」
「相応に権威のある証明なので不味いですね。場合によっては魔女協会と敵対することなるかもしれません」
「わかりました。では『墓守術師』に変えましょう」
「『墓守術師』ですか……? それは魔術師とはどう違うのでしょうか?」
「いえ違いは多分無いと思いますよ。魔女が――、失礼、魔術師が墓守をしていただけなので」
「ではここは『魔術師』とさせてください」
「わかりました」
「得意武器はなし。戦闘距離は後衛のサポート、特記事項は術理解析と調薬などの錬金術ですか。錬金術師なのですか?」
「こっちにも資格がいりますか?」
「あー、いえ、そうですね。自身で店舗を経営し錬金術で作った商品を売る場合は能力証明が必要になりますが、個人で作りどこかへ卸したり売る場合は必要ありません。必要になるのは店舗を持つ場合ですね。ただ現在、魔法薬、ポーションですね。これを作れる方がほとんどおらず、冒険者ギルドで消耗品として販売するものが品薄になっているので、もし作っていただけるのであれば、相場よりよい値段で買い取りできるかと思います」
「それはいいですね。薬草類もかなり手持ちがあるので時間があるときに作っておきます」
「よろしくお願いします。ただ、ギルド側で鑑定して効能を確認できたものしか買い取ることができないのでご了承ください」
「わかりました」
「では魔力登録を行うので、こちらの魔道具の上に手を置いてください。まずはウェイトリーさんから」
そういってその場に出されたのは総金属製のクリップボードのような形をした板で、表面にはいくつかの円と線、そして見覚えのない文字が刻まれた魔法陣が描かれている。
クリップボードのクリップ部分にあたる位置に白銀色をした長さ十センチほどの文鎮のようなものがはめ込まれており、そこから表面端の左側にはガラス製のケースがついていて、中には小さい無色の水晶のようなものが収められていた。
ウェイトリーは促されるまま、その魔法陣の上に手を置くと、数秒してほのかに魔法陣が白い光を放った。そこからさらに十秒ほど待てば光が収まった。
それを見た受付女性は「結構です」と告げた後、クリップ部分にある白銀色の文鎮を外し、別に用意してあった同じものを改めてはめ込んだ。
「ではマリナウェルさんもお願いします」
その魔法陣、術式をじっと見ていたマリーは、ウェイトリーと交代して手を置き、同じく登録作業が行われていった。
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