011 事後処理と魔石
「……おはようマリーさん」
「おはようございます主さま。もうお昼ですが」
「今日はしょうがないでしょ」
「そうですね。流石に疲れました」
翌日。
ウェイトリーよりは多少早く起きてはいたが、それほど違いのない時間に起きていたマリーへと挨拶して、ここ数日変わらず行っている朝の洗顔などのもろもろ済ませ、まだぼんやりと眠そうな気配があるウェイトリーは評価五点のお茶をゆるゆると飲んだ。
こういうハードな日の翌日の寝起きには濃い目のコーヒーが飲みたいなぁ、と思いながらも、そういえばこの世界のコーヒーはあるのだろうか、とか、ゲームではショップで普通に買えたからそのうち買えるようにならないかな、とか、でも値段によるなぁ、と思考がうろうろと独り歩きをしていた。
しばらくして、戦果の確認でもしておくか、と戻ってきた思考の元、端末を取り出した。
格納したシカの資材カードの枚数を確認すれば、全部で七十八枚だった。
うちヌシシカが一、アンデッドチームが串刺しにして解体しても素材を使いづらいものが二十九、残りが大体頭部のどこかしらに小さな穴の開いたシカの死体だった。
ちなみに頑張って削った木槍の残りが九本と、倒れて放置されていた無数の黒い樫の木と思われる丸太も移動に邪魔だったし、丸太になってるなら使い道がありそうだと資材化していた。
アンデッドチームが倒したものは比較的綺麗な角などを残して全部回収でいいだろうと考えた。
あとは適度に売れそうなら売る。どこにも引き取ってもらえないようなら末永くシカ肉を食べるなりしていくことになるだろう。
ウェイトリーはそのあたりのことを相談することにした。
「多分問題なく売れるとは思うけど、なんかの理由で売れなかったらどうしようかね。このシカの数」
「数が数ですからね。売れなければ使えそうな部位は残して、肉はどこからしらに孤児院などがあれば寄付するなどもいいかもしれませんね。よっぽど治世と治安がよくないとお肉はそれなりに贅沢品でしょうし」
「寄付か。まぁそれは悪くないな。ガチャ運がよくなりそう」
「道徳心とか信仰心とかそういうものはないんですか主さま」
ジト目でマリーが言う。
「道徳心はともかく信仰心はない」
「冥府神様に叱られますよ」
「あの神様は信仰しない程度でそういうことしないよ。『そんな暇があれば魂の安寧を願うべし』とでも言われるだろうさ」
「そういう方なんですか?」
「頓着する人、いや神様ではないな。『冥府の戒律』に対してはガチだけど」
「『冥府の戒律』ですか。内容こそ主さまとともにいるので知っていますが、自分では読み解けないんですよね。あれこそ信仰心の強さみたいなものなのでは?」
「その話だとマリーさんも信仰心ないってことにならない?」
「ないですよ。各神々のことは尊敬はしていますが。そもそも魔女にしても死霊術師にしても宗教とか……」
「まぁ宗教との相性が最悪なのは間違いないな。エルダリアでも『エンシェントテンプル』の連中マジでヤバイし」
「私も何度か異端審問官という名の殺し屋を差し向けられてますからね。うんざりです」
二人して今はもはや会うこともないであろうエルダリア世界の宗教系クラス関係者にため息をついた。
「あぁー、話を戻すけど、『冥府の戒律』は死霊術師かくあるべしの在り方の指針であって、信仰心は関係ないよ。というか冥府神の使徒になると戒律のレベル上限から下がって最大九になるからね」
「不思議な話ですね。冥府神様が定めた戒律を、冥府神様直属の信者が最後まで読み解けなくなるなんて」
「まぁ理由は簡単で、使徒になると戒律の最後を守れなくなるから、と少なくとも冥府神はそう思ってるんだろうね」
「信者が守れない戒律を定めるというのはどうなんでしょうか?」
「その考え方も少し違う。我々人間にとって冥府の戒律は守るべき法ではなく、在り方の指針だからね。戒律って言うといささか言葉が強く感じるけど、冥府神本人が自分を戒めるために決めたものであって、別に冥府神以外の誰かを戒めるものじゃないんだよ」
「自身を戒めるものですか。神話上では戒められなければならないようなことをしていたようには思えないのですが」
「ないね。でも生と死を司る神だから、いつだってポカしないようにって気を使ってるって感じらしい」
「聞けば聞くほど立派な神様ですね」
「まぁまぁな無茶ぶりしてくるけどな。あの神様。まぁ戒律はそういうもんよ」
「流石に最大レベル、最後まで読み解けるだけあって詳しいですね」
「デッドマスター限定スキルで一番大変なスキルだからね。しかもクラス的に大事だし、戒律レベルがないと使えないスペルもそれなりにあるけど、戒律のレベル上げに対してほとんど割に合わないんだよなこれが。まぁレベル五で使える凶手とか、レベル九、十じゃないと使えないのとかはかなり殺意高いけど、正直その三枚が抜けてるだけでそれ以外はそうでもないんよね。『ドラゴンファング』の限定スキル系の技どれも強くてホント理不尽だわ」
「戦闘系トップクラスと探索系トップで戦闘力と競ってもいいことはないですよ」
「ムカツクんだよなぁ、ランキングで何回も『壊滅の息吹』で薙ぎ払われてるからさぁ。あれ仮に自分は無事でもCC残んねぇだもん」
「主さまといるせいで私も何回か薙ぎ払われてるので知ってます」
「そりゃ申し訳ない」
結局シカの処理は、解体の手間のあるなしはあっても、最終的にはどのようになってもはけるだろうとなり、状態がきれいなものはそのまま格納しておくことになった。
その後の森の中のシカの様子だが、レイブンレイス達に偵察を頼んだところ、二頭から五頭以下の群れで森の各地で散り散りに過ごしているようで、再び集まろうとしている気配は無いようだ。
数もだいぶ減り、これなら森が禿げ上がることもないだろう。
ヌシが死に、およそ森も正常な状態に戻った。
シカもヌシに統率される前のもともとの生態に戻っていってほしいものだとウェイトリーは思っていた。
次に今後の方針の話となったが、今日は適度に明日以降の準備をしつつゆっくりと休み、明日の朝から街道らしきものが一番近いところにある方角の北東方向に進むこととなった。
森の外までの距離はおよそ六十キロほどで、約二日ほどで森から抜けられるだろうとの見込みだった。
できることはやっておこうと、まずはひどい状態になっている回収予定のシカを処理していくことにした。
そんな折、十頭ほどの回収を終え、次を資材カードから解き放ち、回収しようと端末を向けた時であった。えぐられたシカの体の中に、キラリと光る何かをみつけたような気がしたのである。
気になったウェイトリーは解体用のナイフを抜いて、それをえぐり出してみると、血肉で汚れてはいるが薄い紫色をした水晶のような石だった。
それを見て、ウェイトリーのオタク脳は答えを導き出した。
「さては魔石とかってやつだなこれ」
残っている死体を回収して、その石を川で洗ってみれば、透き通った薄い紫色の石は相応にきれいだった。形状はごつごつとした球体なのだが、球というよりは楕円形で多面体のサイコロのような形であった。大きさはピンポン玉より少し大きいくらいだろう。
魔力視のスキルの恩恵で、これが何かの石に力が宿ったものではなく、魔力が結晶化して石の形になっているものだというのが理解できた。
魔力量としては判別はできるが、それが多いのか少ないのかは判別できなかった。
「魔石ですか?」
「だと思う。エルダリアで言うところの魔晶核かな?」
「んー、見た感じ違うように思います。魔晶核は存在の本質が固まったようなものですからね。これは単純に魔力だけが結晶化したようなものだと思います。どちらかといえば魔力を込めた宝石や魔水晶の方が近いかと思われます。といっても近いだけで全然別物ですけど」
「スキルで言えば、装飾とかエンチャントとかの範囲だな。俺は全く触ってないカテゴリだ」
「術式魔法学にも多少は近い範囲ですけどね。持ってましたよね?」
「『マジカレ』本職じゃないからかじり程度しか知らんよ」
「サブクラスがレベルカンストしてるの知ってますよ。それって魔法学院を卒業した教員クラスですよ」
「そりゃそうだし、まぁまぁ苦労して試験受けてレベル上げたけど、ある意味試験対策しかしてないからホントにかじり程度だって。そもそも術式刻印は魔法紙に平面刻印を書いたことしかないし。あれだって一時期、綺麗な丸が書けないとちゃんと術が発動しないから一生丸だけ書き続けて頭おかしくなるかと思ったんだからな」
「丸描きは誰もが通る道ですね」
「主席が何をいう」
「私だって最初からうまく描けたわけじゃないですよ。二日くらいでできるようになりましたが」
「ちくしょう。思い出しただけでも嫌になる」
苦い顔をするウェイトリーをよそに、マリーはドヤ顔だった。
「主さま、よければその魔石、いただけませんか?」
「別にかまわないけど、どうすんの?」
「いや興味があるだけで、何をするということはないですね」
「まぁ別にいいよ。他のシカの中にもあるか調べてみよう。あるとするならシカ自体はまだ六十近くあるし」
「やはりヌシの魔石を大きかったり色が濃かったりするんでしょうか?」
「まぁあり得るだろなぁ。しかしあれは流石に専門の人に解体してもらいたいな。それなりに慣れてきたとはいっても今の俺が完璧にバラすのは無理だし、それをするのはあまりにももったいない」
「じゃあ普通のはください。回収予定の分はあとどれくらいあるんですか?」
「これが十一頭目だったはずだからあと十八くらいだな」
「ではお願いしますね」
「全部えぐらなきゃならんのか……。まぁいいけども……」
多少うんざりとしつつも、魔石の抉り出しを行いつつ、残りのシカも回収していった。
その後は周辺を歩き回ることもなく、川の近くで魚に石を投げていくらか確保したり、レイブンレイス達に北東方面のルートとその周辺の詳細な偵察をお願いしたりして、その日を終えた。
翌日。森から出るために移動を開始する初日。
数日腰を据えていた川辺にほど近い場所から、『野営地』を解除する。
建てたままのテントも、簡単に組んだ焚火場も、少し端に積んでいてた薪なんかもまとめてそこから消えた。全て『野営地』のカードへと格納され、そこには草や枝が払われただけの小さな広場が残るだけとなった。
異世界に来てほぼ一週間いた場所が、すぐになんでもない場所になったことに少々思うことがないではないが、立つ鳥跡を濁さずでこれでいいんだろうなと、ウェイトリーはこの場所を後にした。
もはやこの森の地形を一番知っているといっても過言ではないレイブンレイス達による詳細な偵察によって詳らかにされたマップに情報をもとに、装備性能を考え、最も適切なルートを選択し進んでいく。
今日の目的はおよそ六十キロの内、半分少し手前ほどにある多少開けた場所だった。そこをキャンプ地として想定していた。
道中見つける野草や薬草類などを採取しつつ、森の中を進む。
「しかし、一週間たっても人ひとり会ってない思ってもなかったな」
「修復のチュートリアルにちょうどいいとここを選んだんでしょうけど、正直もっとマシなところはなかったのかとは思わないでもないですね」
「なんというか、最初に訪れる国がシカ王国はないよな」
「ないですね」
とは言いつつも、シカと採取物によるお金の確保のメドや、素性の怪しさを隠すカバーの考えやすさ、あとはおそらく魔物などの雰囲気を掴むなど、もろもろ考えれば悪いスタートとも言えないといえば言えないかな、ともウェイトリーは思っていた。
「神野P的にあのシカはどう考えてたんだろうか」
「言い方が少し悪いかもしれませんが何も考えてないと思いますよ」
「その心は?」
「主さまがしたいようにするだろうから、感知するところではないといった感じでしょう」
「俺が放っておいてここがめちゃくちゃになっても神野Pとしてはどうでもいいってことにならんかねそれ」
「神野さんとしてはそれでいいと思ってると思いますよ。そもそも主さまが修正点の修復を行った時点で、或いはそれすらも主さまの自由意志に任されていると思います」
「確かにそう言ってたけど投げやりすぎんかあの神様」
「あの人を神様と考えるのは少し違うかもしれませんね。管理人か観測者か、そのあたりが妥当でしょう」
「なるほどねぇ」
「とはいえ、明確なイベントがあることは想像していたと思いますよ。神野さんは主さまのファンなのでなんかやりそうなところに送り出したのはそれが理由かもしれません」
「困った人だなぁ」
「神の心を人が知るなど、馬鹿げた話ですよ。神様どころか同じ人間でさえよくわからないのが人の常だというのに」
「それもそうか。『作者の考えを答えよ』と同じく永遠に謎ってことだな」
「そういうことです」
「それはそうと、神野Pって『神野人志』って名前だけどさ」
「馬鹿げた話です」
「だよなぁ」
謂れのない誹謗中傷が行われつつ、二人は目的地へと進んでいくのであった。
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