010 黒白の骨刃、静かなる崩御

 早朝、食事もろもろを済ませ、決戦に挑むために必要な準備を進めていく。

 最初に太さ直径二十センチ程度の木を、鉈と根性とパワースケルトンで切り倒し、枝を落として、およそ二メートル半程度の長さにそろえていき、先端に鋭角に鉈を入れて、細めの丸太杭といった感じの太い木槍を作る。

 これを十八本用意する。森の活性化の名残か、まだ若い木も多く見受けられるこの森では比較的簡単に発見することができた。

 問題はマチェットで先端を尖らせる方だった。こればかりはものがないのではどうにもならないので、鉈を二本複製して二本をスケルトンに任せて作業を行ってもらい、ウェイトリー自身も鉈をふるった。槍として使うため、それなりに堅い木を選んだため、削るのが大変だった。

 

 この間マリーは、前日端末にてDPへと変換する死体回収をしてしまう前に剝ぎ取った、不格好でところどころ千切れたり、肉が残っていたりするシカの皮をタンクゾンビに張り付けていた。

 性能はお察しの皮鎧だが、防ぐメインは雷撃による攻撃なので、不格好であっても皮を巻き付けておけば六割程度は軽減できるだろうとの見通しだ。

 不格好なりに何度も続けたため多少レベルの戻った解体スキルのおかげで何枚かはマシに剥ぎ取れており、その数枚は幾分かマシな効果を発揮するだろう。

 この即席の木槍と不格好な皮鎧が主な装備となる。

 そしてそれらを使う編成は、タンクゾンビが四体、パワースケルトンが二体、スケルトンが一体を一部隊としてこれを三部隊用意した。

 この中でタンクゾンビが前衛で小規模な槍衾を展開し、パワースケルトンはそれを補佐、この六体が木槍を持つことになる。スケルトンは木槍を作った時に出た枝などの端材とツタなんかを使って作った鳴り物付の棒をガラガラと鳴らす係として配置した。

 

 今回の作戦としては、開幕はヌシの狙撃からスタートする。

 これがうまくいこうがいかまいが、アンデッドチームはシカ集団を囲むように三角形の形に配置してタンクゾンビの槍衾を構えつつ微速前進。鳴り物をならし、注意を引く。

 これは狙撃が成功したならば、群れが散り散りに逃げ去る可能性を考慮している。シカの数自体は減らさなければならないので、できるだけ逃げられないようにする措置だ。もちろん、逃げずにその場に留まるのならその間に削れるだけ削りたい。

 

 狙撃が失敗しても、三方向から意識をそらさせている隙に、隠密系のスキルを全開で近づける範囲まで近づき、必要があるならそのまま強行突破し、範囲内に入ったのならばスカルピアサーで釘付けにしたのちに冥府からの凶手で確殺をとる形だ。

 

 ここまでの全てが通用しないのならば、その時は全力を持って撤退するしかない。

 

 作戦としては概ねこのような感じであった。

 そして決行時間は完全な夜、二十三時とした。デッドマスターにはクラススキルにて得られる『完全暗視』があり、その効果はこれまたデッドマスターのクラススキル効果にてすべてのキャラクターユニットに適応される。とはいえもともと『夜目』を持っているキャラクターが多いのがデッドマスターではあるのだが。鳴り物を使うのも夜に戦闘を行う為である。


 また、想定通り探索に出した数時間後に成果を出したレイブンレイスがすべて戻っているので空からの目も完璧だ。

 

 懸念点があるとすれば、タンクゾンビの総数なのだが、これは単純にDPが限界だった。

 今日の為にタンクゾンビを十二、パワースケルトンを六、スケルトンを三、スカルピアサーを十二、スカルトマホークを三になるように複製して追加した。ついでに作業用のマチェット二本追加。

 これの合計DPが大体シカ二十八頭分だった。

 二日かけて倒したのがちょうど三十頭で、バランスよく増やすにはポイントが足りなかったのだ。

 召喚システム的にもデッキの枚数制限的にも余裕があるのだが、悲しいかな先立つものがなかったのだ。

 ならば数日かけてでももっと数を増やすべきなのではないかとは考えたのだが、ヌシの撃破と少なく見積もっても半数程度は倒せるだろうという想定から、これ以上増やす必要もないかと考えた。


 そもそもからして、カードの種類が圧倒的に足りておらず、完全完璧な作戦など立つはずもなかったのが本音であった。

 

 

 かくして準備は進み、日が暮れる頃には全てが整った。

 

 ウェイトリーは一日中振り続けたマチェットを地面に突き刺したまま、座り込んで一日の苦労を吐き出した。


「もうね、木を尖らせるのヤダわ。木工スキルもっと取っておけばと非常に後悔してる」

「スキルがあっても大変だったのはちゃんとした道具がなかったからだと思いますが。鉈も悪くはないと思いますけど、鉈一本では限界があるかと」

「キツすぎて一回スカルトマホーク試したよね。大して意味があったとは思えなかったし当たったら消えたけど」

「用途が違いすぎますからね」

「そっちはどうだった?」

「それなりには大変でしたね。でもこちらは相手がゾンビだったのでお願いすればその通りに動いてくれた分、だいぶ楽だったと思います。少々お肉を食べるのを避けたい気持ちにはなりましたが」

「そりゃ災難だったね」

「まぁ食べるんですけどね」

「だと思ったよ」


 夕食の準備にシカ肉を切っているマリーを見ながら、ウェイトリーはデッキの整理がてら内容を確認した。

 キャラクターユニットが装備した武器や防具などは、デッキにセットされている間はカードに戻しても装備したままになる。外れる条件としては、撃破されるかデッキから外して端末に戻すかである。

 装備した武器や防具がカードであればそれもまとめて端末に戻るが、この場合のような皮や木槍などのカードではないものは、アイテム欄に格納されていた。

 しかし、現状ではシステムからの購入などによって生成したアイテムしか端末のアイテム欄に保存できない。

 この場合がどうなるかは今夜の内にわかるだろうが、おそらくはその場にそのまま残されることになるのではないかと予想している。

 新しく大量に手に入ることになるであろう皮はともかく、木槍は何かと使いようもあるかもしれないから気が向いたら資材カードにして確保しておこうと考えたが、討伐戦とその後のシカの回収が忙しくて忘れるかもしれないな、と何となく思っていた。

 

 まだ戦ってもないのに終わった後のことを考えるのは違うな、と頭を振り、ウェイトリーは確認を終えた。

 そして眠るでもなく、何かを考えるでもなくただ静かに目を閉じて、夕食を準備するマリーが発する音に耳を傾けていた。



 来る夜。

 草木は寝静まり、動物もまた夜行性のものを除いて眠る暗闇。

 この森に生きるシカたちは、夜は静かにしているが完全に眠りに落ちるというほどではないようだ。

 そしてそれ以外の生き物はおよそ淘汰され、驚異たるものは存在しない。


 存在しない、はずであった。

 

 虫の声も鳥の声もしない森の中を鼓動なき死者たちは自然に、だが不自然なほど静かに進んでいた。

 大きな群れを三方向から三角に囲むように、静かにゆっくりと歩みを進める。

 それぞれの隊にレイブンレイスが一羽ずつ目を光らせることで、哨戒のように点在する小規模なシカの群れは避け、慎重かつ正確に歩を進めていた。

 そして群れの外縁から約百メートルの位置で部隊は静かに停止した。


 その移動完了を確認し、闇夜を吸い込んだかのような暗い色の灰へと色を変えた外套を纏うウェイトリーが、つば広の魔女帽子を深くかぶり顔の見えなくなったマリーを伴い行動を開始する。

 二人の群れとの距離は約六十メートル。

 狙撃対象であるヌシまでの距離はおよそ二百メートルほど。


「じゃ、やろうか」

「はい、主さま」


 お互いに多くは語らず、短く言葉を交わす。

 マリーは少し離れ木の陰に隠れ、周辺の警戒を厳とした。

 そしてウェイトリーはスカルトマホークを右手に握り、少しばかり開けた木々の隙間から、細く欠けた月を見上げた。

 別に月を見たかったわけでも感傷的になったわけでもない。


 ただ単に投げる角度を確認しただけだ。


 深く吸い、長く吐く。深呼吸一つ、集中する。

 音の少ない森の音すらもすべて消え去り、感覚だけが研ぎ澄まされていく。

 

 右手に大きく構えたスカルトマホークは、ともすれば無造作に、しかしとても美しく洗練さた動作で、静かに力強く、月を落とすかの如く空へと投げ放たれた。

 スカルトマホークを放った後、すぐさま人差し指と中指を素早く二度握るようにしてスカルピアサーを発動させ、今度は弓を引くように構え、オーバースローにて弾丸のような速度で撃ち出された。

 

 放たれた二つの骨刃は、一つは弧を描き寸分違わずヌシの額へ、そしてもう一つは弧月の骨刃よりほんの刹那ほど早く額へと突き刺さった。

 結果は、突き刺さったスカルピアサーをまるでより深く押し込むかのようにスカルトマホークが叩きこまれる形となった。

 結果としてはあっけないもので、シカのヌシは浅い眠りの中で声すら上げることもなく、二度と目覚めることのない深い眠りへと落ちたのであった。

 骨と骨が強くぶつかった甲高い『コンッ』という音が鳴ったものの、角同士をぶつけた音に似ていたためかヌシであるシカの異変に気づいたシカはほんのわずかだった。


 森を統べた王にしてはあまりにも静かな崩御であった。

 或いは静寂の森を作り上げた王に相応しい幕切れだったのかもしれない。


 これがスカルピアサーの隠された効果である通称『浸透貫通』と呼ばれる現象であった。

 条件はスカルピアサーが刺さって消えるまでの約三秒の間に正確にスカルピアサーを押し込む形で攻撃することである。

 効果としては押し込みを行う攻撃に『防御貫通』と『頭部特効』を付与するである。

 その代わりに、押し込みを行う側の攻撃の効果は適応されず攻撃力のみが適応される。

 理屈としては見たままの通り、スカルピアサーをより深く押し込んでその分威力を上げるというものなのだが、攻撃力がそのままロスなく百パーセント伝わるのがミソであった。

 今回の場合は、『頭部特効』『部位破壊補正』が消えて『防御貫通』と『頭部特効』が付与された状態で、威力が非常に高いトマホークが直撃した。

 これこそがウェイトリーの本領の一つであり『スカルピアサーが本体』『手から絶対に目を離すな』『防御力アップじゃなくて結界を張れ』等々、大変恐れられていた技である。

 しかも、異世界にてダメージ箇所のリアル化に伴い、『頭部特効』は本当にシャレにならなくなっているので目も当てられなかった。


 ヌシの狙撃を完了したウェイトリーは次なるスカルピアサーを抜きつつ、三方を囲むアンデッド部隊に進軍を指示する。

 ヌシの死を感じ取った中央付近のシカに向けて二度、三度とスカルピアサーを投げていく、どれも芸術的、或いは悪魔的なまでに頭部に吸い込まれ、糸が切れるようにシカが倒れていく。

 次から次へと口を封じて行くが、封じられた口を見て異変を感じ取るものも加速度的に増えていく。それをスペルのリキャストを気にしながら、リキャストが回り次第黙らせていくが、当然追いつくわけもない。

 

 そんな折、次第にガラガラという音が各方面から小さいながらも聞こえ始めた。

 明確にその姿を捉えられなければ、何か得体のしれない不穏がそこにいるかのように感じられるだろう。

 シカが実際にどう感じているかまでは想像がつかないが、率先して森へ逃げ去ろうとするものは少ないようだ。鹿威しを参考にした作戦であったがそれなりに効果はあったようだ。

 まばらに何頭かはその音へと向かって行ったが、恐慌状態にあるシカたちがまばらに向かったところで巧妙な連携が取れるわけはなく、それらすべてが闇へと消えた。


 その間にもウェイトリーは一言も言葉を発することもなく、ただ淡々と骨刃を投げ続けていた。

 そこに周辺の警戒を担当しているマリーから声がかかる。

 

「主さま、後方五時方向から小集団です」

「……。」


 答えることなく静かに木に背を預け、言われた方向を確認していく。レイブンレイスにも指示を飛ばし詳細な位置を確認した。

 確認が終わるまでにかかった時間にてリキャストを完了したスカルピアサーを後方に向かって都合七度投げ放った。

 夜の闇の中、視界の悪い森、そして動く対象であっても、その精度が狂うことなどありえなかった。


「対象沈黙、お見事です」

「……。」


 返事の代わりに右手を一度開いたまま上げて、群れに対する攻撃へと戻った。


 いよいよ群れはパニックに近い様相となり、それぞれのシカが暴走するように方々へ向かって走り出し始めた。

 それぞれの部隊に、より強固にまとまって、気を引けるだけ引いて倒せるだけ倒せと指示を出し、ウェイトリーはサイドデッキからいまだ使っていなかった『スカルクラスター』を取り出し発動した。

 『スカルクラスター』も例にもれず投擲型の物理スペルなのだが、これは今までとは毛色が違うスペルであった。

 効果は『炸裂分散』と『接触破裂』の二つで形状は、バスケットボールより一回りほど大きい球体であった。

 それを両手で持ち、サッカーのスローインのようにシカの群れへと投げ入れた。

 するとその骨でできた球体は空中で炸裂して、中からピンポン玉ほどの無数の球体を周辺一帯にまき散らした。

 そして、そのまき散らしたピンポン玉に触れたシカは、その小さな弾が破裂すると同時に飛び散った鋭利な骨の破片が足や腹部へと食い込み、足並みが乱れよろけたり、或いは倒れこむ者もいた。

 そこら一体でパチパチとスカルクラスターの弾ける音がさらにシカたちのパニックと混乱を加速させ、いよいろなりふり構わず逃げ出し始めた。

 あまりに混乱し、勢いよく木に激突し首を折る個体なども多くいるありさまだった。

 

 こうして、シカの王国は終わりを迎えたのだった。



 可能な限り投げ続けたスカルピアサーを投げる手を止めた。


「ふぅー……」


 ウェイトリーは静かに長く息を吐き、沈黙を破った。

 集中して戦い始めたらほとんどしゃべることなく戦うのはウェイトリーの常であった。

 

「お疲れさまでした」

「どれくらい倒せたと思う?」

「アンデッドチームの戦果にもよりますが、およそ六割といったところでしょうね。当初の想定通りといったところでしょう」

「……ということは六十体とか七十体前後の死体か、死にかけが残ってるわけだな」

「ある意味ここからが本番かもしれませんね」

「まぁ死にかけで長引かせるのは忍びないし、ここはうだうだ言わずさっさと止めを刺しておこう。俺は感知で息があるのに止めを刺して回るから、マリーさんは中央に集まってきたアンデッドチームに指示を出して可能な限り死体を処理してから資材カードにしやすいように集めるように頼んでおいて」

「承知しました」


 生き残っているアンデッドチームに中央集合の指示を出して、ついでにやられたアンデッドの木槍がその場に残ってるようなら一緒に持ってくるようにも指示をした。

 忘れていなかったようである。

 さらにレイブンレイス達には森の中にあるシカの死体のマークを頼んだ。これですぐに発見でき、死体を放置することもないだろう。

 零時も回っている森の中を歩き回る苦労は、アンデッドたちのお陰で最小限で済みそうであった。



 死に切れていなかったシカを介錯し、くたくたになりながら森を回って倒したシカすべてを資材カードとして収め終わった頃には草木も眠る丑三つ時であった。

 肉体的疲労よりも精神的疲労を強く感じたウェイトリーとマリーは野営地に戻るなり、テントの中で泥のように眠るのであった。

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