009 シカ銀座と性能調査
明けて翌日。
食事もろもろを終え、端末で地図の確認や各レイブンレイスの情報や視界を共有し、現在の状況を確認した。
そしてウェイトリーは、自分はまだ寝ているに違いないと現実逃避していた。
ウェイトリーの真顔が虚無顔になっていることに気が付いたマリーはどうしたのだろうかと思いつつも、面倒か面白いか厄介なことのどれかなんだろうなと半ば確信めいた想像もしつつ、素直に聞いてみることにした。
「主さま、面白い顔をしていますが」
「あぁなるほど。これを数えてぐっすり眠れと」
「なんの話ですか?」
「シカが一匹、シカが二匹、シカが十匹、シカが二十匹……」
「そんなに?」
「それどころかコレ多分百以上は確実にいるぞ」
「それはまた……。昨日の群れが十以上あるというわけですね」
「違う違う」
「はい?」
「同じ場所に百以上集まってる」
「あの大きさのシカが?」
「ここがシカの大都会だ。集まってるところに以外にもばらけてまぁまぁな群れがうようよだ」
「そんなに集まったらとてもではないですがあの体格を支えられるだけの食べ物が無いと思うのですが」
「だからその周りひどいことになってるよ」
レイブンレイスの目を通してみたその光景は、そこが森の中でありながら、もはや森とは呼べないほどに一帯が食いつくされているような有様だった。
この森ならばどこも鬱蒼と生い茂っているのが当たり前だが、そのただなかに忽然と荒野が現れたかのような異質さがあった。
あらゆる草はもちろん、低木に限らず、黒く太い樹木の根までかじったのか、そこかしこで太い木が倒れていた。もちろんその木には葉も枝もなく、不格好な丸太だけがそのまま投げ出されていた。
丸太までは流石にかじらないらしい。
見た光景そのままを表現可能な限りマリーに伝えると、マリーも少々真剣な顔つきになって答える。
「いくら草食だといっても木まで食べるんですか? もはやそこまでいったら草食を越えているような気がするんですけど」
「それがなぁ……。こいつらただ草食ってだけじゃないみたいでな」
「といいますと?」
「この森ってシカ以外の動物ってほとんど見なかっただろ?」
「昨日気になると言ってましたね」
「どうもシカが食ってるみたいなんだよなぁ。他の生き物」
「その数で草食寄りの雑食ってことですか?」
「特別縄張り意識が強いのか、なんにでも攻撃するほど気性が荒いのかわからんけども、そりゃそんだけの数いたら森から他の生き物いなくなるわ。全部食われたというよりは食われたり襲われたりしすぎて寄り付かないんだろうな」
「状況は何となく理解できましたが、なんでそんなことになるほど群れが増えたんでしょうか」
マリーの疑問に対して、虚無顔をやめたウェイトリーが真面目な顔をして答えた。
「群れの中央にひときわデカくて角の多いシカがいる。どうもこいつが原因らしい」
その百を超えるであろう群れの中心に、今までに見たシカの倍ほどの大きさがある雄々しいシカが佇んでいた。
黒い体毛は、より色濃く黒く、毛足が長い。それがどこか老獪な印象を見せるが、肉体的強靭さはその他大勢のシカよりも格段に上のように感じさせる。
トレードマークたる角も他のシカは二本から四本しかないが、捻じれた槍状の角が三本、枝状に広がる角が四本の計七本の角を持っており、その角の合間を駆ける紫電の雷も力強く頻繁に流れていた。
この者こそがシカたちを統べる王、ともすればこの森の支配者そのものなのだろう。
「不自然に感じた群れもそのヌシが原因だったんでしょうか」
「そうかもな。外敵に脅かされることないシカの楽園で人死にならぬシカ死にが出たから、王様自ら民にお触れを出したってところか」
「私たちのスタート地点はシカの王国だったんですね」
「或いはシカ銀座ね」
「都会押しですね」
「密度がね。どこぞの交差点みてぇ」
「銀座じゃないじゃないですか」
「現代日本で暮らしてないと帰ってこない返しだなそれは」
微妙に話がそれているのをマリーが修正しつつ、このおかしな状況の核心を突いた。
「思ったんですが、もしかして修正点の影響なんでしょうか?」
「それが多分正解。なんかそのヌシシカにあの修正点から噴き出してた光と同じような光がうっすらと見える」
「それが統率力の起点となっていると。となると、修正点からあふれた力で森がありえないくらい活性化しているからこそ、それだけの数を支えられるだけの食料になる植物が生えていたというわけですか。おそらく禿げあがった場所を見なかったのは、主さまがシカを狩るまでヌシ周辺以外群れていなかったのと、森の植物再生力の恩恵ですかね」
「あぁそれなら大体スジが通る気がするな。ってなるともう修正点は修復しちゃったわけだから……、これは下手したら森が消えるんじゃないか」
「その可能性はありますね。それか、どれくらいになるかはわかりませんけど、そのうち森を出て暴走するかもしれませんね」
「ヤバイじゃん」
ゲンナリした顔でウェイトリーが言うが、マリーはスッキリした顔でいつもの問いかけをする。
「それで、いかがしますか? 主さま」
「んなもん決まってる」
「逃げてどこかしらに通報でもしますか?」
そんな答えが返ってくるわけないと確信しているマリーはニコニコした顔であえてそう問い返す。
対してウェイトリーはいつも通りの真顔で答える。
「ヌシを叩いて、群れを間引く。こんだけ植物類の収穫物に満ちた豊な森を不毛の更地に変えられてたまるか」
かくして、デッドマスター最初の戦いが幕を開けるのであった。
まずは通常のシカの生態調査、というよりも性能調査から始めた。
どの程度の感知範囲があるか、敵を感知した場合どのように動くか、どの程度の攻撃方法と攻撃力があるか、どの程度の防御力や耐性を持っているか、致命傷ではない攻撃を受けた時にどのように動くのか、ターゲットがいる場合に群れとしてどのように動くか。
確認できる部分を可能な限り確認していく。
その方法はある程度確立していた。
それは『スケルトン』『パワースケルトン』『タンクゾンビ』『ソーサラーレイス』をまとめて召喚して一パーティとして突撃、攻撃させてみるという手段だった。
相手の性能によっては容易く砕かれるだろうが、反応を見るのにちょうどいいし、デッドマスターの戦闘システムとして、キャラクターユニットが破壊されるのは悪いことではない。
いわゆる墓地の利用、EWOではセメタリーコスト(CC)と呼ばれるデッドマスターの外部リソースである。
敵からの攻撃による破壊や、時には自身のスペルなどを用いてユニットを破壊してキャラクターを回していくのがデッドマスターの一番の特徴なのである。
むしろウェイトリーは現状CCがどのような処理になっているのかを可能な限り詳細に知る必要があるため、その調査も兼ねていると言えた。
その日とその翌日の二日を費やして、検証を行った結果。
通常のシカはおよそ、六十から七十メートル程度でおそらくは音で存在を認知し、四十メートル以内に入れば戦闘態勢に入り、二十五メートル以内で戦闘を開始すると思われる。
というのも群れによっては完全に目視できる十五メートルまで襲ってこない場合もあれば、二十五メートルで一斉に向かってくる場合もあったのだ。
この辺りはどうも群れによるらしいが、二十五メートル前後がデッドラインなのは確かだった。
襲い掛かる場合は、スルスルと木々を避けつつも勢いをつけて力強く突進する個体が一、二体と、それを固めるように少し散開し近づき、突進の成否を確認し、対象が行動可能なら追撃で稲妻を放つという連携を見せた。
魔物とはいえ、野生生物にしては圧巻の連携であった。おそらくこのようにしてこの森の覇権を握っていったに違いない。
ウェイトリー自身が隠密状態で接近した場合三十メートルの距離でも感知すらされなかった。特別な感知能力の類はなさそうであった。
次に相手の攻撃力について。
先手となる突進はスケルトンでは障子紙かのように吹き飛ばされほんの足止めもできず、体格の大きいパワースケルトンでもかろうじて足踏みさせられる程度で基本そのまま砕かれる始末であった。
打撃に弱く刺突に対しては耐性のあるスケルトンだが、突進は鋭利な角で行われるとはいっても本体そのものの重量が実質打撃と言えるため非常に脆弱だった。それに加えて雷属性を纏っているといってもいいのも相性が悪かった。これはソーサラーレイスも同じで、物理攻撃に対して非常に高い耐性を持つレイス系でありながら突進された端から消し飛んだのは、やはり角が纏う雷のせいだろう。
しかしながら、タンクゾンビはその名に恥じぬ性能であった。
タンクゾンビは身長約二メートルほどの、太く頑丈でごつごつとした腐肉の身体を持つアンデッドで、体力が高く再生力もあるタフさで敵の攻撃を受け止めるフロントマンだ。
タンクゾンビはその身を角に貫かれ、雷で身を焼かれても、シカを完全に止めることに成功していた。体格的に一頭しか止めることはできないとはいえなかなかの戦果である。
しかし、何の問題もないわけではなく、周辺にいる後詰のシカの雷撃を数発受けると、敢闘虚しく倒れてしまった。そもそも突進を止められはするものの、大ダメージを負っているため、いくらタフだといってもそれ以上は望めなかった。
初動の確認をして、シカの意識外からスカルピアサーやスカルトマホークなどで順次処理を行い、次の群れのただなかにそれぞれのカードを直接放り投げ、奇襲で戦闘状態に持ち込んだりして、他の攻撃方法などを探った。
雷を使った攻撃は、直線に飛ばすだけでそれ以外はなさそうだった。それ以外はロデオのように暴れて角を振り回したり、足で踏みつけたり蹴り上げたりと体格を生かした攻撃が主だった。
倒したシカを回収し、タンクゾンビを増やし、どの程度雷を放つ攻撃をできるのかなどを確かめたかったのだが、五回から六回程度で、まだ余力を残したまま近接攻撃に移行してくるので限度までは確かめられなかった。
概ね攻撃方法と攻撃力は理解できた。
ウェイトリーであれば、放つ雷はおそらくほとんどダメージにならないだろうという結論になった。なにせステータス的に魔法防御力のステータスが最も高いのだ。タンクゾンビが五回受けても倒れないような属性攻撃が有効打になるわけがなかった。そしてデッドマスターには肉体系状態異常は効かない。痺れや麻痺といった副次効果も心配不要だろう。警戒するべきはやはりフィジカル部分と言える。
最後に防御力と被ダメージによるリアクションなど。
スカルピアサーを非急所部分に当て一時的に行動不能にし、パワースケルトンで攻撃させた場合、有効打であることが確認できた。といっても何も装備させられていない素手による攻撃なので、せいぜいが足を折れたとか、首を絞め落としたとかそういった程度である。
そこらにあるそれなりの大きさの石でも持たせてやれば頭部を殴って撲殺も可能だろうが、なかなかに角が邪魔で素早く狙うのは難しそうだと思い実際ににはやらなかった。素手でもそれなりの有効打が出せるのだから、それもおそらく可能だろうというのは価値のある情報だろう。
残念だったのがソーサラーレイスで、ソーサラーレイスが放つ魔法はどれも有効打にはならなかった。主に火と風と水の魔法を使うのだが、どれも効かなかった。
しいて有効だったのは閃光の魔法で、ようは目くらましはできたといった程度だ。
マリーがなにか妙だと言い、死体などを調べた結果、どうやら黒い体毛がある程度魔法を弾くらしい。
エルダリア基準で言えばソーサラーレイスの魔法は深度三程度であるのだが、おそらくは深度四程度は弾き、五以上でも多少は軽減するだろうとの見解だった。
エルダリアでは、大体の概念は十段階評価なので感覚的には中級程度の魔法を弾く力があると見ていい。
被ダメージ時のリアクションとしては、対象が近ければフィジカルを使った反撃が多く、離れている場合はその対象に対して突進することが多いようであった。頭に血が上りやすいのかもしれない。
群れとしては半数が行動不能になるようならば、興奮してる個体を残し一目散に逃げ去るケースが多い。
元々の性質なのか、統率個体の影響なのかはわからないが、なかなか血の気の多いシカのようだ。
検証を終え野営地に戻り、マリーの食事を堪能しながら戦闘評価をまとめて、ウェイトリーは呟いた。
「レベルで言えば三十から四十の狩場ってとこだな。性能的にも経験値的にも」
「エルダリア基準でいえば、初級上位くらいでしょうか。戦術的行動と数が多いので戦力的には上方修正といったところでしょうね」
「俺のレベルなら無双できて当然のレベル帯だな」
「できないみたいに聞こえるのですが」
「できないんだよなぁ。なんせ手持ちのカードがほぼ初級レベルだから」
「カード引きたいですねぇ。お金ありませんけど」
「こう……一体でばっさばっさと倒せるレジェンドカードがあればさぁ」
「リグレットさんあたりですか?」
「リグさんSRだけどいつだっていてほしい。しかし騎士団長殿にシカ狩り手伝わせるのはちょっと思うところあるけど」
「普通によろこんで手を貸してくれそうですけどね」
「まぁね」
「例えばどのような候補があるんですか?」
「餓者武者髑髏とかグラウカスとかとか? まぁ単独でケリがつきそうのなのはそのあたりかな」
「物理攻撃がやはりメインですか。いっそのことラヴァグラズあたりを呼べば手っ取り早そうですけどね」
「もりこわれる」
「それで、無双はできないとして、どう攻略するんですか?」
現実的ではない話から一転、具体的な話を方向転換。ウェイトリーはいつも通りの、真顔のようなぼーっとしたような顔で結論をいった。
「まぁヌシは狙撃かなとは思ってる。効かなかったら外からじわ削りしてコストが溜まり次第一気に近づいて凶手で仕留める」
「狙撃はともかくプランBはなかなか大変そうですね」
「エルダリアだったら無理だっただろうけど、こっちならおそらく行けると思うんだよね。スカピとトマホで」
「『浸透貫通』ですか。当たれば問題なく倒せそうですね」
「でも結局シカはある程度間引かないといけないことを考えれば、結局プランBじみたこともすることになるんだけどね。あそこにいるのが全部ではないから、あのヌシがいる群れは六、七割程度は倒しておきたいかな」
「そこまで間引けば流石に森が荒地になることもなさそうですね」
「他の動物や魔物も戻ってくるかもしれんし。どんなのがいたのかは知らんけどね。まぁそれなりに貴重そうな薬草類も守られるだろうから、気合い入れて間引かんとな」
「資材カードにしておけば、いずれ行くことになる冒険者ギルドみたいなところで当座の生活費にできるかもしれませんね」
「皮も角も有用そうだし、肉は普通にうまいからまぁ売れるだろ。売れてほしい」
「なんにしてもうまく片付ける必要がありますね」
「まぁこっちはいつでも身を隠せるのは確認済みだし、最悪はゲリラ戦じみたことをすればそのうち終わるだろ」
「森暮らしが長引くと文明を忘れそうです」
「人里に出ても現代日本並みの文明はないって聞いてるよ」
「それは非常に残念ですね。冗談はともかく、長期化するとお塩がそれほどありませんからおいしくないご飯を食べることになりますよ」
「そりゃ一大事だ。さっさと終わらせよう」
決戦を明日に控え、カードの複製と攻略の組み立てを考えながら、ウェイトリー達の一日は終わっていくのであった。
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