008 森の違和感

 そうと決まればと立ち上がり、目標地点へと静かに素早く移動する。

 ズボンの隠密効果の補正をオンにするのにフードをかぶることに設定しているため、フードをかぶり、ブーツの効果で獣道すらない森の道をすいすいと歩いてゆく。

 肩に差していたマチェットで必要最低限の藪を払い静かに素早く進む姿は、熟練のハンターか、或いは木こりといった風に見えなくもないが、移動こそ早くそれなりに慣れた動きであっても十分に熟達し洗練された動きとは言えないその姿はどこかちぐはぐさも感じる。


 それこそ、足がなく、ふわふわと透けた体がすいすいと進んでいるようにも見えるかもしれない。

 さらには隠密効果の重ね掛けにより存在感が薄れることによって、さながら幽霊といっても差し支えないものだった。


 そんな幽霊の歩みを続けること約十五分。

 ターゲットとなる群れがいる場所から百メートルと少しほど離れた場所に到着した。

 

 自身のスキルでの感知でも完全に位置を捉え、個体数をちゃんと確認すれば十二頭のシカがいることが確認できた。


 木の陰を伝うように動き、ほんのわずかな直線が通る場所を見つけ、その場所で攻撃の準備に入った。

 

「私は先に隠れて、周辺を警戒しておきます」

「頼んだ」


 短い相談を終えて、マリーがすぐ近くの木の傍で屈んだのを確認して、ウェイトリーはサイドデッキから『スカルトマホーク』を抜き出し、発動する。


――――――――――――――――――――――――――

[Is]スカルトマホーク UC


 必須条件:なし

 発動コスト:MP15

 リキャスト:60秒


 [頭部特効][部位破壊補正]


 黒骨で作られた投擲斧を召喚する物質魔術


 骨刃は重く硬い それ以外は必要なかった

 投げ放たれたそれは いとも容易く二つに別つ

――――――――――――――――――――――――――


 白っぽい骨の刃である『スカルピアサー』に対して、黒っぽい骨で作られた投擲用の小型斧の『スカルトマホーク』。

 効果は『頭部特効』『部位破壊補正』というもので、威力もスカルピアサーよりかなり高い。純粋に威力に特化した投擲スペルである。

 ただし、物自体の重さでスカルピアサーに比べて弾速が出ずらく、矢のように真っすぐ飛ぶスカルピアサーに対して、回転して飛んでいくため針の穴を通すような運用には向かない部分は、しっかりとした使い分けを要求される。

 またスカルピアサーと違い『防御貫通』がないため威力はあっても相手の防御力が高い場合や、防御値が高い部位に当たった場合は威力が大幅に下がるのが欠点だった。

 

 本来であれば今回のような使い方にはあまり向かないスペルではあるのだが、そこはウェイトリーにしてみればそこまでの問題ではなかった。

 

 集中し、目標を見据えて、大きく振りかぶって手斧を投擲する。

 さらに続けて、少し位置をずれるように動きながら、モーションセットしたスカルピアサーを発動すると同時に凄まじい速度で投げ放った。

 

 放たれた二本の骨の凶器が、ほんのわずかな差もない、一見して完全な同時としか思えないほどの時間で二体それぞれのシカの額に直撃する。

 

 ピアサーの方は糸が切れるように倒れたのに対し、トマホークの方は頭部が吹き飛ぶような衝撃を受けたかのように倒れ、どちらも二度と動くことはなかった。

 その光景に対して幸運にも凶刃から逃れた残りの十頭は、わずかな硬直のあと、泡を食ったように同じ方向へと逃げ去っていった。


 木の陰へと身を隠し、感知によって動向を確認していたウェイトリーは、上空で様子をうかがっているレイブンレイスへと安全を重視して追跡するように指示を出し、ピアサーとトマホークのリキャストが十分上がるのを待ってマリーへと声を掛けた。

 

「逃げて行ったみたいだな」

「こちらに向かってくるようなのはいないみたいですね」

「昨日と違って結構派手に血が出たから、今日はさっさと回収してしまおう」

「お肉は昨日の分で十分ですからね」


 言うや、そそくさと倒したシカに近寄って、すぐに端末でシカの死体を回収した。

 回収したポイントはどちらも六五〇であった。


「一頭六五〇で一三〇〇だな。昨日の分と合わせて三体分のコストは集まったな」

「思ったんですが、先にスカルピアサーを増やしてはどうでしょうか」

「あー確かにそうだな。投げられる本数が少ないのはなんとも心ものとないし」


 昨日の時点で確認自体はしていたがスカルピアサーの複製コストは三五〇であった。

 早速と、ウェイトリーはスカルピアサーを二枚複製して、サイドデッキにセットした。

 また先に一体分のコストを払いレイブンレイスも複製し、メインデッキにセットする。


 これで残ったDPは五四二。残りのレイブンレイスを二体増やすのに必要なコストは一一二〇。もう一頭はどうしても狩る必要があった。

 

 シカの追跡を行っているレイブンレイスの状況を確認してみると、どうやらまだ逃げているらしく、かなりの距離が開いてしまっているようで、追跡して狩るにはかなりの時間を要するかもしれない、とウェイトリーは内心でため息をついた。

 

「この後はどうしますか?」

「レイブンレイスについていくのは大変そうだな」

「結構な距離逃げてるんですか?」

「ついていくには翼を授けるドリンクがいるな」

「ショップに売っていれば買えるかもしれませんね。実際に翼が生えるかはわかりませんが」

「売ってもなければ金もない。そっちはあきらめかな。一応追跡は引き続きやってもらうけど」

「では別の場所を探しますか?」

「そうだなぁ……」


 どうしようかな、とあたりをぼんやり見ていたウェイトリーの目に、シカがモリモリと食べていた草や低木が目に入った。

 それらは、まぁ根こそぎと言わんばかりに食べられていて、パッと見ただけでも何かによって(この場合は当然シカ)むしられて禿げ上がっているのが目に付く。

 あれだけの数のシカがいれば当然こうなるのもわからないでもないが、ウェイトリーはこんな風になっている場所をほかに見ただろうか、と少し記憶をさかのぼってみた。

 だが、そんな風になっている場所を見た記憶はなかった。

 もちろんそれは昨日一日のことで、たまたまシカの生息域から離れていただけだったのかもしれない。

 しかし、野営地を張っている場所にはシカが水を飲みに来ていたし、あの近辺は薪拾いや野草薬草採取でそれなりに確認している。草木の種類もここと違いはなくおおよそ同じような種類である。


 何となく妙な違和感を感じ、マリーの問いに答えることもなく、その禿げ上がった草木をジッと見つめていた。


「主さま?」

「なんかおかしいような気がする」

「何がですか?」

「なんか違和感がある」

「違和感?」

「それを考えてる。マリーさんは昨日薪拾いとかしてるときに、あんな風に食われて禿げた場所って見かけたりした?」


 ウェイトリーは件の場所を指さし、マリーに問いかけれるも、マリーは首を振り否定する。


「なかったですね。食事の場所をある程度決めている習性なのでは?」

「だろうか? まぁそれはたまたまってことも十分にあり得るとは思うけど、何て言うかもっと根本的な違和感があるというか、それが何かはわからないんのはここが異世界だからなのか、それとも異世界であったとしてもおかしいのか、それすらわからん。マリーさんは何か違和感みたいなものって感じたりはしない?」

「はて、どうでしょう。この森にということですよね?」


 ウェイトリーは静かに頷いた。

 

「そうですねぇ。人の痕跡がない手つかずの森で、そのおかげで植生が非常に豊か。豊富な水源と修正点の影響か魔力的な環境もよく、効能の高い魔法的植物も多く見受けられる。こちらの相場がどうかはわかりませんが、エルダリアとそれほど変わりないのであれば、この森の恵みを収穫することで十分暮らしていけるでしょうね。もちろんあのシカを普通に対処できる実力があるのならという条件はあるでしょうが」

「異論はないな」

「一見して違和感はないように思います。朝も静かで穏やかに過ごせましたし」

「というと?」

「いえ、何のことはないんですが、朝、主さまが起きてくるまでにお茶を飲んでいて、とても静かな森だなぁとほのぼのしていたと、そのくらいですね」

「確かに静かな朝ではあったが……」


 そこで再びウェイトリーは考え込んだ。

 そこにこそ答えにつながるピースのようなものがあるような気がしたのだ。

 考えること一分と少し。

 ウェイトリーは「あぁ」と小さく声を上げた。

 

「ほかの動物がいない?」

 

 ウェイトリーはずっと引っかかっていた疑問を正しく言葉にし、疑問が氷解していくような気がした。


「動物?」

「マリーさん、昨日今日で、シカと魚以外になにか動物、小鳥でもリスでもいいけど、そういったものを見たり、鳴き声を聞いたことは?」

「意識してはいなかったので、鳴き声については自信がありませんが、静かだと感じているのはそれが原因なんでしょうか? でも姿を見ていないのは確かですね。言われてみればちょっとした小動物すら見てませんね」

「この森なんかおかしいな。普通、これだけ豊かな森ならそれなりに生き物がいるはずだけど、考えてみればシカと魚しか見てない」

「逆にいえばシカの数は多そうですよね」

「なんていうかあの大きさのシカが何頭もいるようなら、もっといろんなところが禿げててもおかしくない気がするんだよな。あの体重を支えるならそれなりに食う必要があるだろうし」

「じゃああのシカも実はさっきの群れがすべてとかだったりするんでしょうか」

「わからん。けどなんかそれも違う気がする」

「その心は?」

「昨日のシカが単独だったのがやっぱり気になる。今までこの辺りに脅威がなかったから単独でウロウロできてたのが、それが狩られたせいで、急遽集まったんじゃないかなんていう妄想をしてる」

「フレキシブルな習性ですけど、そんなことありますかね?」

「普通ならないような気がする」

「常識的に考えれば、そもそも元々単独でうろつく習性か、或いは群れで行動する習性かのどちらかのように思います。もちろん季節によって集まるとかはあるかもしれませんが。誰かがやられたからまとまって行動するようになるとは、随分と知的な集団ですね」

「やっぱりなんかあるような気がするなぁ」

「調べますか?」

「気になっちゃったからなぁ」

「それでこそ主さまです。流石の脱線具合です」

「まぁ森の出口を探すのと並行してやっていくよ」


 今後の方針に新たな目標を追加して、とりあえずは当初の目的にもう一頭ほど狩る必要があったため、複製したばかりのレイブンレイス二号を空に上げ、一番近場にいるシカを探ってもらうことにして、その場所から立ち去った。



 昼の四時前くらいに野営地を設置した場所に戻った。

 夕食には少し早いと、朝にも飲んだお茶を飲みつつ話は変わって、スキルの話。

 表示されていなかった異世界に関するスキル群がすでに表示されていた。

 内容は以下の通りである。


――――――――――――――――――――――――――

 異世界スキル

 異世界適応10 異世界言語理解5 資材カード化5 魔力視5 修復者の瞳10 

 クラス特性:死者への権限10 クラス特性:術理解明5

――――――――――――――――――――――――――


 このうちで、適応と資材カード、魔力視、眷属干渉はすでに実感を得ている。

 言語に関しては現地人や現地文明といまだ未接触なため確かめようがなかった。

 イマイチわからないのが修復者の瞳であった。

 

「マリーさんや。異世界系のスキルに『修復者の瞳』というのがあるんですけども、これについて何か知ってますか」

「それはカギを発動したことで得た能力ですよ。リソース関係のものが見えるスキルです」

「あれって発動しないと効果がないもんだと思ってた」

「今ならカギを発動していなくともある程度は状態を確認できるはずですよ」

「そうなのか」


 特別な新能力というわけではないらしい。

 無論、異世界に適応することをスキルとして表示しただけなので当然ではあるのだが。

 

 さて本題に戻り、成果の話。

 シカは追加で三頭狩ることができ、全て回収してDPへ。

 当座の小目的を達成し、一度すべてのレイブンレイスを戻し、さらにレイブンレイスを追加で三体を複製する。

 四体は東西南北に森の出口を探しに行ってもらい、残りの一体は森の調査に協力してもらうことにした。


 長い飛行になるかそれとも短い飛行になるかは森次第ではあるが、英気を養ってもらうためと、マリーがそれぞれにシカステーキを振る舞い、日が暮れる前にはそれぞれがそれぞれの方向へと飛び立っていった。

 疲労せず直進するだけならば十時間でおよそ五、六百キロ程度先まで行くことができるはずだ。今から明日の朝九時くらいまでならなら千キロ手前といったところか。

 千キロといえば関東圏から九州くらいまでの距離である。流石にそこまで森が広がっているとは思っていないが、人の痕跡や町、村があるような場所も探してもらうよう頼んだため、一晩で済むかはわからなくとも、丸一日はかからないだろうと考えていた。

 ただ森を抜けるだけならば、二、三時間以内にはどこからしらの方角から抜けたという報告があるだろう。


 森の調査を頼むレイブンレイスには野営地を中心に渦巻き状にマップを埋めてほしいとい頼んでおいた。

 これである程度のシカの分布などもわかってくるはずだ。

 

 すべてレイブンレイス頼みの偵察だが、全ての基準は大雑把な周辺探索が終わってからがウェイトリーのモットーである。

 果報は寝て待ての精神で、その日一日の探索を終えるのであった。

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