007 DPを求めて

「おはようマリーさん」

「おはようございます、主さま」


 小さな風に木立が揺れる音と川のせせらぎだけの静かでさわやかな朝。

 いい天気にやわらかい日差し、木漏れ日の光の眩しさに目を細め、テントから出てきて体を伸ばすウェイトリーに、朝食の準備をあらかた終え、昨日採取した薬草と少しのハーブ類で作ったお茶をのんびりと飲んでいたマリーが応えた。

 

「主さまはキャンプなどのアウトドア趣味があったんですか?」

「なんで?」

「それほど苦も無くテントで寝ていらっしゃいましたので、慣れているのかと」

「いや全くないね。そもそもVRゲー趣味の人類がアウトドア趣味なわけがない」

「それは主語が大きいと思いますけど」

「まぁでも簡単ではあっても寝台と薄手の毛布もあったし、寝心地が悪いってことはなかったかな。割と快適」

「それならよかったですね」

「というか多分『野営地』の効果がすごいのと『灰色賢者』一式の相乗効果だと思う。普通に考えたら寝心地いいわけないし。マリーさんは?」

「概ね同じような感想ですね。主さまのスキルの恩恵を同じく受けていますから。ただ……」


 どこか遠くを見るような表情をして、中空を眺めるマリーを見て、何か問題でもあったのかと心配したウェイトリーは、何か悪いことでもしただろうかと気になった。


「なんかあったの?」

「主さまのいた現実の理解を得るために、神野さんの勧めで『完全再現現代日本ワールドシミュレーター』というのに十年近くいたので、便利な生活に対する飢えを感じています」


 真面目な表情をして言うマリーに、一瞬何を言われたのか全く理解できなかったウェイトリーがぽかんとした表情をして、たっぷり十秒ほど時間をかけて再起動する。


「ツッコミどころがすごい。え、日本人生活してたの?」

「はい。中学ごろから大学卒業して少しあたりまで」

「すでに異世界暮らししてて草」

「エアコンとベッド、それから映画サブスクが恋しいですね」

「かぶれててさらに草」

「しかも私は今と同じ程度に魔法も使えましたからね。部屋の掃除とか洗濯なんかは現代機器にも負けませんでした」

「現代チート生活までしてるじゃん。もうそれは主人公じゃん。『異世界の魔女、現代日本生活を謳歌する件』じゃん」


 朝一番から衝撃の事実に目を覚ましつつ、顔を洗うべく川の方へと歩いていく。

 適当に身支度を整えた後に焚火のそばまで戻るとウェイトリーのカップにマリーが飲んでいたものと同じお茶が淹れられていた。

 朝食の準備に入ったマリーを見つつ、そのお茶に口をつければ、なかなかの青臭さを感じつつも、まぁ不味くはないし飲めるなぁという、という十点満点評価なら文句なしの五点のお茶にしみじみと目を細めた。

 

 昨晩の間にレイブンレイスへと頼んでいた仕事を確認するべく、端末を取り出しマップを開けば、川のずいぶん先までマップには表示されており、相も変わらず完璧な仕事に感心するウェイトリーであったが、五十キロ先すらまだ森の中を川が通っていることに、うーむと一唸り。

 アンデッドであり疲労とは無縁であるレイブンレイスに川周辺の密な偵察を頼んだが、森脱出の糸口はつかめないでいた。周辺の情報も幅を持って確認されているが、森の終端の気配を感じない。

 

「これはアプローチを変えるべきかねぇ」

「川伝いはダメそうですか?」

「五十キロは森の中だな」

「何とも言えませんね」

「道を加味して大体徒歩で十三、四時間といった距離だな。およそ丸一日と見ていい」

「多分主さまの足装備のおかげでかなり楽に歩けていることを考えると、歩くだけなら実際はそれよりも早いでしょうね」

「かねぇ。まぁ採取だの魔物の対処だのを入れるとおそらく同じ時間で四十キロ行けばいい方かな」

「ですね」

「これを何日か続けてとにかく川沿いに進んでみるか、ここで固めつつレイブンレイスに頑張ってもらうかだな」


 いつの間にか二人の近くへと戻っているレイブンレイスが翼を片方掲げてアピールする。まるでどんとこいとでも言っているかのようで頼もしい。


「一定方向にとにかく飛んで森の終端を探して、その周辺に人の痕跡があるかどうかまで探ってもらえればベストではあるかな。一晩中真っすぐ飛べば流石に抜けられるでしょ」

「ブラックデッドマスターですね」

「そういわれると肩を竦めるしかないんだけども、しかし労働面でいっても効率面でいってもワンオペは不味いな」

「東西南北の四方向には出したいですね」


 レイブンレイスのカードの複製に必要なDPは五六〇。

 昨日の頭胴長三メートルほどのシカの魔物から百三十キロほどの肉と角を除きすべてを回収した時のDPが五〇二。

 今あるポイントと合わせて、丸まる回収して六〇〇ポイントあれば二頭、昨日と同じように処理した場合でも三頭でコストを満たせるはずである。

 

「昨日のシカ換算でいえば二、三匹ってとこだな。肉を取らなければもっと少なくて済むかもしれんけど」

「なかなか大きいシカでしたが、近場にそうポコポコいますかね?」

「そらリスポーン狩りでしょ」

「するんですかね? リスポーン」


 冗談のつもりで言っウェイトリーに対し、比較的真面目に疑問を唱えるマリー。

 思っても見なかった真面目な返答に、言われてみればと考えを改め、実際はどうなのだろうかと考えてみること数秒。

 でた結論は当然わからないだった。

 

「考えてみればどっちとも言えないな。この世界のことを知らんすぎる。普通に繁殖して増える可能性もあるし、それが常識的で普通のような気もするけど、魔物的な生物は魔力やら神野Pが言うところのリソースやらを原料にポップしてる可能性もあるし、その両方と言われても納得するしかない」

「現状では答えを知りようもないですし、それを確かめるよりも大きさ問わず四匹見つける方が早そうですね。それでも足りなければ追加で狩るしかないわけですし」

「今すぐ森の終端を探してもらうよりも、まずは魔物っぽいのを探してもらった方がよさそうだな」

「それを討伐してレイブンレイスの数を増やして森を出口を探してもらう方針ですかね」

「それでいこう。しばらくは基本的にここをキャンプ地にして魔物狩りだな」

「了解しました。では朝ごはんにしましょう」


 今後の方針を話し合い、昨日の残りのスープとかなり美味しかったとはいえ朝からは少々重いシカステーキで腹ごしらえ。

 一晩の偵察飛行をこなしたレイブンレイスにもシカステーキを用意したマリーに、ウェイトリーは幽霊でも食事できるのだろうか? と素朴な疑問を浮かべたのだが、当人であるレイブンレイスは普通にシカステーキを平らげるので、あぁそういうもんなんだと一人納得していたところ。

 

「幽霊でも食事できるんですね……」


 というマリーの呟きに、訝し気な顔をするウェイトリーであった。



「レイブンレイス、予定通り頼む」


 食事や方針の相談等を終わらせ、シカの魔物の捜索にレイブンレイスを送り出す。

 条件としては近場であったり、まとまった数がいることであったりである。

 その間ウェイトリーはやることがなく手持無沙汰だったので、近場で薪を拾ったり、薬草類や食用可能な野草類を拾ったり、拾ってきたそれらを資材カードにしたりして時間を潰していた。


 そんなこんなで約一時間ほど。

 レイブンレイスからの発見の報が届いた。

 距離は徒歩で十五分ほどで悪くはない位置である。

 マリーに一言つげ、発見した場所を確認すると、それなりに驚く光景が広がっていた。

 といっても、何のことはない。

 昨日倒したシカと同じような大きさのシカが十頭近く群れて、そのあたりの草や低木をモリモリと食べているというだけの話だった。

 数が多すぎるのである。


 体格には多少の差はあるようでやや大きいものもいればやや小さいものも見える。

 また、横に大きく広がる角がなく、中央の捻じれた槍のような二本の角だけのシカもいくらかおり、もしかするとそれが雌の個体なのかもしれない。

 そうなってくると、やはり一定規格でのリポップよりは通常の繁殖で増えている方がそれらしいのか、などと考えてウェイトリーは微妙に現実逃避をしていた。


 それ以外の場所の候補もあるようではあるがやや遠く、片道一時間以上の距離がほとんどのようだった。またシカ以外の魔物らしきものは発見できていない。

 

「いや限度がある」

「どうしました?」


 マリーに聞かれ、見たままの光景を伝えれば、マリーもまた困惑したような顔をした。

 

「数としては不足はありませんけど、いかがしますか?」

「まぁ、狩ろうかとは思うけど……」

「何か気になることが?」

「あるといえばあるんだけど、気のせいのような気もする」

「それって聞いてもいいですか?」

「んー、なんで昨日のシカは一匹でウロウロしてたのかなって。群れなら群れである程度動いて水場に集まりそうな気がするんだけど、と思っただけ」


 今回発見したように十頭ほども集まる習性があるのであれば、昨日の水を飲んでいたシカも複数いてしかるべきなのではないか。そうでなくとも、複数のシカが同じ水場を利用する方が自然ではないか。

 であるならばこの近辺にその痕跡があってしかるべきなのではないかという疑問をウェイトリーは感じていた。

 当然、そんなものはなかった。

 これはレイブンレイスが探索をしているときに周辺を回って採取をしながら確認していたため間違いなかった。


「別の群れやはぐれの可能性があるのでは?」

「別の群れでも同じくな気がするけど、はぐれならわからんね。そもそもはぐれとかできるような習性なのかっても気になる部分ではあるけども」

「魔物特有であったり独自の生態の可能性も考えられますが」

「そうだなぁ。まぁ気にしてもわからんことはわからんのだけどね」

「どちらにしても、必要な数の確保には十分でしょうが、戦闘する上でのリスクなどはどうでしょう?」

「暗殺したから戦闘力はわからんね。昨日と同じようなことをして、仲間が倒れたのを見て逃げるのか、立ち止まってどうにかするか、或いはどうにかしてこっちに向かってくるかによっても違うけども、そもそも複数体を同時にってのは難しい」

「そうですか? 主さまであれば同時に五頭くらいならどうとでもなりそうですが」


 ウェイトリーのエルダリアでの実力を十分に理解しているマリーは不思議そうにそう口にするが、対するウェイトリーは肩を竦めてやれやれといった風に手を広げた。


「スカルピアサーの数も足りないんだよなぁ。五頭やるなら最低でも五本は欲しい」

「あぁそういえばそうでしたね」

「スカルトマホークも使ったとしても二頭で、そこまで使っちゃうと攻撃系のスペルが怪しいから自衛がね。まぁ百メートル先から狙撃して隠密系全開にしてれば向かってくるってことはないとは思うけど」

「スカルピアサーのリキャストは」

「直撃して消えてから八秒弱だな。トマホは十八秒くらい」

「何らかの方法で感知されて残りが一気に向かってきたらかなり危険ですね」

「もしそうなったら、タンクゾンビが受けきれるかとかパワスケが有効火力になるかが肝になるな」


 シカの体格から見ても強靭であるのは間違いなく、生半可な防御やブロックでは容易くなぎ倒され、そのまま突撃を受けるのは想像に難くなかった。

 また、角を流れる電流も脅威である。

 どのように運用してくるかは未知数ではあっても雷属性の攻撃をばらまいてくる程度のことは当然あるとして、鋭く早い矢のように飛ばしてきたり、周辺一帯に波動を放つかの如く電撃を放ってくるくらいのことは想定しておくべきだろうと考えていた。

 少なくとも魔法系の攻撃を主とするレイス関係は属性攻撃に対しては脆弱であるため、あのシカに対して魔法攻撃が有効かどうかはともかく、召喚しても有効打にはならないだろうとも思っていた。

 

「まぁやってみないとわかるもんもわからんってことで、スカピとトマホを同時着弾で投げてそのあとは隠密で様子見する方向で二頭は確実に取ろう」

「わかりました」

「じゃあいこう」

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