006 シカの解体と端末機能

 倒したシカに近寄ってきて一考。


「どうするべきだと思う?」

「食べる部分と価値がありそうな部分を残して、回収するのがよろしいかと」

「そうだよな。そうするべきだよなぁ」


 腰に差した解体用のナイフを右手に、黒いシカの腹のあたりにブスリと突き刺した。


「……。」

「……。」


 ナイフを刺したまま待つことたっぷり三十秒。

 特に変化なし。


「……。」

「……あの、何してるんですか?」

「いや、改めて現実感をかみしめてる。……なんというか現実でこんな大きい動物を殺したことないから微妙に思うことがあってね。あと、生を尊び死を重んじるデッドマスターとして、なんの躊躇もなく動物殺してもよかったのかという葛藤を感じている」

「魔物とはいえ命に変わりはありませんからね。突き刺したまま微動だにしないのは疑問ですが」

「ゲームならこれで解体スキルが発動して勝手にバラされるからさ」

「改めてゲームじゃないことの実感が湧いたと?」


 ゆっくりと頷くウェイトリー。


「割り切るのに時間かかりそうですか?」

「いや、そこはもう割り切ったつもり」

「であれば、そろそろ解体したほうがよろしいかと。肉が傷みますよ」

「解体スキル持ってるけどリアル解体とかしたことないんだけども。あとついでに言うと、解体の補助系スキルが大幅ナーフされてるんですよ自分」

「無能」

「ひどくない?」

「何となくで何とかなりませんか?」

「うーん、形の良さとかきれいさは期待しないでくれよ?」


 なんとかするべく、解体するにはどうするべきかを思い描いてみる。

 そうすると、ぼんやりとまずは川に沈めつつ血抜きをして、そこから肉のとりわけ方くらいは何となく手順が解るような気がする。


「肉を食べるために切り出すことは何とかなりそうだけど、皮を綺麗にはいだりするのはちょっと知識が足りないっぽい」

「そこはまぁ仕方ないかと」

「あと角は魔法の触媒だとか薬の材料だとかに使えそうなだな。これは鑑定とかが働いてそう。ただどれもこれもなんとなくとかではっきりしないのはこの世界の知識が圧倒的に足りてないからだな。めちゃくちゃ気持ち悪い」

「ちなみに私も同じようなことを感じてます」

「とりあえず血抜きしてみよう」


 川の水を飲んでいたところを仕留めたため、ほぼ川に顔を突っ込んでいる状態で崩れ落ちているシカをズルズルと引きずって川の中に引きずって、首にナイフをザクリと通すと、どばどばと血が溢れてくる。

 流れて行く大量の血を見つつ、血の気が引いたりはしなかったのだが、頭胴長三メートルのシカってたぶん六百キロとか七百キロとかあるよなとか、根性入れて引っ張ればどうにかなる重さじゃないよなとか、頑張ってひっぱたら引きずれちゃったよねと、こんなところにも『ウェイトリー』になったんだなという実感を感じていた。

 思考の水没から浮上して、それをそのまま川に流しつつ、頭から角を外すべく、左肩のマチェットを抜いて根元を慎重に叩く。叩く叩く。

 叩くのだが……。


「クッソ硬いが」

「主さま、時間がかかりそうですし、今日はもうここに野営地を張りましょう」

「その方がいいかもね」


 なかなか折れそうにない角から一度離れて、フィールドセット『野営地』を発動する。

 ゲームではスキル『野営』のレベルに比例して休息する場合の回復力のアップとログアウトエリアの生成だったが、改めて効果を確認すれば、回復効果は同じで、『野営』スキルのレベルに応じた結界効果となっていた。

 どうも害意のある魔物や野生動物なんかを寄せ付けない効果があるようだ。

 

 範囲は半径五メートルから二十五メートル四方まで。ある程度の資材やオブジェクトを組み込んでおくことも可能。野営地の展開と連動して同時に展開することができる。テントや調理場などをそのまま出し入れできるというわけだ。

 なお、カードを強化することで展開範囲や、組み込むオブジェクトなどの上限を上げることなども出来る。


 テントや調理道具類の設置をマリーに任せて、ウェイトリーは解体に集中する。

 格闘の末、なんとか角をへし折り、血抜きもほどなくして完了する。

 これから肉の解体をというところで、いかんせんシカの身体が大きく重く、ステータスの恩恵で動かすことこそできるが、それでも大変そうだと感じる。


「主さま、薪を拾ってくるのでスケルトンかゾンビを貸してください」

「ならスケルトンを呼ぼう。俺もパワスケに手伝ってもらおう」


 そういうや、デッキから二枚のカードを取り出し、前方へと投げる。


 現れたのは平均的な成人男性くらいの肉も臓器も何もない骨だけの人型であるスケルトンと、骨格などは同じでも太く頑丈な骨に二メートル半ほどの大きさの大型のスケルトン。

 その名もずばり『スケルトン』と『パワースケルトン』である。


「あぁそういえば、調理器具にお塩ありましたよ」

「そりゃありがたい」

「魚を塩焼きにして拾った野草と一緒にスープにしましょう。メインはお肉で。あとはパン代わりに固形食ですかね」

「それなりの食事に聞こえる」

「まぁ現状できる最大限ですね」

「料理できるのは頼もしい」

「たっぷり感謝してくださいね。とはいっても食材確保は主さまのおかげなのでお相子なのですが。では薪を集めてくるので、お肉よろしくお願いします」

「あいあい」


 パワースケルトンに足を持ってもらい川から引き揚げ、腹から割いて、気持ち内臓は傷つけないようにしつつ、ザクザクグチャグチャとナイフを入れていく。

 本来なら川の中でそのままバラしてしまった方がもろもろを考えていいのだろうが、現状カンのいい解体初心者でしかないウェイトリーにはそれは難しかった。


 格闘すること二時間ほど、いびつではあるがそこには山盛りの肉が詰みあがっていた。


「主さま、猟奇殺人犯みたいになってますよ」


 薪拾いから戻ったマリーが、肉の山の隣で血まみれでナイフを握り佇むウェイトリーに向かって言う。


「今俺は申し訳なさでいっぱいだ。せめてスキルが万全ならもう少しうまくバラせただろうに。すまぬマッチョシカ」

「当分お肉には困らなさそうですねその量。どれくらいあるんです?」

「多分百三、四十キロくらい」

「仮に二人で三食二キロづつ食べても十日分はありますね」

「朝からシカステーキ二キロ無理じゃない? というかその前に腐りそう。ゲームならアイテム化してインベントリに格納されれば時間経過しないんだけど、ショップ購入したアイテムしか格納できないみたいだし」

「それなら資材カードにする機能が追加されてるはずですよ。資材カードにするメニューを開いて端末のカメラで撮影したものをカードにする機能です。それが便宜上のアイテムインベントリ機能です。その前に血落とした方がいいですね。ちょっと動かないでください」

「ん?」


 そういうマリーが人差し指をウェイトリーへと向け、一度指をくるりと回せば、たちまちに血塗れだったウェイトリーが綺麗になっていった。


「え? なんで魔法使えんの?」

「魔女なんですけど私」

「そりゃ知ってるけど、できないはずでは?」


 勿論本人が言うとおりにマリーは魔女であるため、当然魔法は使える。むしろ設定上はかなり、いや凄まじく使える方である。

 『EWO』における墓守術師マリーの効果は『スペルリキャスト短縮』と『MP回復速度上昇』である。攻撃は基本的にできない。しかし攻撃を指示した場合は、素手で殴りかかるしかできず、事実として攻撃力にはならなかった。

 であるはずであったが、そのマリーが平然と魔法を使ったことにウェイトリーは驚いていた。


「もしかして、異世界に来たからその制限なくなったとか?」

「であればよかったんですけどね。実は生活魔法しか使えないんですよねこれが」


 そう言いつつ人差し指を立ててその先にライターほどの火を灯し、その火をフッと一息で吹き消した。


「危うく俺の存在意義が消え失せるところだった」

「馬鹿な事言わないでください。たとえ私が本来の力を使えたとしても、貴方が私の主さまであることには変わりありませんよ」

「そりゃどうも。んで資材カード化か。やってみよう」


 コートのポケットにしまっていた端末を取り出し、メニュー欄を見て、該当する機能をタップすると、いかにもなカメラモードになった。

 早速資材化しようと撮影しようとするのを、一時的にマリーが止め、料理に使う分だけ肉を回収した。それを確認した後、改めてシャッターを切れば、積み上げられた肉の山は光になって消え、代わりに一枚のカードが残された。

 拾い上げてみれば、『シカの肉132キロ』という名前と撮影した写真をイラスト化したような絵柄の描かれたカードであった。


「なるほどね。悪くはないな。ただこれエルダリアの資材カードと一緒だとすれば、発動したら全部出てくるんだな……。小分けにしてカード化したほうがいいかもね」

「そうですね。一応カードリストで再カード化設定などをしておけば、改めてカメラを向けたりする必要はなくなりますのでいろいろ試してみてください」

「というか、ゲームになかった機能とかぼちぼちあるからちょっと一回隅々までチェックしてヘルプとかも読み込んだ方がいいかもしれんね」

「それがよろしいかと思います」


 ウェイトリーは端末をぼんやりと眺めつつ、やっておくべきことを頭にとどめた。

 そこから視線を戻し、シカの死体へと目を向けた。


「それじゃこの申し訳ないほど無残な死体になってしまったシカを回収するか」

「そうですね」


 端末の『死体回収』の機能を発動し、端末を死体の方へと向ければ、今度は死体が黒い光の粒へと還元され、端末に吸収される。すべて綺麗に吸収され、シカの死体があった場所には血の跡も残ってはいなかった。

 端末には『502DP』と表示されていた。

 ちなみにレイブンレイスの複製コストは五六〇である。


「では私は夕食の準備に入るので、しばらくゆっくりしててください」

「あぁ。流石に血塗れになるのは精神的に疲れたよ」


 適当な場所にべたりと座り込み、時間を確認すれば午後五時を回ったところだ。元居た世界では四月の終わりごろだったので、こちらの季節も同じような季節なら完全な日没にはまだ時間があるだろうがそろそろ日も暮れ始める時間だろう。

 植生を見る限りではそれほど季節がずれているとも思えないのでおそらくそう季節の差はないだろう。


 ぼんやりと今日一日のことを思い出しつつ、バックパックを整理し、採取した薬草などを資材カード化したりしつつ、余った時間をヘルプを読んだりなどに費やしていたところ気になる項目を発見した。


『異世界行きに伴い、プレイヤーを現実の肉体として最適化するため、各種ステータスの現実化やクラスレベルに応じた特殊な能力の獲得(魔力視や眷属干渉など)、プレイヤーレベル上限の撤廃、カードや装備の能力調整などが行われております。詳細は各項目にてご確認いただくか、当該事象などでご確認ください。』


 ここに書かれている内容はほとんど今日確かめたといってもいい。

 キノコが蓄えた魔力が見えたり、レイブンレイスからの意志疎通がログなしで確認できたり、野営地の効果が一部変更されていたりした件などである。

 ただし、一つだけ確認していないことがあった。


「プレイヤーレベル上限の撤廃?」


 ウェイトリーのステータスはいわゆるカンスト状態であった。『次のレベルアップまでに必要な経験値』という項目の数値が消えて久しい。

 もし上限が撤廃されているなら必要経験値が出ているのではと思い、ステータス画面を開いてみた。

 そこで確認して見れば、ウェイトリーのレベルは百一になっていた。


「上がってるし」


――――――――――――――――――――――――――

 PLv:100→101


 HP:3900→3936   STR:225→226   MAG:780→786

 MP:5400→5454   VIT:250→251   AGI:520→522

 SP:1000→1009   INT:675→681   DEX:320→322


 知識系

 薬草学3→6(10) 解体術3→5(10) 解剖学2→4(10) 魔生物学2→3(10)

――――――――――――――――――――――――――


 ログを確認してみると、シカを倒したときに経験値を七二〇獲得して上がっていたようだ。


「好きなだけレベル上げられるならもう戦闘力最弱返上も夢じゃないんじゃないかこれ」


 そして気になる次のレベルまでに必要な経験値は。

 

『次のレベルアップまでに必要な経験値:7,999,999,281』


 約八十億である。シカ換算で約千百万匹である。


「九十九から百に上がる時五億だったのにいきなり十六倍とかアホか……」


 ガックリとうなだれるが、そもそもおいそれとレベルが上がらないだけで何かデメリットがあったわけではないのなと思い直した。他にも知識系が思いのほか早くレベルが戻りそうなのは救いであった。

 

 異世界一日目の日が暮れていく中で、まぁ悪くはないしぼちぼちやっていくかなぁ、とぼんやりと思い浮かべていた。

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