005 シカ狩り
ウェイトリーはマリーを伴い、左手でマチェットを抜いて、歩行を妨げる枝や草なんかを払いつつ湖へと歩き出した。
道中に異世界の植生を観察してみれば、エルダリアの植生と比べて何もかも違うというわけではないということが解ってくる。しかし、変わらないのは、特に毒性や薬効などが無いものに限られた。
要するに毒にも薬にもならない雑草の類はそれほど違いがないが、薬効毒性が見受けられるような植物には見知らぬものも多くあった。
そのうちで、見覚えがなく名前などはわからずとも、傷に効くような草や魔力を多く含み毒性のないキノコ、精神を落ち着け様々な酔いを緩和する効用のある木の根などを適当に拾っていた。
この辺りはこの世界特有の知識がなくとも植物採取と薬草学スキルの恩恵を得ることができていた。他にも強い効能や効果がありそうな植物も見つけてはいたのだが、どうにも採取方法が切ったり引っこ抜いたりでは不味そうだったり、朝や夜などの特定の時間ではないと効能が薄いだったりというスキル的直観に従って、そういったものには手を出さずにいた。
ほかにも樹木なども気になるものはいくらかあったが、ウェイトリーのいたリアルやゲームのエルダリアにも存在したようなものがほとんどで概ね見知っているように見受けられた。
ただしどれもこれも知っているものと比べて樹皮が少々黒っぽい気がするので、同じに見えて違うという可能性もあるかもしれない。
その影響なのか、はたまた別の要因か、この近辺には鳥や小動物といった生物は見られなかった。虫は指先よりも小さいサイズ程度のもは相応にいるのだが、セミやカブトムシくらいのサイズであったりチョウやクモサイズといったものは見つからなかった。
「かなり植生の豊かな森なのは感心なんだけども、俺普通に魔力の多く含んだキノコとか分別できるようになってるの驚くよね」
「ウェイトリー化の弊害ですね」
「害って言わないでよ」
「私としてはもう少し、おいしく食べれらるようなものを探してほしいところなんですけど」
「気持ちはわからなくもないけど、それは難しいんだよな」
「どうしてです? わからないというわけではないですよね?」
不思議そうに尋ねるマリーに、ウェイトリーは肩をすくめて答えを返す。
「食えるかどうかはわかるよ? 味もまぁ多少は判別はつくけども」
「じゃあ何が問題なんですか?」
「俺はリアルでもゲームでも料理スキルを持ってないし野草をおいしく料理する知識もない」
「無能」
「ひどい」
「そして私は普通に料理ができるので有能ですね。野草の調理もお手の物ですよ」
「貧乏暮らしの賜物だね」
「自分が望んでその立場にあったのでその通りなのですが、改めて人に言われると腹が立ちますね」
「まぁ料理ができるとして、次の問題は簡易調理器具に塩すらあるかわからない。ゲームでの初期状態ではなかったけど」
「とんだ甲斐性なしですね」
「ワンチャン塩はあるかもしれないけどね。まぁ『野営地』に組み込むまで我慢してくれ。そのままでもおいしく食べれそうな木の実なんかは探してはいるんだけどな」
道草を食いつつ、駄弁りつつ、歩くこと一時間弱。
ようやく目的の湖の前までやってきた。周辺の探索を終えたレイブンレイスが二人がやってくるあたりの木の上で休んでいた。湖近辺のマップはきれいに埋まっており、ウェイトリーが頼んでいた仕事はきっちり終わっていた。
「お疲れさん」
声をかけるウェイトリーにレイブンレイスは片羽を広げて答えた。
「いい景色だけども、ほどほどに見物したら川下ろうか」
「そうですね。下りながら魚でも捕まえてくださいよ主さま」
「無茶苦茶言うなぁー。釣り具もなにもないってのに」
「木で銛を作るなり、なんなら石でも投げればいいんじゃないですかね? これだけ水がきれいなら見えるんじゃないですか?」
「まぁ手ごろなのがいたらね」
やれやれというように肩をすくめながら、直径四、五センチほどの角の取れた丸い石をいくつか拾い、湖で泥を落としてからコートのポケットに入れた。
「お夕飯は期待してますよ」
「はいはい、いたらね。レイブンレイス、川沿いの少し先を飛んでくれ。今度は周辺を警戒するように頼む。可能なら魔物かシカやイノシシみたいなのを探してくれ」
「お肉も悪くないですが、調味料なしお肉はなかなか難しいですね」
「お腹空いてる?」
レイブンレイスは指示通りに空へと舞い上がり、それに続くように二人は歩き出した。
湖から川を下り始めてから三時間ほど。
鬱蒼とした森はいまだ終わりが見えず、それは空の視点でもの同じであった。
目標から言えば進展はあまりないが、ここまであったことといえば、ウェイトリーが水面近くを泳いでいた魚に石を投げつけて川からはじき出すというのを都度繰り返し、五匹ほどの収穫があった程度であった。
何でもないような雰囲気で音もなく流れるように投げられた石ころが、鋭く水面に突き刺さり、川魚を岸に飛ばす様を見て、できるだろうとわかっていたマリーすらも苦笑いであった。
魚は丈夫な大きな葉を使って包み、バックパックへとしまったのだが、ウェイトリーは生臭くならないだろうかとちょっと微妙そうな顔をしていた。
端末で確認する時刻は午後二時半ごろを差していた。
うららかな日差しにのんびりとしたハイキング気分の二人に元に、レイブンレイスから前方に動物発見の報が届く。
「何かいたみたいだ」
「木にそばに寄りましょうか」
「警戒頼む」
「心得ました」
川岸から離れ木のそばで少し屈み、レイブンレイスとの視界共有を試みる。
見えてきたのは、雄々しい立派な角を持つ、黒いシカであった。
頭胴長は三メートルほどで、濃い植生に支えられているためか大きく太い体は、ともすれば牛のように見える。しかし、肥え太っているのではなく引き締まり筋肉質な肩回りや足回りを見れば、その強靭さは優に感じ取ることができる。
これだけであれば魔物といえないように思うが、雄々しく立派な角が、このシカがただの動物ではないことを物語っている。
雄大さを誇示するような太く左右対称に無数の枝のように伸びた角と、その内側に二本、捻じれているが槍のように真っすぐ伸びる角が伸びている。
さらにその四本の角の隙間には、時折パチパチと青白い光が弾け飛んでおり、それこそがこのシカがただの動物ではないことを示していた。
もしもあの強靭そうな脚力をもってして、捻じれた槍のような角で突き刺されようものならば、その刺突力はもちろん、たちまちに帯電する雷により身体を焼かれるであろうことは想像に難くない。
或いは、稲妻を矢のように放ってきたり、雷を周囲にばらまいたりといったことができるかもしれない。
どう考えても普通の動物ではない、危険な魔物であることだけは間違いなかった。
「シカ」
「シカですか?」
「マッチョなシカ」
「ノット魔物シカですか?」
「雷属性っぽいシカ」
「どう考えても魔物シカですね。いかがなさいますか?」
「当たろう」
「わかりました」
「隠密系で百メートルまで近づいて木立の間から狙撃する。聞いた話を試すために眉間を狙ってみる」
シカがいるのは対岸の水辺。どうやら水分補給のようで川から直接水を飲んでいた。
悟られないように隠密効果を補正するフードをかぶり隠密系スキルを発動し、森の木々を静かに縫うように移動し、感知で正確な位置を捉えつつ、体感距離百メートルの真正面へと移動した。
マリーとは別の木に背を預けるように体を隠し、対象との直線がほんのわずかに抜ける位置へと調整する。
深く吸い、長く吐く。深呼吸一つ、集中する。
この異世界にきて初めての魔物狩り。
ここにきて墓守術師マリーに続くウェイトリーの代名詞ともいえるカードが発動する。
右手の人差し指と中指を素早く開いて握る動作。サイドデッキの特性であるプレイヤーが指定した特定のモーションによるカードの発動。
右手には刃渡り十センチほどの骨でできた投擲用のナイフが握られていた。
――――――――――――――――――――――――――
[Is]スカルピアサー C
必須条件:なし
発動コスト:MP10
リキャスト:30秒
[確定スタン(三秒)][確定麻痺(三秒)][頭部特効][防御貫通]
白骨で作られた投げナイフを召喚する物質魔術
骨刃は必ず貫き 魂を縫い留める
ひとたび貫かれたならば 無事を祈るほか無し
――――――――――――――――――――――――――
『スカルピアサー』というインスタントスペル。
数秒の行動不能をもたらすスタンと短時間麻痺を与える骨のナイフ。
スペルでありながら、プレイヤーが投げて使い、また相応の命中精度を要求されるカードであるため、強化込みの性能は高いにも関わらず、使い手がそれほどいないカードである。
効果は『短時間スタン』『短時間麻痺』『頭部特効』、そして『防御貫通』であった。
これだけ見れば強力に見えるし、実際強力ではあるのだが、ゲームでは頭に当たっても二〇〇ダメージほどであった。HPステータスが平均的なウェイトリーでもHP三九〇〇で、ほかのキャラクターユニットの耐久力も考えればダメージ自体は決して高くはない。
むしろスタンと麻痺の二重効果で三秒行動不能にさせるのがメイン効果とさえ言われていた。ちなみに、ゲームでは連続で拘束はできないが一分ほどでまた効くようになる仕様であった。
コモンのスペルの性能で見れば非常に強いし、投げて当てられれば十分使えるけど、当てるのがなによりも難しいため、無理に使うほどではないという評価のカードであった。
ただしウェイトリーが表沙汰になってない仕様を見つけるまでは、であったが。
それは今回は置いておくとして、これが現実になってくると話が変わってくる。
『防御貫通』は対象の防御力を無効化し直接ダメージを与える効果であるのだが、それはつまりどこにでも刺さるということでもある。
もしこれが生物的急所に刺さるとどうなるのか。
ゲーム内のウェイトリーであれば十九回ほど頭に当たってサボテンのようになっても死にはしないが、果たして現実ではどうなるのか。
それを確かめないでいるわけにはいかなかった。
木立の隙間から、シカとの一直線。
距離にしておよそ百メートル。
頭、それの眉間を狙うという宣言。
普通なら到底当てられないような状況だが。
ウェイトリーからすれば、むしろ近いくらいだった。
しっかりと体制を整え、右手を顔の後ろに構えてからのオーバースロー。
装備の効果も合わさり、弾丸かと思うような速度で放たれたスカルピアサーは音もなく、木や葉にかすることもせず、一直線にシカの、宣言通り眉間へと突き刺さる。
結果としてもたらされたのは、ドサリ、という音と共に崩れ落ちるシカの姿であった。
その後、三秒待ち、一分待ってもシカが起き上がることは二度となかった。
「お見事です」
「威力に驚かされるばかりだ。これはホントに気を付けないとね」
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