004 墓守術師マリー
「これでいいかな?」
『はい。お疲れさまでした。次で最後なので端末を見てください。アップデート通知が来てるはずです』
端末を確認する。
システムバージョンは『v1.1.0』となっていた。
メッセージ欄の運営通知に一件の新着を確認し、それを開く。
内容は以下の通り。
『中規模修正点の修復により、機能を開放・追加します。
解放・追加される機能は以下の通り。
解放・ランダムカードパック購入
各種スターターパック購入
追加・リンカーコールパック購入
ランダムカードパックはエルダリアウィズオンラインにおいてデッドマスタークラスで使用可能だったすべてのカードをランダムに入手できるパックです。
1パック6枚、R以上1枚確定。
排出率はC+UC:62% R:25% SR:10% LR:3%
またエルダリアウィズオンラインには存在しなかったカードも一部存在します。
各種スターターパックは探索用や生産用の初動に役に立つカードのセットです。
内容はパックごとにご確認ください。
リンカーコールパックはエルダリアウィズオンラインでの使用率が高かったカードや、エルダリアの世界でつながりが深かったカード、或いはその時々の状況に強く求められるカードなどを抽出して排出します。
1パック1枚
ランダム排出ではないため排出率は表記されません。
機能開放特典としてリンカーコールチケットを一枚配布させていただきます。
EWSD管理運営者より』
「なるほど」
『ではリンカーコールチケットを使用してチュートリアルが終了です』
「使用率とつながり、ねぇ?」
『ちなみにリンカーコールではダブりはないそうですよ』
「それならリセマラしなくてよさそうだ」
端末を操作し、リンカーコールチケットを使用する。
スターターパックとは違い、端末の上部にそのまま光るカードが召喚され、真っ白なままのカードが浮いていた。
そのカード手に取ってみれば、次第に色付き、そのカードが明らかになった。
――――――――――――――――――――――――――
R Cu 墓守術師マリー
――――――――――――――――――――――――――
想像していた通りのカードが来たことに安堵し、同じく苦笑する。
もう長い付き合いになるし、最もお世話になっているカードでもあった。
キャラクターユニットの発動は召喚したい場所にカードを投げることでも召喚できるのだが、あえて手に持ったまま発動する。
本来なら自身の正面への召喚になるのだが……。
「私マリーさん、今、貴方の後ろのいるの」
本来なら自身の正面に召喚されるはずなのだがそこには誰も居らず、声が背後から聞こえてくる。
何度も聞いたセリフであった。ちなみにこの召喚方法で背後に出るのはマリーさんだけである。特別演出である。すごい。
「やぁマリーさん」
「はい、主さま。ごきげんよう」
「あるじさま?」
「と呼ぼうと考えていましたので」
「あぁそうなんだ」
「嫌でしたか?」
「まぁウェイトリーでいいけど」
「わかりました。では、主さまとお呼びしますね」
「きいて?」
満面の笑みでそう宣言するマリー。
よれてくたびれた黒い魔女帽子に、同色のこれまたくたびれたローブ。
髪は明るめの栗色で瞳の色は金。身長はおよそ一六〇から一六五センチほどで、スタイルはくたびれたローブのせいで少々わかりずらいがよく、特に胸の主張はローブの上からでもわかるほど。やわらかい印象の整った顔立ちの美女。
とある都市の集合墓地で墓守をしている魔女のマリー。
デッドマスターでは珍しい生きている人間のキャラクターである。
本来であれば自身が召喚した場合だとどうあがいても顔が見えない設定になっていて、たとえ帽子の下の顔を覗き込んでも真っ暗ななのだが、こちらの世界では普通に顔を見ることができた。
ちなみに、マリーがメインになるデッドマスターのイベントが二つあり、その一つの最後で素顔を見ることができるというのがあったりもする。
「それで? 墓守からチュートリアル担当に転職したの?」
「まぁ墓守として勤めていた墓場には戻れなくなりましたからねぇ」
「災難だったね」
「いえいえ。それがそうでもないんですよ。またこうして主さまとともに冒険できることを嬉しく思っています」
「お世辞でもうれしいよ」
「ええ。なので泣いて喜んでくださいね」
「わーいちょーうれしー」
真顔で答えるウェイトリーにニコニコとした笑顔でマリーは応答する。
墓守術師マリーは戦闘能力が高いキャラクターではなく、支援を主にするキャラクターで、召喚してある程度近い距離にいれば、スペル系のカードのリキャスト時間が短縮される効果と、MPの回復力が高まる効果がある。
本来であればスペル系カードの短縮効果は、それなりに効果が低いのだが、専用のイベントがあるキャラクターなら、それをクリアすることで効果を高めたり、さらなる効果を得ることができた。
マリーのイベントは二つあるため、その二つをクリアすることで短縮効果の強化と、MP回復力が上がる効果を得ていた。
なお、本来であれば自身の正面に召喚されるところを背後に現れ、それに伴うセリフを言うようになるのは二つ目のイベントをクリアした場合のみである。
こういうサポートタイプのキャラクターをエリア攻略時に同行者として連れているプレイヤーは比較的多く存在した。
ウェイトリーもその一人であり、ほかにも同行者として連れているキャラクターは何体かいたが、中でもマリーはほとんど共にいたキャラクターなのである。
なのだが。
ゲームではマリーの素顔はイベントの時でしか見ることができず、声はともかく顔の見えないよれた魔女ローブの不気味な女を連れ歩くことになるので、効果はよくてもそれほど連れ歩く人は多くはなかった。
特に素顔を見ることのできるイベントはウェイトリーしかクリアしてなかったこともあり、そもそもほかのプレイヤーにはMP効果の方は知られていなかったのもあって、連れ歩くほどの効果ではないという評価を受けていた。
ちなみに、デッドマスターが微妙に人気がないことに拍車をかけたのは、連れ歩くのに適したかわいい女の子キャラが少ないことであったのは言うまでもない。
「さて。主さまはこれからどうなさいますか?」
「どうしましょうかね。とりあえず森から出て人がいそうなところに行くのがいいとは思うんだけども」
「その前に、各種スターターパックには目を通しておいた方がよいかと思われます。特にサバイバルパックはおすすめです。野宿辛いので」
言われたことを確認するように端末を取り出して、カードショップの項目を開く。
スターターパックセットのページには、採取関係や生産関係の初動に使えるようなカードがカテゴリごとにひとまとめになったものがあった。
森の採取伐採パックや山の採取採掘パックであったり、簡易木工パックや初級錬金術パック、生活魔法パック等々である。
その中にマリーの言う、サバイバルパックというのもあった。
内容は以下の通り。
――――――――――――――――――――――――――
スターターサバイバルパック
値段:9000CP
UC Pe 解体ナイフ
UC Pe マチェット
UC etc簡易調理器具
R etcテント+寝具
SR Pe 拡張バックパック
SR Fs 野営地
――――――――――――――――――――――――――
「あー、なるほど。結構内容いいな」
「値段も相応にしますけど、損はしないと思います」
「しかし一万
「ちなみにショップで買える『ブロック携行食と水』一人一日分が50CPですね」
「十日分か。飢えはしなさそうだけど飽きそう」
「今は私の分は考えなくても大丈夫ですので、主さまだけで二十日分です」
「そうなの?」
「私の場合は最悪一度召喚を解除していただければ食べ物は必要ありませんので、余裕がないうちはお気になさらずに。もちろんいずれはしっかり稼いでいただいておいしいものを食べたいですが」
「それは俺も同感。まぁ森を進むなら鉈は欲しいし、何より『野営地』は押さえておきたいから、これは買うか」
言うや、購入ボタンを押してパックを開封する。
続けて、全てカード化して手元にだした後、『解体ナイフ』『マチェット』『拡張バックパック』を順番に発動、実体化していく。
解体ナイフを右手で抜きやすいように柄を右にして腰のベルトに、マチェットを左手で抜きやすいように左肩へ。こちらは場合によっては右手でも抜く可能性もあるため柄を上に縦方向で左肩のベルトに吊るす。
肩掛けの皮のバックパックは右肩に掛けるように装備する。この拡張バックパックは、カバンの口に入りさえすれば、六十キロまで好きなだけものを入れることができる。
六十キロまで入るが大きさは変わらず、重さも限界まで詰め込んでも数キロ程度の重さにしかならない優れものである。
アイテムはシステムウインドウを開いて出すよりもこういったポーチやバッグなどの装備から取り出す方が手早く済むので、こういった収納装備は大抵一つは身につけているのがセオリーだった。
「それじゃあまぁ本格的に森からの脱出を考えますか」
「そうですね。一応注意点として、ゲームではなくなったので、リアル寄りに効果が変更されていたり、攻撃数値は抜きにして現実にもたらされる威力が変わっているということもあるのでそのあたりは気を付けてください」
「『野営地』って時間経過での回復とログアウトエリア作る効果だったしね。そりゃ効果変わってるよね。攻撃数値を抜きにしてってのは?」
「有り体に言えば、HPが残っているからといって頭や心臓などの急所に致命傷を受けて生物は生きていられるのかという感じですね」
「あーゲームだとダメージ補正はあっても、HPさえ残ってれば死にはしないしね」
「そのあたりは主さまにも適応されるので気を付けてください。まぁ服や靴なんかの防御値が、露出している頭や指先なんかにもある程度適応されてるので、そのあたりはイカサマみたいなものですが」
「まぁ物理防御は結構紙だから気を付けないとね」
「どちらかといえば、主さまの攻撃面での大幅な強化といえるかもしれません。『スカルピアサー』をあてる位置には注意した方がよろしいかと」
「ゲームだと頑張っても単発二〇〇ダメくらいだったけど、この世界だと頭に直撃させたら即死狙えちゃったりするのか」
「可能性はあります。というかある程度対象が強くなければそうなると思います」
その性能だったらゲームでも戦闘最弱は返上出来ただろうに、と思っては見たもののほかのクラスも同じくハードコア化するのでむしろ最弱の溝が深まるだけなのではとも思い、ままならないなぁとぼやく。
肩をすくめつつ、ウェイトリーは一枚のカードを抜き、それを持つ右手を顔ほどの高さに上げ、てのひらを軽く握るようにしながら一体のキャラクターを呼ぶ。
「レイブンレイス」
言葉に従うように、軽く握られた手の人差し指のあたりにとまるように、不自然にぼやけたような半透明の一匹のカラスが現れた。
探索に強いデッドマスターの中でも屋外での周辺探索と索敵に高い特性を持つキャラクターユニット、レイブンレイス。
ぼやけた体は存在感が薄く、空を飛んでいれば飛んでいることに気づくのは難しい。また幽霊、レイスであるため匂いのようなものはなく、飛ぶことに羽音も鳴らすことはない。
さらに、レイブンレイスは『視界共有』というスキルを持ち、召喚者が直接空からの視界を確認することができる。
本来であれば空から自分の目で確認するだけの探索ユニットなのだが、デッドマスターのクラススキルで、探索系のスキルを共有できるため、探索系のカテゴリにある一部のスキルや複合・発展系のオールレンジスキャンなどをレイブンレイスから発動することができる。
これにより視界共有のみのレイブンレイスが、あたかも高性能偵察機として機能するのである。
ただし、レイブンレイスは攻撃力がほぼゼロであり、最低レベルの魔法攻撃で簡単に落ちるほど耐久力が低く、最低位の結界ですらほとんど超えられないので、クラススキルがなければ相応の性能といえた。
「適当にマップを埋めるように飛んで、森が終わってるところか、川や池なんかの水場を探してくれ。あとどこまで行けるかわからないけども十キロよりは離れないように頼む」
レイブンレイスにそう告げて、右手を空に放つように挙げると同時に、レイブンレイスは飛び立っていく。
「さて。あと三体ほど呼びたいけども、カード複製はどうなってんのかな?」
「できますが、システムが変わってます。CPや新しく追加された
「DPってのは?」
「生き物の死体を端末機能で回収することで、DPになります。どれだけ得られるかは、回収対象の強さと、どれだけの部分を回収するかで増減します」
「なんたらの骨だのうんたらの肉だの、個別に素材集めをしなくてよくなって良しとすべきか、死体をモリモリ端末に食わせるのを嘆くべきか判断に困るな」
「まぁ死霊術師ですしね」
「たしかに。というか、いまゼロポイントだから増やせないってことね。これって自分で出したキャラクターユニットでもよかったりするのかな? スケルトン出して吸収してとか」
「当然この世界のもの限定ですね」
「ですよね。要するに、現地の実際の素材使うことで世界リソースを節約するってことなんかな」
「そういうことなんでしょうね」
ふむ、と一言呟いて、端末のカード欄を確認していけば、複製を行う項目にて必要なDPをざっと確認していく。
大雑把にレア度に応じて数百ポイントから数万ポイントまであった。現状の手持ちで一番高かったのは一枚あれば十分だが『野営地』の五万ポイントだった。野営地の複製に大量の死体が必要とはこれ如何に。
マリーや『冥府からの凶手』などの項目が複製不可になっており、これはゲームの頃から複製できなかった。個別イベントがあるようなカードであったり、特殊な条件でしか入手できないカードなどは複製・複数入手ができない仕様になっていた。いわゆるユニークカードというやつで、プレイヤーごとに一枚しか所持できず、受け渡し等ができない仕様だった。
「魔物的なのを狩って複製素材集めか」
「回収したときに、その素材の価値によって多少のCPも得られるようになっているはずです。ただ、CPの方はこの世界の現金を回収することで稼ぐことができます。なので冒険者ギルドのような組織か或いは魔物の素材を買い取りしてもらえる場所で現金に換えた方がCPは稼げるはずです。そもそも、こちらの世界での生活費もある程度は必要でしょうし」
「神野Pが『冒険者として食っていける』って言ってたから、冒険者ギルド的な組織を探して冒険者になる。ある程度稼いで住む場所や食事を確保するのが当面の目標だな」
「そのためには、この森を抜けて人里を探さないとですね」
そうして、今後の方針などをまとめていると、端末が振動し、レイブンレイスの意志がウェイトリーへと伝わる。
「ん、レイブンレイスが水場を発見したみたいだ。ちょっと見てみる」
「幸先がいいですね」
目を瞑り、レイブンレイスの『視界共有』を使う。
水場の規模は、池ではなく大きな湖だった。水が流れ出て幾本かの川となっており、この湖に注いでいる川はないように見えた。湧き水の湖のようで、水の透明度は高く、浅瀬では底がしっかりと確認できた。
湖の中央に向かって深くなっており、透明度の高い水であるにもかかわらず水底が見えないことから、かなりの水深があるように見える。
水面に太陽が反射し、きらきらと輝く美しい光景は、日本であれば、さぞいい観光地になったであろうなとウェイトリーに思わせた。
「湖だな。川が流れて行ってるから、沿って歩けば森から出やすいかも。確約はできんけど」
「森を抜けても続いているようなら川沿い付近に集落もあるかもしれませんね」
確認を終え、目を開いたウェイトリーは少々複雑な顔をする。
「いや、ログで表示されるとかじゃなく何となく意識が伝わったってなに」
「ログも出てると思いますよ」
言われたとおりに、端末には『キャラクターユニットが目的の場所を発見しました』と表示されている。
「ログも、って。テレパシー的なのは聞いてなかった」
「ゲームは別としてエルダリア世界でも使い魔からの意志の伝達はあったので、ゲームでなくなったからこそ、それが可能になったんじゃないですかね。むしろ便利になってると思いますよ」
「まぁそうなんだろうけども……。これってこっちから指示出したりもできるんだろうか」
むむむ、と唸るようにその周辺を偵察してくれという意識を指示するようにイメージすると、レイブンレイスから了解の意が返ってくる。
「あー便利かも。慣れるために練習はしたいけど」
「いくらか変わっている部分があるので、適度に慣れておいた方がいいでしょうね」
「なるほどね」
マップを確認すれば、その湖までは直線距離で約二キロほどの距離にあった。
レイブンレイスによって湖の周辺のマップがどんどん埋まっていた。
「じゃあとりあえず湖に向かおう」
「わかりました」
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