003 チュートリアルのある人生

 濃密な深緑の匂いと土の感触。

 瞼を差す光にゆっくりと目を開く。

 明るさに目が慣れてくれば、そこが森の中だと理解した。

 光の扉へと歩いて行ったはずだが、いざやってきてみれば、大人が数人いても手が回らないほどの太い木にもたれるように座っていた。

 周囲も鬱蒼とした森といって差し支えない程度に草木が生い茂っているのだが、どういうわけか、正面一帯、およそテニスコート一面から二面程度の広さの空間だけが、木も草の一本も生えておらず、硬い地面をむき出しにしていた。

 そよぐ風が草木を揺らす音だけが聞こえ、それ以外の音は自分が発するもの以外は存在しない。静寂がその一帯をより印象的に見せていた。


「なにここ。すげー、イベントかボス戦がありそう」


 ゲーム脳である。

 

 さて。

 いざ異世界にやってきたものの、投げ出された感に途方に暮れてしまう。

 しばし間、都会住みでは見ることのないその景色をぼーっと見つめた後、神野が言っていたことを思い出し、ポケットにしまっていた端末を取り出した。

 サイドボタンを押し、画面を点灯させると、『初回起動処理中...』の文字の下にバーが表示され、数分で一杯になった。

 そして『Eldaria Wizard system device v1.0.0』と表示された後、ゲームと似たような見知ったメニュー画面が表示される。

 マップでも開こうかと思い、項目へと指を伸ばそうとしたその時、『チュートリアルを開始しますか? はい/いいえ』というポップアップが表示されたため、ちょうどいいと『はい』を押すことにした。


「異世界転移にチュートリアルがあるとはなー。人生にも欲しい」

『これから始まる新しい人生にはチュートリアルが付属しているので我慢してください』

「まさか小ボケにまで反応するとは予想外」

『これから長い付き合いになりますからね』


 ふいに端末から再生された音声とやり取りしつつも、ウェイトリーは、なんか聞き覚えある声だなぁ、などと思いつつ、チュートリアルを進めることにした。


「それで? チュートリアルってのは具体的に何をすれば?」

『まずは通知欄に届いているスターターデッキパックを開封して最初のカードを入手してください』

「はいはい」


 言われたとおりに操作して、スターターパックとやらの開封に取り掛かる。

 画面の中ではシンプルなデザインのカードパックが表示され、演出の光がキラキラと瞬いている。

 カードパック開封は『EWO』の時にもバージョンごとやクラスごとにいろいろのデザインのパックがあったが、今表示されている何の飾り気もないシンプルなパックは見たことがなかった。


「スターターとはいえ、パックを開ける瞬間はワクワクするなー。対戦とか攻略とかがメインとはいえ、これもカードゲームの醍醐味だよなぁ」


 ワクワクドキドキといった様子で、カードパックをタップすると、ふたが開く演出のようなものが発生した後、裏向きになったカードが表になる演出を挟みながら、カードが一枚ずつ表示されていく。


――――――――――――――――――――――――――

 デッドマスタークラスカード

 C Is スカルピアサー

 UC Is スカルトマホーク

 R Is スカルクラスター

 C Cu スケルトン

 UC Cu パワースケルトン

 C Cu ゾンビ

 UC Cu タンクゾンビ

 UC Cu レイス

 R Cu ソーサラーレイス

――――――――――――――――――――――――――


「おー、おー、ほぼ初期カードばっかだけど、最低限押さえたい所が出てくれるのはいいねぇ」


――――――――――――――――――――――――――

 UC Cu ボーンドッグ

 UC Cu スネークゾンビ

 UC Cu レイブンレイス

 R As 死者回帰リターンデッド

 SR As 冥府からの凶手

――――――――――――――――――――――――――


「おぉ、マジか。凶手はめっちゃ助かる。クエスト取得なのにパックから出ちゃっていいのか」

『クエスト取得や探索取得のカードもほとんどパックから出るようになってますよ』

「あーまぁそりゃそうか」

『クエストエリアに行けませんからね。ここからフリークラスですね』


――――――――――――――――――――――――――

 フリークラスカード

 SR Is スペルクラッシュ

 C Pe 鉄のダガー

 UC As ライフヒール

 R As マジックリカバリーエリア

 C Ou 大岩

――――――――――――――――――――――――――


「あぁー、スペクラ助かるー、ないと困るー」


 そして最後のカードとなった時、キンッ! という甲高い音が鳴り、裏向きのカードのふちに微かに電流のようなものが流れる演出が表示される。


「すげぇ。スターターパックなのにレジェンドもでるの?」

『引いてみてください』


 レジェンドレア限定の演出が出たことにより驚きの声を上げる。言われたとおりに裏向きのままのカードをタップすると。


――――――――――――――――――――――――――

 LR etc浄化の銀鍵

――――――――――――――――――――――――――


「なにこれ。このカード知らん」

『これは世界の修復点に使う専用のカードですね』

「あぁそういうこと。そりゃスターターに入ってるわな」

『追加される効果までは聞いてませんが、システムバージョンが上がれば鍵の機能が追加されることもあるようですよ』

「アプデはいんの? この端末」

『システムバージョンの更新、つまりアップデートはこの世界から利用できるリソースに余裕ができるたびに行われるらしいですよ』

「えっと、つまり……」

『修復点を修正すればするほどアップデートが入るということですね』


 ウェイトリーは一通り今聞いたことに考えを巡らせつつも、どうしたものかなと少しばかり違うことを考えていた。


「なるほど。ところで、チュートリアルの人」

『なんでしょう?』

「スターターにいてほしい人がいなかったんでリセマラしたいんですが、どうやったらできますかね?」

『人生はリセマラできないんですよ』

「マジかよクソゲーだな人生」

『続きをやりますよ』


 端末から発せられる音声に、はいはい、と適当に流されつつ、チュートリアルを進めていく。

 続く操作は、端末を用いることを除けばゲームの『EWO』の操作と大きな違いはなく、普段から慣れ親しんだ操作でもあるため、難なく進めていく。

 ステータス確認、所持カードの確認、デッキの構築、装備の変更と確認、ゲーム依存アイテムの購入と確認と装備、マップ、システムログ、等々々。

 以下ステータスとスキル。


――――――――――――――――――――――――――

 ステータス


 PN:ウェイトリー / 男

 PLv:100

 mainclass:デッドマスター CLv:10

 sabclass:マジシャンズカレッジ CLv:5(Lv:10)

 成長補正:「デッドマスター型:中」「マジシャンズカレッジ型:極」


 HP:3900   STR:225   RES:780

 MP:5400   VIT:250   AGI:520

 SP:1000   INT:675   DEX:320



 保有スキル


 探索系

 鑑定10 調査10 感知10 気配察知10 隠密10 追跡10 遠見10 製図10 

 罠解除10 鍵開け8 植物採取10 伐採9 鉱物採取10 発掘10 解体10 

 神秘採取8 野営9 環境同化10


 知識系

 鑑識10 薬草学3(10) 解体術3(10) 解剖学2(10) 医学2 

 鉱物学5(10) 魔生物学2(10) 地質学1(8) 考古学1(10) 

 人類学1(7) 天文学3(6) 宮廷儀礼3(7) 術式魔法学(EW)3 

 魔道力学(EW)2 精霊学1 冥府の戒律10


 生産系

 土木工事9 建築2 錬金術9 薬草栽培2 罠製作2 木工2 金属加工1 細工1


 補助系

 投擲10 剣術2 体術7 気配遮断10 行動予測10 水泳6


 複合・発展系

 (オールレンジスキャン) (弱点看破) (弱点特効) (天地一心)

 

 異世界系

 <<情報表示まで23:52:23>>



 クラススキル


 デッドマスター

 1 :物理ダメージ軽減・小

 2 :Cuの防御力小上昇

 3 :完全暗視

 4 :Is Asの攻撃力小上昇

 5 :Cuの攻撃力小上昇

 6 :窒息完全無効

 7 :Pe Fsで与えるダメージ小上昇

 8 :Cuの攻撃力・防御力上昇

 9 :精神・体内系状態異常完全無効

 10:アクティブスキル:霊体化 +

   召喚したCuに探索系スキルとプレイヤー効果を付与(適応可能なもののみ)


 マジシャンズカレッジ

 1 :魔法ダメージ軽減・小

 2 :Cuの防御力小上昇

 3 :MP消費25%減

 4 :Is Asの攻撃力小上昇

 5 :Cuの攻撃力小上昇

――――――――――――――――――――――――――


「見知らぬ項目が増えてるんですけど。異世界系とはなんぞや」

『わかりやすく言えばこちらの世界に来たことで改めて得た能力のまとめですね。一番わかりやすいのでいえば、言語関係のスキルなどがあるはずです』

「言葉は通じるのか。外国に来た日本人ムーブの用意は必要ないってことだな」

『日本にやってきた外国人ムーブも不要ですね。まだ実感はないでしょうが他にもこの世界に来たことで得た能力がいくらかあるので、そのあたりは明日の同じ時間まで待ってください。とはいえそのあたりを歩き回ればある程度実感するとは思いますが』

「なんにしても自ずとわかるなら、とりあえずおいておくか。んー、ん? 知識系の結構なスキルにかっこ書きが追加されてるけどこれって?」

『この知識系のスキルはゲームにおける知識なので、こっちの世界に適したものではないからですね。元のレベルがかっこ書きの方で、現在のレベルはスキルの後ろの表記されている方です』

「俺の調べに調べぬいた知識スキルが……。というか複合系全滅じゃん……」


 地面に両手をつき、がっくりとうなだれるウェイトリーに端末音声は続ける。


『ただし、こちらの世界で多少調べればすぐにレベルが元の戻る仕様になってるはずなので、どこかで薬草辞典やら鉱物辞典やらを流し読みすればおおよそ戻ると思いますし、知識もすっと覚えられるはずです。もちろん実物を見るのも有効です。複合・発展系は取得条件のスキルレベルまで戻せば使えるようになりますよ』

「まずは図書館だな……」

『私が言うのもおかしな話かもしれませんが、異世界に来てまず図書館というのもどうでしょうか。まずは生活基盤を整えた方がよろしいかと思いますが』

「それはそう」


 補足だが、サブクラスのクラスレベルも同じような表記になっているが、これはもとからである。サブクラスは最大レベル五までしか効果を得られないのである。ただしレベル自体は上げることができるからこのような表記になっている。

 以下装備。


――――――――――――――――――――――――――

 [頭+胴]灰色賢者のフィールドコート LR

 あらゆる不利なフィールド効果や環境による影響(熱や冷気含む)を無効化する


 [手・腕]投擲増幅の指ぬきグローブ SR

 投げたものや投げて使用する武器やアイテムの威力と速度を大幅に高める


 [下半身]灰色賢者のズボン LR

 移動と採取時に静音化 また隠密系スキルの効果を高める オンオフ切り替え可


 [足・靴]亡霊の足無しブーツ LR

 膝下以下の不利な地形効果と地形ダメージと落下ダメージを無効化する


 [インナー]魔力強化インナー SR

 プレイヤーステータスMPを大幅に上昇する


 [アクセ1]灰色賢者のベルト LR

 アイテム装備数と装備可能重量を増加し重量ペナルティを大幅に軽減する


 [アクセ2]死霊の連鎖 LR

 デッドマスタークラスすべてのカードのリキャスト時間を25%減


 [アクセ3]ノーウェイトスペルブレスレット LR

 IsとAsのリキャスト時間を30%減 さらにAsの詠唱時間を50%減


 [デッキポーチ]灰色賢者のダブルケース(メイン+サイド) LR

 R以下のIsとAsの利用可能リキャストを30%減

 メインデッキシンクドロー サイドデッキモーションドロー&プレイ


 (シリーズ効果「灰色賢者」を四部位装備)

 あらゆるトラップや設置されたスペルなどから受けるダメージや効果を無効

 また探索・知識系の行動とスキルに極大補正

――――――――――――――――――――――――――


 そろそろお判りいただけただろう。ウェイトリーのスキルや装備は異常なほど探索関係や採取関係に偏っているということを。

 誰が言ったか「どこでも快適灰色賢者」である。

 基本的にプレイヤーのステータスが上昇したり、カードの効果が高まるものが好まれる装備のなかでこの選択肢である。

 無論マップ探索やイベントでの斥候がメインの時はかなり重宝されるし、そういった役割では無類の強さを誇り、初見攻略には必ずいてほしいといわれるほどの装備である。

 だが正直戦闘向けではない。相手によっては効果的に使えなくはないがもっと戦闘向けの装備はいくらでもある。

 しかしウェイトリーはこれで普通に総合ランキング戦などに出てくるものだから、とても驚かれていた。しかも強いからなおさら困惑されていた。一部ではナメプなのではなどといわれてもいたが、これはほかならぬ対戦者達、つまり競い合っている他のランカー達が否定した。

 「絡め手がほとんど効かないせいで、戦略の幅が狭められて厄介極まりない」と。


 余談だが、『灰色賢者』とはゲームの世界であるエルダリアにいたとされる死霊術師の考古学者のことで、この装備はその人物の遺品という設定の装備であった。


 スキルに戦闘関係のスキルが少なく思われるかもしれないがこれは全てのプレイヤーがそうだった。

 というのも、直接攻撃するスキルやステータスの補助バフ、戦闘で効果を発揮するスキルなどはカードにあり、それをデッキに入れることによって使えるようになる、というシステムになっていた。

 スターターには含まれていないが、バトルスキル(Bs)バトルパッシブ(Bp)というカテゴリーのカードになる。

 ただこのカテゴリーのカードは物理系のスキルであって、デッドマスターやマジシャンズカレッジなどの魔法系の攻撃を主とするクラスの攻撃手段は、インスタントスペル(Is)やアドバンスドスペル(As)などが主流なので、そもそも種類が少ないのだ。


 とはいえである。

 それにしてもウェイトリーのスキルは偏りが酷い。

 中でも知識系スキルのレベル上げはゲーム内で実際に勉強するようなもので苦行の類といわれていた。

 汗と涙の結晶である馬鹿みたいにレベルを上げた知識系スキル、中でも学術系スキルである。

 それが壊滅状態なので凹むのも理解できるというものである。


 確認を終えたウェイトリーは手早くデッキを編集する。といっても引いたカードを全部突っ込むだけなので悩んだり手間がかかったりということはなかった。

 唯一どうしたものかと思ったのは、件の『浄化の銀鍵』であった。

 他のカードはメインデッキとサイドデッキに入れて、銀鍵はカード化して手に持ってみる。


「これはデッキに入れておいた方がいい感じ?」

『どうとでも。修復点の安全を確保したのであればその都度端末からカード化してもいいと思いますし、そもそもそのカードはシステム的になくすということができないカードなので普段あまり使わない胸ポケットとかにしまっておいてもいいと思いますし』

「雑」

『まぁそのあたりどうするかは追々考えてもらうとして、早速ですがそのカードを使用してください』

「ここで?」

『目の前にいかにも何かありそうな場所があるじゃないですか。使っていただければわかると思います』

「なるほど。じゃあ『発動』」


 言われたとおりにカードを使用する。使用方法はさまざまあるが一番シンプルに発動と唱えた。

 するとカードが光を伴って消え、代わりに十五、六センチほどの長さの銀色のカギが現れた。

 カギの先の部分は上に一本、下に二本のツメがある形で、反対の頭の方は中のくりぬかれたひし形になっていた。


 一通りそのカギを見てみるがこれをどうすれば? と思い視線を開けた空間に向けてみれば、そこには青や緑の光の粒子が漏れ出ている穴があった。

 そこを見つめながら端末音声に問いかける。


「あれが修正点?」

『そうです。あの穴にそのカギでブスリとやってガチャっと回してください』


 空き地の中心辺り、光が漏れ出る穴に向かう。

 穴の大きさはバスケットボールほどだろうか。

 この漏れ出ているのが世界を巡るべき力の源のようなものなのだろう。

 魔力とかマナとかエーテルとかそういうのかなぁ、とぼんやりと考えては見るものの、残念ながらこれがこの世界では何と呼ぶ力なのかはまだウェイトリーは知りもしない。

 だが知っていようが知らまいがやることは変わりない。

 これを修正しなければ世界がヤバイ。

 理由はそれだけで十分だった。


 穴の大きさに対してカギが小さいのは多少気にはなったが、一思いにカギを穴へと突き刺した。

 まるで見えない鍵穴にしっかりとカギを入れたような感覚があり、それを感じてカギを回す。

 すると、穴の中からやわらかい光が輝き、漏れ出ていた青と緑の粒子が次第に収まっていった。

 しばらくすれば穴などなかったかのように見えなくなった。

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