002 死にましたね
「死にましたね」
「いや死にましたね、じゃないよ」
前に見た光景と同じ、薄暗いスタジオにウェイトリーと神野Pは腰かけていた。
呆れたような顔をして苦言を呈す神野に対し、ウェイトリーはいつも通りの真顔、或いはぼーっとしたような普段通りの顔だった。
「三日目までは普通に何とかなったんですけどね」
まるでイベント終わりの反省会のようなテンションで話しているが、この男はすでに死んでいる。
だが特に気にする様子もなく神野は会話を続ける。
「真面目な話、その三回もなんで生きてるのか不思議な回避力だったけどね」
「一日目が駅のホームから落とされた奴ですよね。んで次が建設現場からの資材落下ですよね?」
「ホームの時妙に受け身からの回避が速かったけど、なんかスポーツとか格闘技とかしてたのかい?」
「ゲームでも役に立つんで本格的な格闘技とかは難しくても、受け身だけは頑張って覚えました」
「VRゲームあるあるだねぇ。それで建設現場のあれは? 鉄パイプが大量に降ってきたわけだけども」
「あれ避けられなかったらベルボア墳墓の大怨霊倒せないですよ」
「そもそもあれは避ける設定じゃないんだよなぁ。あれをタンクプレイヤーなし且つソロで倒すのは君くらいだよ。あと現実でそれができるのは素直にすごい」
「三日目のあれは……、運よくですかね?」
「空調機器の故障で部屋にガスが充満する可能性があったヤツね。あれはなんで気づいたの?」
「いや運よくっすよ。でも密室のガストラップでパーティ半壊したことがあったのが幸いだったかもしれません」
「その可能性を現実でも考慮するのがびっくりだよ」
ある意味で超人的な回避力を発揮したともいえた。
それがゲーム内であれば、結構スーパープレイをやってのけるプレイヤーであることを理解していた神野も、現実の世界でも変わらず動けることにしきりに感心していた。
だが、それでも。
彼は死んでいた。
「まぁ、あれは無理っすわ」
「見てたけどね。立派ではあったよ」
状況から言うのならば、事故に巻き込まれた形になる。
土砂降りの雨のせいで起こったバスのスリップ事故だった。
ただ状況的に見れば、ウェイトリーは自分で轢かれに行ったようですらあった。
「立派ではあったけども、自分の命を懸けるほどだったのかい? あの子を助けることは」
なんのことはない。
巻き込まれそうになった女子高生を助けるために身代わりになった。ただそれだけっだ。
「いやどうなんすかね。自分含めて完全に助けられれば一番よかったんですけどね」
「まぁそりゃそうだね」
そうできていればと語るウェイトリーは、動き出しがどうのとか、押し出す体勢がどうのとか、もうちょっとリアルでも鍛えていればとか。
反省点になりそうなことをいろいろと挙げた後、少しバツの悪そうな、困ったような表情を浮かべた。
「でも命まで賭けちゃったのはアレっすね。……制服が妹と同じ学校だったんで、たぶんそのせいだと思います」
「そうか」
ウェイトリーが自重するように、或いは困ったようにそう言うと、神野は目を閉じて、一言そうつぶやいた。
それが妹かどうかはわからなかった。いや確率で行けば低いだろうというのは理解していた。
しかし、妹と同じ年頃で同じ高校の女の子であるというのだけは間違いがなく。
そして、それこそがウェイトリーを死出の道へと進ませた。
しかして目を開けた神野が口を開く。
「しかし、薄れゆく意識のさなかに、助けた女子高生にサムズアップするのはだいぶどうかしてると思うけど」
「親指立てて沈んでいくシーンは涙なしでは見れないかなって」
「轢かれたときに一緒に頭もイカれたのかな?」
「いやでもあの子に責任感とか感じさせないようにって思った最後のあがきだったんすよ」
「どうあがいてもトラウマものだよ」
肩をすくめるウェイトリーに、呆れたように言葉を返す神野。
神野は内心思っていた。
もしかして彼はまだ自分が死んだと理解できてないのではないか、と。
当然である。
人間だれしも自分が死んだなどと理解できるわけはない。いやそもそも普通はそんなことを思う時間すら在りはしないし、もしあるとするならばその人は、形はともあれ生きているはずだ。
しっかりと言葉を持ってして彼に理解させる必要があるだろうか、と思案する神野に対して、ウェイトリーが話しかける。
「それで、死んだ俺はこれからどうすればいいんすかね? 天国か地獄かの裁判とか受ける感じです?」
「あーいや、この世界はそういうのやってないよ」
「ある世界もあるんすか?」
「あるよ」
「へー」
神野は正直驚いていた。
ちゃんと自分が死んだと理解していたんだな、と。
だが同時にそれならなぜそんなに平然としているのだこの男はとも思っていた。
しかしどちらにしても、その話をしないわけにはいかない。
そもそも神野は、できれば生き残ってほしかったが、ダメだった時のプランをすでに用意していた。
「まずはこれを君に渡す」
「これは……、スマホ? なんで今時?」
「エアディスプレイタイプに落とし込むのはちょっと大変でね」
スマートフォンはウェイトリーも持っていたことがあった。だたそれは小学生から中学生初期頃のことであったし、今現在は持っていない。
最近であればペンタイプやカードタイプと形状様々だが共通して、空中に操作画面が投影される形の通信端末が主流となりつつあった。
そんな一世代前の通信端末を渡されたウェイトリーとしては困惑しかなかった。
「これを使って家族に最後の連絡をするとか?」
「いやそういうのじゃないよ。あとそういうのはあんまりできないんだ。夢枕に立つような伝言程度のことを許可することはあるんだけどね」
「そういうのってマジであったんすね……」
「そうじゃなくて、それには君の『EWO』のシステムと装備を入れてある」
「システムと装備?」
「端的に言おう。これをもって異世界に行ってもらう」
「は?」
「異世界転移だ」
「スマホ持って?」
「そうだ」
「なんで?」
「僕が君のファンで、君の感謝しているからで、神様で、世界が滅ぶ可能性があるからだ」
「まってまって」
ウェイトリーは左手で眉間を抑えながら、うんうんと唸り、いろいろと理解しようと頭を回した。
ファンってのは何回か聞いた。ランキング戦とか見てるとかって言ってたし。わかる。
感謝は、わかるようなわからないような。まぁゲームを遊んでくれてありがとうという意味だろうとなんとなく分かろうとした。
神様は、お、おう。
世界が滅ぶのか、なるほどな。つまりはそういうことだな。完全に理解した。
当然理解できるわけはなかった。
「まず説明すると、君にはウェイトリーのアバターと能力を完全に持った人間になってもらって異世界に行ってもらう。これはもう決定だからどうしようもない」
「あぁはい、そうなんすね。アバターっていっても、髪と目の色だけですけどね。スキャンアバターなんで」
ウェイトリーの中の人、つまり平坂は黒髪黒目で、それをスキャンして作られたアバターのウェイトリーはダークブラウンの髪に同じ色の目である。
アバターは比較的自由に作れるのだが、ウェイトリーは体の感覚が変わらないようにリアルの自分と同じ見た目で、色だけ少し触った程度であった。
しかもそれにしたって、髪の色とか目の色とかはっちゃけて変えたら、ふとした瞬間になまじリアルと顔が同じせいで「はっちゃけてやったぜ!(吐血)」ってなるかもしれないことを危惧して、まぁ黒髪っぽいけど茶髪かな? という風に見える程度にしか変えなかったのである。いや変えられなかったのである。
精神的に。
神野は説明を続ける。
「それはスマホのように見えるけど実際は『EWO』のシステムを再現するためのデバイスで、まぁスクリーンショットやムービー機能やメモ機能はゲームにもあったから使えるが、通話やインターネット、各種アプリなどのスマートフォンとしての機能はほぼないと思ってくれ」
「パーティチャットとかメッセージはどうなんです?」
「相手がいない」
「あぁなるほど」
「ただそれらの機能もあるにはある。相手がいないから今のところ意味はないけどね。運営通知として僕がメッセージを送る程度だね」
「というか、ゲームと同じようにポップアップメニュー式とか、こうステータス! って言ったりしてシステムウィンドウが開くタイプの異世界じゃないんですね」
「僕が管理する世界の中にそのタイプはほぼない。というかそれができないから苦肉の策としてシステムデバイスを用意したんだよ」
「VRゲー感覚で行くと面倒そうっすね」
「我慢してくれ。なにせ滅ぶかもしれない世界なんだ。リソースがない」
「ところでなんで俺は滅びかけの世界に送られそうになってるんですかね?」
「安心したまえ。世界が滅ぶとしても君を送った後の三百年か四百年後だ」
「寿命の方が先に来るから安心しろと?」
「そういうわけだね」
どこか腑に落ちないような、まぁさしたる問題もないような、いやでもちょっとどうなんよ、といったもにょっとした感覚にウェイトリーは囚われていた。
しかし他にも気になることがあるし、とりあえずは棚に上げて、話の先を促すことにした。
「世界観っていうかそういうのは?」
「王道ではあるが剣と魔法のなんちゃって中世ものだ」
「なんちゃって?」
「魔法や魔術、それに魔道具や魔道科学なんかのおかげで一見中世っぽい見た目だが思ったよりも発展していると考えてくれ。というか『EWO』初期に近い」
「マシナリとかミリアムとかが抑えめっていう感じ?」
「そう思っていてくれればそこまで印象がずれないだろう」
『マシナリーアクション』と『ミリタリーアームズ』は、クラスの種類であり、中世ファンタジーっぽい世界だがバリバリのロボや銃器なのどを使う人気クラスだ。
余談だが現状『EWO』では十三のクラスが存在し、ウェイトリーは『デッドマスター』という骨とかゾンビとか幽霊とかを使うクラスの使い手ある。そのクラスプレイヤーの中で一番強いと思われていることから『最強のデッドマスター』と呼ばれていたりする。
ちなみに、デッドマスターは探索・索敵能力が高いクラスでフィールド探索やダンジョン探索ではパーティ採用率が高い。半面、純粋戦闘能力は十三クラス中最弱を争うといわれているが、それはご愛敬。
「無論国や街による。本当に中世らしいような街もあれば列車みたいなのが走っている近世的な地域なんかもある」
「蒸気機関車ですか?」
「魔道列車だよ。『直進』と『回転』の術式を組み合わせたりしてるみたいだね。総合して『推進術式』なんて呼ばれているみたいだよ」
「未知なるぱわー」
一応の納得と理解を得たウェイトリーは質問を続ける。
「えーっと、システムと装備ってのは具体的に?」
「システムはゲームシステムを再現するものだ。ステータス確認や編集、カードやデッキの操作、装備変更にゲームで購入可能だったアイテムの各種ショップなどの利用だね」
「俺が使ってたアカウントがそのまま引き継がれる感じっすか」
「ほぼそうだが、すべてではない。アイテムはすべてなし、そしてカードは向こうで引き直すことになる」
「そりゃ俺に死ねといっているのとそう変わらないと思うんですけど」
「問題ない。スターターデッキを用意する。というか『彼女』がいて『スカルピアサー』があれば君は大概何とかするだろう?」
「いやまぁ……、それはものによるとしか」
「カードに関しては飲んでもらうしかない。なにせキャラクターすべてをフルインテリジェンスAI化するようなものだからね。いわゆる魂のようなものを入れることになる。向こうに行ってからカード生成をしなければリソースがいくらあっても足りないんだ。その点現地で召喚さえすれば設計図によって魂を流用することができる分リソースをほぼ消費せずに済むんだ」
「そのリソースってのは?」
「まぁ世界の運営・改変するためのコストみたいなものだ。それが枯渇しかけているから君を送る世界は滅びかけている」
「そこからさらに減らしたら不味いのでは?」
「君に関する今回の分は君がいた世界やほかの世界からやりくりして捻出したものを送る形になるから問題ないよ」
「はえー」
アホになったわけではない。
超次元的すぎて呑み込めていないだけである。
正直言ってることはわかるものの、そういうもんか、と受け入れる以外に理解のしようが無いという方が適切だった。
アホになったわけではない。
「装備は君が所持していたものすべてを使用可能だ。また、装備は破壊された場合でもシステム内で保持され、修復が行えるから、着ていく服がない事態にはならないから安心してくれ」
「それは普通にありがたいっすね。『灰色賢者』一式がないと不安で夜しか寝れないから」
「健康的で結構なことだと思うよ」
小ボケを普通に流されるのはいつも通りであった。
「もしわからないことがあれば、端末にヘルプがあるからそれを見るといい」
「まぁ大体は理解したつもりですけど、端末を通してとはいえ現実でゲームのシステムを使えると思っていいってことですかね?」
「その理解で問題ないよ」
「んじゃまぁそれはいいとして……。俺がその世界に行く目的ってなんすか?」
「目的か」
神野は一度思案するように顔を上げ、口を開く。
「君は『デッドマスター』を愛してくれた。キャラクターたちや設定、エルダリア世界を尊重し、尊敬し、快く遊んでくれた。『EWO』を真っすぐに楽しんでくれた。プロデューサーとしてこれほどうれしいことはない」
「別に俺に限った話じゃないっすよそれは」
「そうだね。ほかにもそういったプレイヤーはたくさんいる。でも君もそうだ。中でも君は『デッドマスター』を引っ張ってくれた立役者だ。君にあこがれてデッドマスターを始めたプレイヤーも多くいるし、デッドマスターの面白さや奥深さを伝え続けてくれたプレイヤーだ。感謝してもしきれない」
「……。」
ウェイトリーは何も言えなかった。
自分はただ、楽しんでいただけだった。面白いと思ったし、そうしたいと思ったからそうしただけだった。
新人のデッドマスターにアドバイスをしたこともあるし、純粋戦闘能力が高いクラスでないにも関わらず総合対人ランキング戦にも出ていた。
探索能力は高いが戦闘能力が低くて難しい、ホラーテイストの格好いいキャラはいても、全体的に陰気で、かわいいキャラが少ない、専用イベントの内容が暗く重いのが多いと散々な言われようとも言えるクラスである。
そのデッドマスターを盛り上げたいとか、プレイ人口を増やしたいとか思ったことは一度もなかった。
ただ自分は楽しんでいただけだったのだ。意義や思想なんかない。そんな大層なことはしていない。
そう思っているからこそ、ウェイトリーは何も言えなかった。
神野はそれを理解していないわけではなかった。
むしろ正しくそれを理解している。
だからこそ。
だからこそそのクラスを引っ張っていく立役者となるほどに楽しく遊んでくれたことに感謝しているのだ。
そんな彼だからこそ、もっと生きて、楽しそうにゲームを遊んで欲しかったのだ。
生きていて欲しかったのだ。
「僕は君に生きていて欲しかった。もっと驚かされるような活躍を期待していた」
「恐縮です」
「だからこれは僕のエゴかもしれない。もう一度生きて、今一度『デッドマスター』として生きてほしいんだ」
「そんな理由でいいんすかね?」
「いいんだよ。僕は神様的な神プロデューサーだからね!」
ドヤ顔で宣う神野に対して、ずっと真顔で聞いていたウェイトリーは困ったように笑う。
「自由に生きてくれ。僕が望むのはそれだけだ。向こうでなら冒険者として食っていけるし、君の実力を生かせる環境なら、割とどこでも生きていけるだろう。持てる力をいいことに使ってもいいし、悪いことに使ってもいい。勇者になってもいいし、魔王になってもいい。デッドマスターをやめて村で畑を耕すって言われちゃったら、僕はがっかりするけど、それも尊重する。好きに生きるといい」
「しかし実際問題、生きることだけが目的ってのも……、まぁ別にそれを悪いとは言いませんし、新しい世界で目的は自分で探せと言われればそうなんかもしれないっすけど、どうなんすかね?」
「まぁ君はそういう人だからね。だから滅びかけの世界に送ることにした」
「あぁなるほど。ならいっちょ世界救ってやりますか」
「世界を救うのはある意味でゲーマーの宿命だからね」
「じゃあその話を聞きましょうか」
「いいだろう。その説明をする前にまずは端末の電源を入れてくれ」
電源といわれ、端末を持ち上げクルリと回し、右側面中央あたりにあるリンゴのようなマークのボタンを長押しする。
ほどなくして端末は起動し、それと同じくして平坂だったものがウェイトリーへと変わっていく。見慣れた服装とその感覚を、ゲームよりもより現実的に感じる。
ウェイトリーの装備は俗に『灰色賢者』一式装備、と呼ばれる。
フード付きのコートの色はその名の通りの灰色で、光の下では白く見え、闇の下では黒く見えるという仕様の装備である。ゲームでは実際に色が変わって見えていた。
そのコートの背に水平に、肩辺りに一本、その二十センチほど下に一本、最後の腰辺りに一本、計三本の太い懸下用のベルトが通っている。
少々くたびれたような印象の装備に見えるが、印象よりもしっかりとした、防具として通用する程度に頑丈で、ほつれや痛みといったものはなく、むしろ使い込まれたような味の漂う装備である。ちなみに入手したときからそうである。
コートの中には黒に近い群青色をしたTシャツ風の服を着ている。
手には人差し指と中指だけが少し長い指ぬきグローブ。左手手首に革紐と縄紐に丸い青い石二つと黒い石一つが通されたブレスレット。
下は同じくくたびれて見えるが、こちらの方が明確に黒っぽいグレーのズボンで、同じく頑丈だが動きを阻害しないつくりになっている。
腰には妙なチェーンをつけており、よくよくそのチェーンを見てみれば一つ一つに不気味な文字が彫られていた。
そして『EWO』には欠かすことのできない要素であるデッキケースが右と左の腰にひとつづつ。
最後に足回りだが、見た目だけは普通の暗い革色の旅人用のブーツなのだが、実はこのブーツがぶっちぎりで曰く付きの逸品だったりする。
最後にログインしたときに使っていた装備そのままで、だが腰の両サイドについたデッキケースの中には何も入っていなかった。
「『EWO』と同じ操作でマップを開いてくれ。これから向かう世界のターゲットが表示されるマップが入っている」
言われたことに従い、普段は中空に表示されるウィンドウを操作するため、少々感覚の違いに戸惑いながらも、難なくマップを開くことができた。
ぱっと見て、ほぼ何も表示されてないといっても過言ではかった。表示されているのは『全体マップ』という表示と、とりわけ大きな点が六つ、よくよく見れば大小さまざまな点がちりばめられていた。
「点があるのはわかるね?」
「あーはい、なんかデカイ点と、スワイプすると中くらいの点と小さい点もありますね」
「それが世界を破滅に向かわせている特異点、或いは修正点の場所だ」
「これはなんか魔王みたいなボスが六人いるってことですか?」
「そういうわけじゃない。……あーいやもしかしたらそういうのもいるかもしれないけど、それはそこから漏れた歪みや捻じれのようなものができた結果生まれた存在で、魔王みたいなものが原因で修正点が発生したというわけじゃない、と思う」
「えーっと?」
「まぁ簡単に言うと、世界に走っている水道管的なのがあると考えてくれ。それが管理の不具合や、環境変化、或いは第三者的要因によって歪んだため、正しく世界を巡るべき水が巡らず、その結果として大地の枯渇を引き起こしたり、別の場所で過剰にあふれ出したりと、生命力を生み出すための自然エネルギー的なものが失われて続けることになっていると思ってくれ。それが起こった結果強力な魔物や魔王的存在が生まれている可能性があるというわけだ」
「これまたふわっとした内容で来ましたね」
「もっと簡単に言うなら自動世界運営システムの回路内にバグが発生したからそのバグを取り除かないと世界がヤバイってわけだ」
「いや意味が分からなかったわけじゃないんですよ?」
「わかっているとも。でもわかっていなかったらそれはそれで困るから念のためだ」
「じゃあその修正箇所にバグ修正プログラムを撃ち込むのが俺の役目ってことですか?」
「内容としてはそういうことになる。実際は向こうの世界の世界観だけどね」
「なんか、魔力がー、とかマナがー、みたいなことっすかね?」
「そういうことだ。それはここで説明するのは興ざめもいいところだろうから、興味があるなら向こうで調べてくれ」
「それがよさそうっすね」
おおよそほとんどのことを理解し、何か聞いておくべきことがないかといろいろと頭を回していると、ふと思いついたことがあった。
「あのー神野P」
「なにか質問かい?」
「いや質問って言えばそうなんですけど、少しお願いがあるというか」
「申し訳ないが、チート能力的なのは渡せないよ? というかそのシステムデバイスがチート的概念に該当するんだけども」
「いやそれは別にこっちで何とかするんでいいんですけど」
言おうかどうか少し悩みつつ、結局いえることは言っておいた方がいいかと思いできることをお願いしようと思い再び口を開く。
「あのー妹のこととか、俺が助けた子とかがなんか困ってたら神様パワーとかじゃなくてもいいんで力を貸してやってもらえないですかね?」
「まぁ君の妹くんもプレイヤーの一人だし、君を通して面識はある程度はあるけど、やはり心配かい?」
「いや妹は心臓に毛が生えてるんじゃないかと思う程度には強メンタルなんで大概のことは自分で何とかすると思うんですけど、何とかするときにどんな手段を取るか想像できないんでそれはそれで思うところがあるというか……」
「彼女そんななのかい?」
「結構ハチャメチャするときあるんでそれとなくフォローしてもらえると助かるというかなんというか……」
「わ、わかった。できることは考えてみるよ」
神野は、それって安請け合いしていいことなのだろうか、と何となく戦々恐々とした。
「それと、助けた女子高生の方は全然わからんのでなんかうまいことやってもらえると嬉しいというか、何なら学校同じだと思うんで妹に何とかさせてもいいのでフォローお願いします」
「君は妹をなんだと思っているんだ。彼女も君が死んでつらい思いをしてるんじゃないか? それを……、こう言っては何だが、死ぬ原因になった人のフォローをさせるというのは酷じゃないかな?」
「あー、悲しんでくれてるとは思いますけど、アレはそんなんでへこたれるほどヤワな妹じゃないので大丈夫ですよ」
「いやまてまて。流石にそんなことはないだろう」
「身内自慢みたいで恐縮なんですけど、強メンタルで頭のいいよくできた妹なんでうまいことやってくれると思うんで多分大丈夫です」
「ホントかい……? まぁ君が言うならそうなのかもしれないけど、状況次第だし確約はできないよ? できることはやってみるが……」
「ありがとうございます。それで十分です」
座ったままではあったが、ウェイトリーは深く頭を下げた。
「ほかには何かあるかい?」
「いえ、あとはなにも」
「もし、なにかわからないことがあれば、君が信頼する『彼女』に聞いてみるといい。『彼女』の設定は君もよく知っていると思うが、“相応”になっている。君の一番の相棒になってくれるはずだ」
「わか、りました?」
「何言ってるか微妙にわからないかもしれないが、それは現地で確かめてみてくれ」
「了解です」
そう言葉を交わすと、神野は立ち上がり、それにウェイトリーも習う。
薄暗かったスタジオのウェイトリーの後方から光が差した。
振り返り確認すれば、そこには四角く切り取られた窓、いや扉から光があふれていた。
「これまで僕たちの作り上げたゲームを遊んでくれてありがとう。最高のデッドマスターたるプレイヤー、ウェイトリー。君の行く先に幸運を」
「こちらこそ、最高に楽しい時間をありがとうございました」
神野が手を差し出し握手求め、ウェイトリーはそれに応じた。
しっかりと固い握手を交わし、少しして手を放す。
「では行ってきます」
「あぁ。次の世界での活躍も期待している」
ウェイトリーは少し困ったように笑った。
そして振り返り、光の扉へと歩いていく。
あふれる光の眩しさに目を細めながらも、彼が歩みを止めることはなかった。
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