012 第一村人と胡散臭い旅人

 二人の歩みは滞りなく、二日目の夕方前についに森から抜けることができた。

 森を抜けて見る空は当然のこと広く高く、薄く赤へと変わっていく前の青さに白い雲がアクセントとなっていた。

 こちらに来てから雨なんかが降らなくて助かったなと空を見ながら考えていたウェイトリーはまた歩き始めた。

 少しずつ離れていく森をしり目に街道があるあたりの少し手前まで歩みを進めることにした。

 

 向かっている街道は北西方面から緩やかに東方面へと伸びていて、街道を東方面に約二十キロほど行った先、道に沿うように村があった。

 道が東西に通り南側に村が広がっていて、主に農業で生計を立てている村のようで、道の北側には宿場町と言えるほどではないが、その機能に近いような整備された空き地が広がっており、いくつか行商と思われる馬車が泊まっているのが数日前には確認できた。


 本日のキャンプ地までもう少しというあたりで、明日たどり着くであろう初めての人里について二人は話していた。


「明日、村でいろいろ話を聞いたり、可能であればシカやらなんやらで多少なりとも金銭を得たいと思うんだけども」

「身の上とか素性関係はどうするつもりでいますか?」

「嘘は言わない方向で、でもホントのことも言わずにそれとなく勘違いされそうな感じで話そうかなと」

「胡散臭いと思われると思うんですが」

「まぁ別にいいよ。最初の最初くらいは旅の恥はかき捨てということで」

「進んで恥はかきたくないですが、多少は仕方ありませんか」

「そうだよ。大体からして『自分たち異世界からきてこの世界のことを何も知らないので教えてください』って言う方がよっぽど胡散臭いし不審だよ」

「確かにそうですね。つまり主さまはまごうことなき不審者であると」

「それはマリーさんも一緒でしょ。服装の不審さで言えば俺よりレベル高いでしょ」

「それを言ったら喧嘩ですよ」

「こわ、とずまりとずまり。まぁ『ちょっと事情があって森で暮らしていてこの辺のことをよく知らないので』くらいでいいんじゃないか。胡散臭いけど嘘じゃないしシカを出す口実にもなるし」

「妥当でしょうね。何かしら脛に傷がある旅人程度に思ってもらえるでしょう。街道沿いにある村ならそういう人のことを詳しく聞いたりはしないでしょうし」

「なら明日もし話す機会があればそういう感じで合わせてくれ」

「わかりました。基本は主さまにお任せしますが、必要に応じて話を合わせます」

「あとはまぁちゃんと会話が通じるかだけが若干の不安要素だな。『異世界言語理解』のレベルが五なわけだけど、カタコトだったり妙に訛ってたりしないだろうなコレ」

「そればかりはなんとも」

「オモシロしゃべり扱いされたら運営にクレームだな」

「旅人カバーで行くならむしろありかもしれませんよ」

「まぁそれもそうか。この際普通に通じるなら良しとするか。これも旅の恥はかき捨てだな」

「便利なことわざですね」


 そんな話をしているうちに本日のキャンプ予定地付近へとたどり着いた。

 ここで一泊し、明日の昼過ぎあたりに村へと着くように出発しようと予定をまとめ、その日の道行は終わった。




 翌日、昼を過ぎて少しした頃。想定してた通りに村へとついた。

 行商の馬車が泊まっていた宿泊地替わりの広場には誰も居らず、まだ時間が早いからか、それとも今日は誰も来ないのかはわからなかった。


 村の入り口の方には衛兵、というには少々装備が心もとないが、五十代ほどのたくましい体つきをした男が立っていた。

 異世界人とのファーストコンタクトに少々の緊張を感じつつも、ウェイトリーはできるだけ気さくに話しかけた。

 

「こんにちは。この辺りには初めて来たんだが、あそこに広場に一泊させてもらえたりするのかな?」


 そう問いかければ、男は朗らかな笑顔で答えた。

 

「ああ、かまわないぞ。ただ今日は他に人が来るかはわからんがもめ事を起こしたり、ボヤ騒ぎを起こしたりするのは勘弁してくれ」

「了解した。では一泊泊まらせてもらう」

「見たところ……、冒険者か? 少しばかりの金銭を払えば、村の空き家などを紹介できるがどうする?」

「いやそれがな、ちょっとばかし森で暮らす羽目になってね。この辺のことをなにも知らなければ、金のかの字ないほどに持ち合わせがなくてな。まさに着の身着のままの旅人なんだよ」

「あー……、そうか。まぁ何があったかは聞かないが、厄介事は勘弁してくれよ」

「それはなにもないから心配しないでくれ」

「しかし、森といったが、お前さんら、もしかしてノアルファール大森林にいたのか?」

「地名は知らないが、全体的に黒っぽい木が群生していて、これまた黒いシカが山ほどいる森だったのは確かだな」

「……よくあんなろころで暮らしてたな。並の冒険者ではただじゃすまないぞ」

「そうなのか? 冒険者でもないのでどの程度なのかはわからないが、腕にはそれなりに自信があるつもりだ。その冒険者にも興味があるんだが、どこかしらで登録なりが必要なのか?」

「そんなことも知らない人間とはよっぽど森暮らしが長いんだな」

「金は全く持ってないが森で手に入れたものがいくらかある。それと交換でいろいろ教えてもらえないか?」

「持っている? そのかばん、魔法袋の類なのか?」

「ん? あぁ、まぁそんなところだが、これでも術師でね。いろいろと保存の術が使えるから、森に山ほどいたシカなんかも提供できる。他には森にあった樫の木丸太とか、薬草類だな。できれば安くてもいいからいくらか買い取ってもらえないか?」


 森にいた期間の長さの言及を避け、さりげなく交換から買い取りに舵を切ったが、男は提示された内容の方に興味があるらしく、特に気にした風もなかった。

 

「あの森のシカって言やぁ『ブリッツムース』だろ。流石にあれを買い取るのは難しいな。一頭丸まるなら大銀貨で二、三枚で二万から三万ドラグはするだろう。なかなかそんな金はポンとは出ねぇな」

「そうなのか。ここから一番近い街に住む平均的な四人家族だと、ひと月に何ドラグくらいかかるんだ?」

「ん? そうだなぁ。十五万から二十万くらいじゃないか?」

「なるほど。それだとなかなかの大金なんだな、シカは。しかし俺も全く金を持ってないからな。小ぶりなやつ二頭で一万ドラグで買い取ってもらえないか?」

「なに? いくら何でも安すぎないか?」

「まぁこのあたりの常識がないもんでね。代わりにいろいろと話を聞きたいんだがどうだろうか」

「うーむ。……ちょっと考えてみたいんだが、物を見せてもらえねぇか?」

「あぁ、かまわない」


 そういってウェイトリーは入り口の端の邪魔にならなさそうな場所に移動してから、そこにカードを置いてシカを出した。小ぶりなとは言ったが、どれが小ぶりかなどあまり考えていないので適当なものを出した。

 男は少々驚いたような顔をしたが、とてつもなく驚いたというほどではないところを見るに、大きなものを持ち歩くのはそれほど不審なことではないらしい。おそらくは魔法袋などと言っていた魔法的な収納機能を持つアイテムが一般的に知られる程度には普及していると見ていいだろう。

 男はシカを検分するようにじっくりと見ていき、やがて致命傷と思われる頭部の穴を見つけて感心したような声を出した。


「これをやったのはお前さんか?」

「そうだ」

「いい腕だな。この大きさなら弓じゃなさそうだな。切っ先の細い槍か、それか投げナイフってところか」

「よくわかるな? 察しの通り投げナイフだ」

「今は引退したが俺も冒険者だったからな。それなりにはわかるもんだ」

「どうりで立派な体格をしてるわけだ。あぁ、だから村で衛兵をしているのか?」

「まあな。だが現役時代でもこのシカを投げナイフ一本で仕留めるお前さんほどじゃないがな」


 男はそう言って少し笑い、話を戻した。

 

「しかし、コイツはずいぶんと立派なシカだが、こんなのを二頭一万ってのはお前さんどうなんだ? これなら買うのに文句なんかないがお前さん大損だぞ?」

「もうシカ肉はこりごりでね。まだそれなりに数があるから一、二頭で損してもそっちの口が軽くなってくれるなら安いもんさ」

「それでいいってんなら買うのは構わないが、こりゃ俺だけじゃ消費しきれんし、村で捌くがかまわないか?」

「買った後にどうするかは好きにしてくれてかまわない。仮に別の場所で五万ドラグで売ったとしても文句はない」

「そりゃ太っ腹な話だな」

「ただ、話には付き合ってくれ。なにぶんこのあたりのことをほとんど知らん。ここが誰の領地なのかはたまたなんという国なのかも知らんからな。幼い子供に話すくらいの内容で頼む」

「あぁ、わかった。村の連中に話をつけてくるから、しばらく待っていてくれ」

「了解した」


 そういうと男は村の中へ入っていき、村の中でも大きい家へと入っていった。

 おそらくは村長か或いは代官か、何かしらのまとめ役を務める者の家だろう。あの男が村長の係累かまではわからないが。

 

 待つ間、端末を操作してシカを一度しまい、ウェイトリーは小さく息を吐いた。

 

「なかなかでしたよ、主さま」

「そりゃどうも。なかなか堂に入った不審者っぷりだっただろ?」

「七十点くらいのいい塩梅でしたね。それ以上高いと余計に警戒されそうですから」

「通貨はドラグだな。大銀貨一枚が一万ドラグ。ただの貨幣での値段じゃなく、価値基準が別にあるみたいだな」

「現代なら当たり前の考え方ですけど、先進的と言えばそうですよね」

「そうだな。俺はてっきりある程度の大きさの国がそれぞれの独自通貨を持っていて、支払い額は金貨何枚とか銀貨何枚っていうモンだと思ってたが、微妙に気になるところだな」

「妥当なところで言えば、この国がどこかの大国の友好国か属国で、それぞれで別の貨幣概念を使っているといったところでしょうか」


 この場合は『ドラグ』という通貨を使っている大国があり、特に名前のない金属通貨を使っている小国が二つの価値基準を共有しているというパターンだ。


「妥当ではある。けどたぶん違うだろうな」

「どうしてです?」

「価値観が違う通貨を使っているなら大銀貨一枚が一万ドラグってキリがよすぎる気がする。もちろん、あのおっさんが言わなかっただけで実は一万から一万二千ドラグの間をウロウロしてるというパターンもあるけどな。それにしても若干妙な感じがするけど」

「大銀貨一枚が二万や四万、或いは六千や四千の方が自然だというわけですね」

「そういうことだ。まぁそれについてはある程度は簡単に調べる方法がある」

「どうやって?」

「大銀貨が一万ドラグなら小銀貨、或いは普通の銀貨が何ドラグか聞けばいい。その価値でその節がアタリかどうかは判別がつくだろう。まぁこれでもし銀貨一枚千ドラグなんて言われたらびっくり仰天だが」

「それは確かにそうですね」

「そもそも金貨や銀貨がお金として利用されるのは、その金属自体の価値が担保になるからだからな。普通に考えれば金属の価値がちょうど十倍ってのは考えづらい。大きさや重さ、純度なんかで合わせているとも考えられなくはないけどな」

「よっぽど優れた金属加工技術がなければ、大銀貨は銀貨の十倍大きくなってしまいますからね。使いづらいことこの上ないでしょうね」

「ま、ぶっちゃけ金は正しく公正に使えるなら別にその仕組みなんぞどうでもいいけどな」

「全く持ってその通りですね」


 ウェイトリーは一度一息入れて、話を続ける。


「んであのシカ『ブリッツムース』って名前なんだな。ムースってヘラジカかなんかだったか」

「確かにあの森にいたシカは、普通のシカよりはヘラジカの方が近いイメージですね。あれなら雪道も苦も無く走りそうです」

「カナダとか北米とかにいるんだったか? 日本にはいなかったけど、雷こそ出さなくても大きさだけで言えばあれは普通に海外にいたってわけだ。スゲーな海外。リアル異世界だな」

「リアル異世界にいるんですよ今」

「ここはカナダだった?」

「じゃあ飛行場まで行って日本に帰れますね」

「パスポート持ってないけど飛行機乗れるかな?」

「不法入国ですね。逮捕です」

「マジかよ、最悪だなリアル異世界」

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