第2話

 家に帰った僕は自分の部屋……ではなくて地下にある防音室に移動した。


 「さぁ、今日も作りますかぁ」


 そう、僕の別の顔とはボーカロイド曲を作るいわばボカロPと呼ばれるもので、ありがたいことに僕の楽曲はそれなりに聞いてもらっていて、投稿サイトの登録者は25万人ほどいた。ただ、僕は楽器とかの経験はなくて、パソコンから打ち込んで作っているんだけれど、僕の感覚、感性で作る曲は意外と若い人たちの心には響いてくれているみたいだった、1つのジャンルを除いて……


 「んーーーー、やっぱり恋愛系の曲が上手くいかないなぁ……再生数も伸びないし、コメントも他の曲と違ってあまり受けがいい感じに書かれてないんだよなぁ」


 そう、上手くいかないのは恋愛ソングだった。僕には恋する気持ちがちゃんとわかっていなかったんだ。それもそうだ、生まれてから1度もちゃんとした恋愛なんて経験していないのだから。他のことならいくらでも想像力を広げられるのに、恋愛だけは疎すぎて全くと言っていいほど広がらず、ありきたりな想いしか歌に乗せられなかった。それなら作らなければいいと言われればその通りなのかもしれないけれど、僕はなぜかどうしてもこのジャンルの曲を作ることをやめられなかった。もちろん他のジャンルもちゃんと作るけど。


 「明日のライブで何かしらのインスピレーションを得られたらいいなぁ」


 そんなことをぼんやり呟きつつ、パソコンに向かう。今から作るのはアップテンポな友情を綴る青春ソング。もう頭に構想は作っているので、それに合わせて打ち込んでいく。ただ、今回はいつもとは違うアプローチをしてみた。それは……


 「〜〜〜♪♪」


 僕が歌うことだった。ボカロPが自分で歌うことには賛否があるみたいだけど、自分が作った曲のことを1番よく理解しているのはどう考えても自分なのだから、音痴とかなら別だけど自分で歌ってそれを出すことは何も悪いことではないと思っていたけれど、今までやってこなかった。それをついに今回は解禁してみた。


 「んー、意外といい感じにできてるんじゃないかなぁ?」


 僕は、出来上がった音源を聴きながらその出来に満足したので、作業を切り上げて外の空気を吸うために防音室を出た。

 すると、空はもう月が顔をのぞかせていた。時計を見ると19時前。家に帰ってきたのは15時ごろだったので、かれこれ4時間はぶっ通しで作っていたことになる。父さんは僕と同類だからか微笑ましいものを見るような表情をしてくれるけど母さんはとても心配性だった。今日もそうだった。


 「紫苑?大丈夫?」


 「大丈夫だよ、母さん。ちょうど作り終わったしね!」


 「ならいいけど……あ、父さんが今日のご飯は外食しようって言ってたから支度しておいてね?」


 「はーい」


 心配しつつもなんだかんだ僕の活動を応援してくれている母さんに感謝しつつ、今度こそ自分の部屋に戻って支度をするのだった。

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