第22話 二十代初めてのゲーム 体感編

 糸井が桜井家に居候をし始めて……いや、居候をさせられて早一週間。


「え? どうしたんですか? これ?」


 帰宅するや否や、大量に積み上げられた物が目に入る。


「買った」

(いや、それはそうだろうけど……)


 質問の意図が伝わっていないようだが「今のは俺の質問が悪かったな」と、自分を責める。精神的な病気にかかりやすい思考だが、桜井相手ならば正解だ。


「だいぶ買いこみましたねぇ」


 積み上げられた物を、一つ手に取り眺める。

 『織田信長VS卑弥呼 灼熱十番勝負』、トチ狂ったゲームを作ることで有名なメーカーが、最新機器で出しているゲームだ。ダウンロード専用ではなく、パッケージで販売する勇気が凄い。


「こういうのよくわからないから、片っ端から買ったよ」

「そんな気がしましたよ」


 パズルゲームに恋愛シミュレーション、格闘ゲーム、その他諸々。

 ほぼ全てのジャンルを網羅しているのではないだろうか。

 話題作からマイナーな作品まで、商品棚にあるものを片っ端からカゴに突っ込んだ感が否めない。


(これ軽く十万円以上は使ってるよな? 田舎のショッピングモールに入ってるゲーム屋より、品ぞろえがいいぞ)


 もはや数えるのも面倒だが、積み上げられているパッケージの数は三十五。

 総額で二十万弱、適当に買いあさるには高すぎる金額だ。


「見て、強そうな武器手に入れた」


 糸井の顔を見ながら、無邪気にゲーム画面を指差す。

 不覚にも可愛いと思ってしまい、悔しがりながらも適当に相槌を打つ。


(ゲームしたことない人が最新ゲームに触れると、こうなるもんなんかね?)


 テレビに繋がっているゲーム機を見ながら、昨日の出来事を思い返す。

 昨日は日曜日。ほぼ全ての社会人にとって至福の日だが、糸井にとってはそうでもない。いや、そうでもなくなったと言ったほうが正確だろうか。

 桜井が仕事に出ているので平和と言えば平和なのだが、いかんせん退屈だ。

 大量の本があるので暇つぶしをしようと思えばできるのだが、パソコンがないという環境に耐えられない。

 桜井から受け取った大金があるのだから、ネカフェに行くなり、遊びに行くなりすればいいと思うかもしれないが、それができれば苦労はしない。

 桜井になんの権限があるのかわからないが、桜井の許可なく外出することを禁じられている。

 パソコンを持ち込めば解決する話だが、糸井的にはそれも難しい話らしい。持ち込むのに労力がかかるというのもあるが、持ち込んだら本格的に住むことになりそうで怖いとのことだ。どうせ永住確定してるのに、何を怯えているのだろうか。


(俺用に持ち込んだんだけどなぁ)


 桜井が我が物顔で使っているゲーム機は、糸井の私物である。

 パソコンが持ち込めないなら、せめてゲーム機だけでもと思い、自宅まで取りに行った。勿論、桜井の許可を得てから取りに行った。勿論というのも変な話だが。

 ゲーム機さえ持ち込んでしまえば、家から出ずともダウンロード版のゲームを購入できるし、ネットサーフィンは無理でも動画くらいなら見ることができる。

 課せられたノルマ分の読書を済ませてゲームにのめり込む姿は、どこかノスタルジーを感じさせる。

 これを機に、買うだけ買って放置していたゲームを消化していたら、いつの間にか帰宅していた桜井がゲームに興味を示した。

 彼女曰く、ゲームをしたことがないらしく、少しだけ触らせてほしいと懇願、もとい命令してきた。

 断る理由もなければ勇気もないので、大人しくコントローラーを差し出す。

 たどたどしい手つきで操作する桜井に、さりげない助言を出すという、本物のカップルのような時間を過ごした。

 桜井は散々遊んだ後に「子供の遊びだね」と、クールぶった発言をしていたが、その翌日がこれである。


「えっと、晩御飯まだですよね? 作りましょうか?」

「ん」


 ゲームに夢中らしく、聞いているのかどうかわからないような返事が返ってくる。


(ゲーム好きな子供を持ったオカンって、こんな気持ちなんかね)


 糸井は気付いていない。

 都合よく使われているにもかかわらず、微笑ましい物を見る目で桜井を見ている自分に。


(『ゲームするほど暇なら、本を読め』とか言ってたくせに……アレは、わりと早く飽きるタイプのハマりかただな)


 糸井の経験則によると、短期間に詰め込んでプレイすると、ある日突然熱が冷める傾向があるらしい。

 飽きてくれれば、自分の手元にゲーム機が戻ってくる。ハマってくれれば、それはそれで相手をしなくてすむ。

 つまりどちらに転んでも都合がいいと、タカをくくる糸井。相変わらず考えが甘い男である。


「ねえ」

「ん? 呼びましたか?」

「晩御飯はカップ麺でいいから、一緒にゲームやろ?」

(え……今言う?)


 やはり先ほどの返事は、生返事だったらしい。

 準備段階ならまだしも、炒めている段階でそのようなことを言われても困る。

 電車に乗ったタイミングで、ドタキャンされるようなものだ。


「今から中断はちょっと……」

「じゃあ適当な炒め物でいいよ。早く片付けて」


 普通ならば「ふざけんなよ」と文句の一つでも言いたくなるだろう。

 だが、コントローラーを二つ手に持ち、ソワソワしている桜井を見ていると、不思議と怒りが鎮まる。

 糸井は諦めの心情だと捉えているようだが、本当にそうだろうか。

 ワガママな彼女に振り回されて迷惑そうにしているが、内心では満更でもない彼氏。それに近い感情ではないだろうか?


「はやく、はやく」

「もうすぐですから、お待ちください」

「もう十分炒めたよね? もうそれでいいから、はやく」

「もうちょっとですから……」


 腹を壊すのはごめんだし、壊されて文句を言われるのもごめん。その至極当然の思考回路で念入りに火を通しているのだが、そんなものが桜井に通じるわけがない。それもまた、至極当然のことと言えるだろう。


「本当に私のことが好きなんだね」


 保身による行動なのだが、『彼女に美味しい物を食べさせたい。適当な物を食べさせたくない』と、愛ゆえの行動に変換されている。


(少しでも早く食べたいなら、食器を用意するとか、ご飯をよそうとか、お茶を用意するとか、色々あると思うんだが……)


 『彼女ができたら、家事をとことん手伝おう』と、心に誓う糸井。

 何を誓っているのだろうか。彼女は既にいるし、家事を手伝うどころか、自分が家事の中心だというのに。家事の中心というより、火事の中心な気もするが。


「それにしても最近のゲームは凄いね。コントローラーを振ると、連動するんだよ」

(十年以上前からある技術なんだけどな……)


 普段全くゲームをしない人間でも、なんとなく知っていそうなものだが、桜井にとっては未知との遭遇のようだ。

 自分が開発した技術というわけでもないのに、なんとなく嬉しそうな糸井。

 そろそろ、自分も桜井に惹かれているという自覚を持ってもいいと思うのだが、いつまで目を背けるのだろうか。


「これね、このゲームね、体感ゲームがニ十個以上詰まってるらしいよ」

「……それは面白そうですね」

「で、これは自分でゲームを作れるゲームらしいよ」

「……それは難しそうですね。覚えることも多そうですし」

「これはスポーツができるみたいだよ。コントローラーを振って操作するんだって」

「……できれば土日にやりたいですね」


 パッケージの表を糸井に見せながら、裏の説明文を読む桜井。

 誕生日にゲームを買ってもらった時のことを思い出し、ノスタルジーな気持ちに浸りながら調理を進める。

 作業を妨害されても不快な気持ちにならないあたり、良好な関係と言えるだろう。


「喉詰まりますよ?」


 よほどゲームがやりたいのか、いつもの倍以上の速度で食事をかきこむ桜井。

 下品な所作ではあるが、出会った当初の不愛想さを知っている糸井からすれば、愛おしく見える。


「もう詰まってる」


 胸をドンドンと叩いて、苦しみから逃れようとする桜井。

 貧乳とはいえ、女性がこの動作をするのは痛そうだ。


(これワンチャン……いや、さすがにまずいか)


 一瞬、謀殺という物騒な二文字が脳裏をよぎったが、大人しくお茶を差し出す。

 間一髪、一命をとりとめた桜井を尻目に、糸井も食事のペースをあげる。桜井より早く食事を終えないと、何を言われるかわかったものではないからだ。

 奴隷根性が身についてきたようでなによりだが、それは杞憂と言わざるをえない。

 なぜなら、糸井が食事をしているところを眺めるだけで幸せな段階まで、好感度が上がりきっているからだ。


「皿洗いは明日の朝でいいから、早くしよ?」

(出社前にやれと……? まあ、やるけどさ)


 代わるという選択肢がない桜井は論外として、大人しく従う糸井も大概だろう。もうヒモになったほうが幸せではないだろうか。


「これは……恥ずかしいですね」

「いいから、もっと激しく動いて」

「腰にきそうですね」

「お風呂前だから汗かいてもいいでしょ」


 誓って卑猥なことはしていない。体感ゲームに勤しんでいるだけだ。

 一軒家というのもあって、時間も忘れて楽しむ二人。

 翌日、お互い全身筋肉痛になったことは、言うまでもないだろう。

 同様に、糸井が寝不足と疲労で遅刻したことも、言う必要はないだろう。

 前回の女子トイレ軟禁事件に伴う欠勤に続き、今回の遅刻。着々とヒモに近づいているわけだが、そのことに気付いているのだろうか。

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