第19話 懐ノーダメのプレゼント

「さ、さすがに重いですね」


 あれよこれよと三十冊ほど小説を購入した桜井。重さにして五キロほどだろうか。

 運ぶのは当然、糸井。リュックならまだしも、紙袋で五キロは中々辛い。


「もうちょっとカッコつけたら?」


 翻訳する必要はないと思うが、念のためしておくと『男なんだから黙って持て』という意味だ。


(占いリセマラのためとはいえキツいな……金ないから仕方ないんだけど)


 『この女と結婚するヤツは大変だな』などと考えながら、必死に荷物を運ぶ。

 いつまで他人事でいられるのか見ものだ。


(それにしても、なんで旅行雑誌まで買ったんだ? 一人旅とかすんのか? 出張占い師みたいな感じで)


 自分がお供することになるとは、夢にも思っていない糸井。

 ここまで鈍感だと、桜井のような強引な女性がお似合いに見えてくる。


「次は服だね」


 次の目的地を聞いて絶望する糸井。

 偏見かもしれないが、女性の服選びは時間がかかる傾向がある。


(先に服でよかったろ……こんな重いもん持って服選びって……)


 現時点で指が悲鳴をあげている。

 せめて持ち替えたいが桜井に腕を組まれているため、それもかなわない。


「私は服なんてよくわからないからね。アナタに期待してる」

「いや、俺も女性物なんてわかりませんよ」

「わからなくていい。アナタが可愛いと思う物、似合うと思う物でいい」


 糸井は気付いているのだろうか。

 いかにファッションに無頓着な女性とはいえ、相手に委ねるなんて普通はしない。

 特別な相手、特別な異性だと認められているわけだが、そのことに気付いているのだろうか。


(めんどくせぇ……どうせ何選んでも文句言うんだろ)


 全く気付いていない。ドン引きするくらい気付いていない。

 すでにお泊りを経験しているので、服を選ぶぐらいで今更何も感じないといったところだろうか。


「試着するから待ってて」


 服に対して本当にこだわりがないらしく、糸井が適当に選んだ服をなんの疑いもなく試着室まで持っていく。

 この隙を逃すまいと、本を持つ手を入れ替える。


(指がちぎれるかと思った……バネ指になったらどうすんだよ)


 恨めしそうに紙袋の中を覗き込む。

 なぜ一ミリも興味が無い本を、手を痛めてまで運ばなければならないのか。

 持ち運びだけでも相当辛いが、この後強制的に読まされるというのも辛い。


(一冊読むのにどれだけかかるんだ? 仮に一日一冊でも一ヶ月? いや、仕事もあるから、その倍はかかるか?)


 なんとか読まずにすむ方法はないものかと思案に暮れていると、試着を済ませた桜井がカーテンを開ける。


「お待たせ。どう?」

「とてもよくお似合いです」


 言葉を選ぶのも面倒なので、店員のような定型文で返す。


「可愛い?」

「ええ、とても」


 これに関してはお世辞抜きだ。似合っているというのはお世辞だが、可愛いのは事実。この人間性で容姿に恵まれているのは腹立たしいが、事実は事実。


「じゃあ、これは買い。他のも試す」

(重いから早くしてくんねーかな……)


 桜井がお披露目して、糸井が褒めちぎる。さながらライン作業である。褒め方は毎回若干違うが、結局のところ『可愛い』と言っているだけにすぎない。

 その茶番とも言える単純作業が十着目に差し掛かった時、桜井から待ったが入る。


「適当言ってない?」


 何を着ても可愛いと言われるので、そろそろ不安になってきたらしい。

 さすがというべきか、糸井はこの事態を想定していたので、返答は用意済みだ。


「何を着ても可愛いんですよ。本人が可愛いですから」


 汎用台詞とも言える程ありきたりなフレーズだが、桜井には特効だ。他の女性ならまだしも、桜井相手ならこれでなんとかなる。糸井はそれを良く理解しているのだ。


「そこまで言うなら全部買う」


 糸井と顔を合わせず、そのままレジに向かう桜井。

 嬉しさのあまり想い人に見せられない表情をしているのだが、そのことに気付いていない糸井は、『腕組んだままレジに行かなくて助かったわ』と呑気なことを考えている。好感度が危険レベルに一歩近づいたというのに、能天気なものだ。


「じゃあ、次はアナタの服を選んであげる」

「いや、お金ないですし……」

「買ってあげる」

(あれ? 昼飯の時も思ったけど、俺ってリセマラをお願いしてる側だよな? 本は桜井自身も欲しがってるヤツだからわかるけど、服って完全に俺が得してるんじゃ)


 本来はお金を払う側の自分がなぜ貢がれているのか、理解できない糸井。

 桜井の中で相思相愛ということになっているという事実さえ知っていれば、ヒモにされかけていると気付けただろう。


(金を持て余してんのかな。まあ読書って洋書とか絶版本とかにこだわらなきゃ、そこまでお金かからんだろうしな)


 本当に能天気なものだ。お金の力で囲いこまれようとしているというのに。


「未来さん、さすがにこれ以上は持てませんよ」


 服を見繕ってもらった後は、生活用品や雑貨を買いあさった。

 桜井に意見するのは恐ろしいが、片腕しか使えないので仕方がない。


「わかった。でも最後に一つだけ」

「なんでしょうか? 重たいのは厳しいですよ。腕を組まなきゃ可能……」

「軽い。だから組んで」

(なぜそこまでして腕を組むんだ? 腕を組まなきゃ荷物を全部押し付けられるというのに、なぜ自分で小物を運んでまで……)


 ここまでくると、逆に問いたくなる。なぜ気付かないのだろうか。


(ん? ゲーセン……?)


 連れられたのは、ショッピングモール内にある子供用のゲームセンター。

 そこにあるのは、ちゃちなメダルゲームとクレーンゲームのみ。

 メダルゲームコーナーは子供さえ寄り付かないほど粗末なもので、大型のプッシャーやパチンコなどは置いていない。

 置いてあるのは、ボタンを押すだけのちゃちな運ゲーのみ。にも関わらず、貸出メダルは千円で百枚という強気な値段。いっそのこと撤去して、クレーンゲームを増やしたほうが賢明ではないだろうか。


(俺の地元よりひでぇな……景品も三世代ぐらい前じゃね?)


 プライズ事情に疎い糸井でも、流行りを過ぎているとわかるラインナップ。

 苦笑いを堪える糸井とは対照的に、目を輝かせる桜井。

 言うまでもないが、目の輝きは糸井にしかわからない。


「取って、これ」

「え、ああ、わかりました」


 小銭を数枚差し出し、景品を取ってくれとおねだりする桜井。

 熊をモチーフにしたキャラのぬいぐるみだが、知名度は皆無。糸井は勿論、おねだりしてる張本人さえ知らないキャラだ。

 

(意外とぬいぐるみが好きなのか? 俺の記憶が確かなら、あの家には一つもなかったと思うが……)


 期待の眼差しを背に受けながら、操作に集中する。

 難易度自体は大したことないが、背中に刺さる視線が焦燥感を煽る。


(そんなに欲しいのか? 後ろを見ずとも、ソワソワしてるのが伝わってくるぞ)


 もはや説明するまでもないが、桜井はぬいぐるみそのものに興味はない。

 恋人が自分のためにぬいぐるみを取ろうとしている、というシチュエーションそのものに、ときめいているのだ。


「惜しかったよ。頑張って」


 口ではこう言っているが、この手のゲームに明るくない桜井は、本当に惜しいかどうか判断できない。

 恋人を応援するというシチュエーションを体験したい。ただそれだけだ。


(プレッシャーかけて楽しいのかよ……汗かいてきたぞ)


 しおらしい乙女心など微塵も理解せず、悪意として受け取る糸井。

 別に糸井が穿った見方をする人間というわけではない。

 これまでのやりとりから、まともな女性ではないと判断しているのだ。

 オオカミ少年と同じで、一度貼られたレッテルに引っ張られるのは当然のこと。それにしたって鈍感だが。


(高校生の頃、憧れたなぁ。女の子のためにぬいぐるみ取ってあげるの)


 非モテの虚しい妄想が実現したというのに、気分が晴れない。

 代わってほしい人がいるなら、是非とも代わってあげたい。そんな失礼なことを考えるぐらい、このシチュエーションに不満を抱いている。


(それにしても取れねえな……赤ん坊並の握力じゃねえか)


 メダルの価格設定で察する人は察するだろうが、異常なまでに設定がキツい。

 迷惑な配信者に拡散されかねないほど、悪質な設定だ。既に三千円は溶けている。


(天井が高すぎる……)


 現代人に説明する必要はないと思うが、天井と言うのは部屋の上部という意味ではなく、上限のことだ。

 確率機と呼ばれるタイプのクレーンゲームは、投入した金額が定められた金額を超えるとアームが強くなる。

 金さえつぎ込めば確実に取れるわけだが、タチの悪いことに法の縛りがない。

 極端な話だが、天井が一億円だとしても法的な問題はない。


(もう六千円だぞ? そろそろ殺されんじゃないか?)


 空調が利いているにも関わらず溢れ出る汗を拭いながら、タグにひっかけようと集中する糸井。

 保身のために必死になっているだけの話なのだが、何も知らなければ真剣な横顔に見えるだろう。

 何も知らない桜井は、その真剣な横顔を覗き込んで恍惚としている。


(見てる……めっちゃ見てる……怒ってるよ……)


 見られていることに気付かないフリをしながら、集中力を高める。

 よりいっそう険しくなった糸井を見て、桜井の視線がよりいっそう熱くなる。


(絶対バチグソにキレてる……そうだよな、もう七千円だもんな)


 否、金に糸目をつけない桜井は、全く怒ってなどいない。むしろ、プレゼントのために真剣になっていると、好意的な解釈をされている。

 結局のところ糸井の一人相撲、ただの杞憂だ。


「かっこいい……」


 糸井の焦燥感を自分への愛に変換し、うっかり心の声を漏らす。


(今なんて言った? 呪詛? 俺を呪い殺そうとしてる?)


 ここまできたら、いっそのこと呪い殺されればいい。


「ど、どうぞ」


 ようやく取れたぬいぐるみを、おそるおそる手渡す。


「ん……大事にする」

(よかった……怒ってない……)


 八千円近くつぎこんだというのにご満悦な桜井を見て、安堵する糸井。

 その安堵する糸井を見た桜井は、『私の笑顔が見れて喜んでる。本当に私のことが好きなんだ』と勝手に好感度を上昇させている。


(本当にその熊さんが好きなんだな……良かった、殴られるかと思った)


 そんなことを露知らず、身の安全が確保されたことをただ喜ぶ糸井。もう呪い殺されてほしい。

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