第7話 好奇心はサラリーマンをも殺す
糸井は再び自販機に向かう道すがら、占い師がどうやって生計を立てているかを推測してみた。
(このシャークトレードは……メソッドの一つか?)
シャークトレードをけしかけられるチャンスが頻繁にくるとは思えないし、収益も微々たるもの。メインとは考えにくいが、数多のメソッドの一つだと仮定すれば方向性がぼんやりと見えてくる。
(理由まではわからんが、こんな感じで直接金を要求せずに稼いでるのか?)
糸井の仮定が当たっているとすれば、占い師の手法はあまりにも回りくどい。
普通に金銭を要求したほうが利益としては大きく、反感を買うこともない。
脱税のためか、それとも営業許可の兼ね合いか。
一見どうでもいいが、糸井からすれば捨て置けない問題だ。
搦め手で金を搾取するのが主流ならば、気付かぬうちにハメられる恐れがある。
今回のように毎回軽傷で済む保証などどこにもない。
(四百円という金額に油断してはいけない……強制的に奪われたという事実を忘れないようにしなければ)
この一件についてもう少し考えたいところだが、タイムリミットがやってくる。
絶対に油断しないという決意を新たに、ジュースを献上する。
「お待たせいたしました」
占い師は一言も礼を言わず、献上品を手に取る。
そして、さも当然のようにがぶ飲みする。糸井の顔さえ見ずに、一心不乱に。
その淀みない動きは、買ってきた糸井本人さえも錯覚させた。占い師が持参したジュースだと。
(この人、どうやって生きてきたんだろ)
昔から性格が歪んでいたのだろうか。親や教師は何も言わなかったのだろうか。
容姿が良くて性格が最悪というのは、異性はともかく同性からは嫌われるのではないだろうか。気の許せる友人はいるのだろうか。いや、そもそも学校に通っていたのだろうか。
些か無礼な疑問が次から次へと湧いてくるが、ひとまず先ほど無視された質問を再び投げかける。
「あの、追加の占いというのは?」
質問に反応したのか一瞬糸井に目をやるも、何事もなかったかのように再びジュースを飲み始める。
言葉を交わさずとも糸井は察した。飲み終えるまでは答えてくれないだろうと。
(ここまで美点が見つからないヤツっているんだな……)
好意的に解釈するならば天衣無縫だが、現時点では荒唐無稽というほかない。特殊能力を持っていなければ、徹底的に関わりを避けるべきタイプだろう。
そう、どこぞの指を差してくるセールスマンのように、関わるだけ損なタイプだ。
「占いの結果通りのことが起きた」
「……?」
ジュースを飲み終えた占い師がようやく答えを返してくれたが、言葉が足りず、糸井は言葉の意味を理解できずにいる。
話の前置きだと解釈して口を挟まずに待機するも、占い師は口を閉ざしたまま動かない。
(ひょっとして会話のボールを俺が持ってるのか? 知らん間にパスきてたのか?)
占い師の表情や仕草を注意深く観察するも、話を続ける素振りがまるでない。かといって、こちらの発言を待っているようにも見えない。
補足説明を求めるべきだろうか? 催促だと解釈されて、理不尽な心証ダウンに繋がらないだろうか?
(本当になんなんだコイツは? やりづらすぎる!)
相手に喋らせない才能とでも言うべきだろうか。同じ国の言語を使っているにも関わらず、意思疎通に難がありすぎる。
これが本当のコミュ障というヤツなのだろうか。
無言の見つめ合いに痺れを切らしたのか、占い師が口を開く。
「貴方は……」
「は、はいっ」
何故、そこで発言をためるのか。やはり、相手に喋らせないことに関しては、天才なのだろうか?
だるまさんがころんだで「だるまさんがころん」でためるヤツと同じだ。そこで、ためられても、プレイヤーは動くに動けない。
「貴方は、喋るのが下手だね」
「こっ……」
さすがの糸井も一瞬、頭に血が昇り、過激なワードが飛び出しかける。一文字目で止めたのは、間違いなくファインプレーだろう。
この無神経な言動に、糸井が憤るのも無理はない。喋れない原因、雰囲気を作った側に口下手呼ばわりされるのは、腹立たしいことこの上ない。
自分のことを棚に上げているというのも、煽りポイントが高い。煽る意図がないというのも、絶妙にポイントが高い。
(ストレス社会を耐え抜く男をキレさせるとは……ただ者じゃないな)
この占い師が、ただ者じゃないことは先刻、承知済みだが、こんな形で再確認したくなかった。
「サラリーマンって、口下手でも務まるの?」
身を案じてくれているのだろうか。それとも、煽られているのだろうか。真意はさておき、受け取り手としては後者としか思えない。
心の中で「少なくともお前にゃ絶対に務まらねぇよ!」と毒づきながらも、大人の対応をする。
「すみません、緊張してまして」
この言い訳は、強ち嘘ではない。この女性は、ヒステリーに極めて近い性質を、持っているのだから。
「質問の答えになってない」
見事なまでのブーメラン。ツッコミ待ちなのだろうか? 怒られたいのだろうか?
アタリ屋の類と同じで、相手から金をふんだくるために、挑発して殴らせようとしているのだろうか?
(コイツは人を怒らせるとポイントが貰えるんだ。貯まるとお皿が貰えるんだ)
適当なキャラ設定を作りあげて、怒りを紛らわせる。古典的な方法ではあるが、これも立派な処世術である。今回の設定は、お世辞にも立派とは言い難いが、それはこの際どうでもいいことだ。
現実逃避と言われてもかまわない。いちいち憤るだけ無駄だと割り切らなければ、とてもじゃないが、やっていけない。
「貴女だって、イケメン相手だと緊張するでしょう? それと同じですよ」
セクハラ扱いされても面白くないので、遠回しに容姿を褒める。女性軽視と言われるかもしれないが、適当に褒めておけばなんとかなるものだ。
脂ぎった中年男性が同じ台詞を言えば、射殺許可が降りるかもしれない。だが、イケメンでもブ男でもない若者ならば問題はないはず。生粋の変人と言えど、人から褒められて悪い気はしないはずだ。
「意味がわからない。本当に口下手」
なんとかならなかったらしい。
占い師の読解力が低くて、意図が伝わらなかったのだろうか。それとも、単に人の心を持ち合わせていないのだろうか。照れ隠しだという可能性は、限りなくゼロに近いが、あるにはある。数学的には無視してもいいほどの確率だろうが。
(はいはい、お皿お皿。限定のお皿が欲しいんだろ?)
人の心を読む能力を持っていたらどうしよう。そんな一抹の不安を感じながらも、適当に受け流す。
このやりとりで、大人としての成長、人としての衰退を同時に実感する。総合的に見るとプラスなのか、マイナスなのか、それはわからない。
「ところで先程の、占いの結果通りになったというのは?」
中身がスカスカとはいえ、会話が続いているというのも事実。思い切って、先程の補足説明を求める。
少しばかり強引な話題転換だが、無言タイムに再び突入する前に切り込むのは、正解のはずだ。
「なんで、わからないの?」
(なんで、わかると思ったの?)
この占い師が上司じゃないことを、心の底から喜ぶ糸井。
コイツと比べれば、苦手な上司が可愛く思えてくる。顔も、声も、仕草さえも、全てに嫌悪感を催す程の中年男性だが、可愛く思えてくる。なんだったら、好きかもしれない。上司に好意を持っているかもしれない。
上司も自分のあずかり知らないところで相対的に評価が上がっているとは、夢にも思っていないだろう。
「小銭が無くて、ジュースが買えない未来が見えた」
相変わらず無表情だが、心なしか呆れ顔に見える。非常に腹立たしい態度だが、肝心なのは発言内容だ。
「えっと、さっきの件ですよね?」
念のために確認する。解釈が間違っていることを祈りながら。
「一から十まで言わなきゃいけないの?」
何故、普通に肯定できないのだろうか。余計なことを言わず、黙って首を縦に振ればいいものを。
その台詞は、八ぐらいまで丁寧に説明した人間の台詞だ。一のみ適当に説明しただけの人間が、使ってもいい台詞ではない。
(はいはい、お皿お皿、お皿が欲しいんだな。それとも、マグカップか?)
お得意の挑発をお得意の処世術で回避する。なんなのだろうか、この世界一くだらない攻防戦は。
話せば話す程、関わってはいけないタイプの人間だという確信が強まる。
今からでも関係を断ち切るべきなのだが、糸井にはそれができない。
占いという特殊能力に惹かれているのもあるが、それと同時に占い師自身にも惹かれている。
糸井自身無自覚なのだが、無個性な一般人との上辺だけの付き合いに飽きている糸井にとって、この占い師は魅力的なのだ。
能力とは無関係に、この最悪な人柄に惹かれている。いや、魅入られていると表現したほうが正確だろうか。
皮肉なことに、変人との関わりが少ないという幸運が、今まさに糸井を滅ぼそうとしている。
好奇心が強くなければ、変人を個性的な人だと受け入れる度量がなければ、危険な相手と距離をとる習慣があれば、たった一つでも該当していれば、糸井の人生が狂うこともなかっただろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます