第26話 真祖狼③

『グルルゥ……人間如きガッ‼』


 真祖狼リュカオンが咆哮を轟かせた。

 すると黒い神気が奴の腹部を覆い、みるみるうちに傷が再生していった。


「ちっ、面倒だな」

『グハはハはッ‼ この力があル限りオレは倒レんッ‼』


 真祖狼リュカオンは愉快そうに嗤うと、爆ぜるように距離を詰めてきた。

 振り下ろされる凶爪。俺は〝天脚〟を発動してそれを回避する。

 大地が抉られ、砕けた骨の破片が弾け飛ぶ。


『ちょこマかとッ……‼』


 攻撃を外したとわかるや否や、すぐに真祖狼リュカオンは俺の回避先を追ってきた。恐るべき反応速度だ。

 だが、奴の追撃はサイドから放たれた一閃によって阻まれた。


『あがッ……』


 脚力強化に神魔力を集中していたせいだろうか。

 奴は攻撃を防ぎきれず、その右腕が千切れ飛んだ。


「さっきのお返しよ」


 真祖狼リュカオンの右腕を斬り飛ばしたのは紅羽だった。

治癒エィル〟を受けて早々に戦線復帰した彼女は、その超越した身体能力を駆使し、食らいつくようにして渾身の一閃を放ったのだ。


 見れば左手に嵌めたガントレットから魔力が稲妻のように迸っている。

 どうやら途中で吸収した人狼たちの魔力を解放して威力を底上げしたようだ。

 ただ、そうだとしても神魔力を纏った魔獣の腕を落とすのは驚きだ。


『小娘ガァ……!!』


 真祖狼リュカオンは、憤怒の形相で紅羽を睨みつけると残った片方の手で掌底の形を作ると魔法陣を展開、青黒い炎球を放った。


「闇魔法⁉ ちっ、ただの脳筋じゃなかったのね」


 紅羽は炎を躱しつつ距離を取ると、刀を振って斬撃を放つ。


『ふンッ……こノ程度‼』


 しかし、威力が足りないのか、真祖狼リュカオンは飛来した剣気を残った片腕で羽虫でも払うような動作をして打ち消した。

 その僅かな合間、奴の腕に神魔力が纏わりついたかと思えば、あっという間に新たな腕が生えてきた。


『何という再生力だ……。これではまるでトロル……いや、それ以上ではないか⁉』

「はぁ⁉ 溜め込んでた魔力をフルに使って、やっと腕を落としたのに!」


 速すぎる再生速度に驚愕の声をあげるローザと、渾身の一撃が一瞬で無かった事にされて憤慨する紅羽。


『クハハハッ!! 貴様らデはオレを殺セん!!』


 神魔力による超速再生。


 俺が言うのもなんだが、厄介な能力だ。

 一撃で仕留めるか、もしくは相手の神魔力を超える神聖力で再生を阻害するか。

 基本的に倒し切るには、そのどちらかしかない。


「さっき言った事をもう忘れたのか?」


 また女神さまに借りを作ってしまうな。

 そんな事を思いながら神威を発動させた。


「──神衣纏雷メギンギャルズ


 冴え渡る五感。昂ぶる肉体。俺は聖剣を構えて一歩踏み出す。

 ただ、それだけだ。たった一歩で俺は真祖狼リュカオンとすれ違う。


『あァ……? 貴様、何を──』


 全てが終わってから真祖狼リュカオンは不思議そうな声を漏らした。

 しかし、既にもう手遅れだ。

 真祖狼リュカオンは何かを言いかけたが、その前に奴の首がごろりと落ちた。


 強い神聖を纏った一撃は、奴をこれ以上再生させることもない。

 何も理解できぬまま息絶えた真祖狼リュカオンは、灰となって崩れ落ち、その場には大粒の魔石だけが残された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る