第25話 真祖狼②

「かなり暗いわね」


 洞窟の中は月明かりが届かず、真っ暗だ。

 外は外で常に夜だが、そっちの方がまだマシだと思えるくらいには闇が広がっている。


「視界は大丈夫そうか?」

「問題ないわ。ふふん、S級覚醒者の五感を舐めないでよね」


 紅羽は自信満々に腕を組み、慎ましい胸を張った。

 なぜそんなに自慢げなのかはよくわからないが、支障がないなら何よりだ。

 

『私も大丈夫だ。闇は我々の領域だからな』


 流石は吸血鬼ヴァンパイアだけあって、ローザも暗所は問題なさそうだ。


「よし、それじゃ進もう。吸血鬼たちに与えた加護の効果時間もあるからな。のんびり探索はしてられないぞ」


 洞窟の外に耳を傾けると、戦闘音が響いている。

 ローザの配下たちは、上手い具合に人狼共を引き付けているようだ。

 だが、それが続くのも加護の効果が切れるまで。

 早々に親玉を討伐すべく、俺たちは洞窟の奥に向かって進んでいった。


 大半の人狼は迎撃のために屋外へ動員されたらしく、洞窟内はとても静かだった。

 とはいえ全て出払っているというわけではないようだ。

 途中で血牙人狼ブラッティ・ライカン氷毛人狼フロスト・ライカンといった上位種と遭遇するが、紅羽があっという間に片付けてしまった。


「ふふ、いい準備運動ね。もう少し出てこないかしら」


 刀にこびりついた血を毛皮で拭いながら、紅羽がとんでもないことを言う。


「相変わらず血気盛んな奴だな」

「別にいいでしょ。元々、魔獣を狩るために来たんだから」


 彼女はここ数日戦えていないことで鬱憤が溜まっていたらしく、人狼を見つけると誰よりも先に切りかかっていた。

 

『……味方で良かったとつくづく思うよ』


 後方からローザが、やや引き気味に呟いたのが聞こえた。


 立ちはだかる人狼を斬り捨てながら進むこと数十分。

 元々かなり広い洞窟だったが、その中でも一際広々とした空間に辿り着いた。

 足を踏み入れた瞬間に気になったのは、その臭いだ。腐臭と血生臭さが、そこら中にこびりついていた。


 見れば足元は骨だらけだ。

 その種類は様々で、中には人間と思しきものもあった。


『──ここマデ来たカ。貧弱な蝙蝠』


 骨の塚。その頂点に奴は鎮座していた。

 漆黒の体毛。通常の人狼の二周りはある巨体。

 獰猛さを秘めた金色の瞳が、俺たちの姿を写した。


真祖狼リュカオン……人狼の最上位種ね」


 真祖狼リュカオンか。確かS級の魔獣だったはずだ。

 同ランクである灼熱魔人ラヴァ・デビルの群れすら圧倒した俺たちの敵じゃない。

 ただし、それは通常の魔獣だったらの話だ。


「また神魔力か……」


 奴の身体に纏わりつく黒い神気。

 間違いない。こいつも邪神の恩寵を受けている。


「気をつけろ。こいつは普通の魔獣じゃない」

変異個体ユニークってこと?」

「似ているが別物だな」


 紅羽が言っているのは、高ランク帯で稀に出現する突然変異の魔獣の事だ。

 特殊な魔獣という意味では似ているが、全く異なるものだ。


『まさか人間と手を組厶とは。貴様も堕ちたモノだナ、吸血鬼の新たナ長よ』

『好きに言えばいい。我らが血族のためだ』


 真祖狼リュカオンの挑発に、そう切り返すローザ。その瞳には憎悪のような感情が籠もっていた。

 なぜ対立しているのか等は一切聞かなかったが、何やら因縁めいたものがあるみたいだな。


『そうカ。ククッ、だガ無意味だッタな。人間如キ、オレの敵では無イ』


 真祖狼リュカオンは嗤う。その直後に奴の姿が消えた。

 正確には驚くべき速度で疾駆したのだ。その衝撃で周囲の骨が爆ぜるように散る。

 このデタラメな身体能力は邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーの時と同じだった。


『オレの血肉とナれ……前の族長のようニナ‼』


 刹那の間にローザの前へ詰め寄る真祖狼リュカオン

 黒い邪気を纏った凶爪が彼女の喉元を狙う。


「──〝戦乙女の楯ヒルド〟」


 神魔力を宿した剛撃。だが、俺の神威がそれを弾いた。


『ア゛?』


 まさか弾かれるとは思っていなかったのか。

 真祖狼リュカオンから間抜けな声が漏れ出た。

 その隙に紅羽が回り込み、脇から首を狙って一閃を放つ。


『ふんッ……‼』

「硬っ……⁉」


 真祖狼リュカオンは腕を盾代わりにして剣撃を防いだ。

 神魔力に覆われて硬質化した腕は、紅羽の刀でも浅い切り傷をつけるのがやっとだった。


『お返しダ』

「あがっ……」


 神速で振るわれた剛腕が紅羽の胴体にめり込んだ。

 そのまま彼女は数十メートル吹き飛ばされ、乾いた音と共に骨の山へ突っ込んだ。


「紅羽……! ちっ、〝治癒エィル〟‼」


 咄嗟に〝守護ヴォルグ〟を発動させたので、恐らく死んではいないだろう。

 だが相当なダメージを負ったはずだ。俺は続けざまに〝治癒エィル〟を発動させた。


 その僅かな時間の間に、真祖狼リュカオンは間合いを詰めてきた。

 今度の標的は俺のようだ。神魔力を纏った凶爪が眼前へ飛び込んでくる。

 俺は剣でそれを受け流すと、そのまま流れるように脇腹を裂いた。


『がはァッ⁉』


 腹を裂かれた真祖狼リュカオンは、飛び退いて距離を取った。


『なゼ、斬れル……⁉』


 奴は深く裂かれた脇腹を抑え、信じられないといった様子で俺を見た。

 神の力は絶大だ。その一端を手にした事で自分が最強になった気でいたのだろう。


 そんな奴に俺は聖剣を突きつけた。


「──神の力を宿すのが自分だけだと思っていたのか?」

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