第23話 会議室
会議室の中央に設置された長方形の長机。
上座に座っているのはローザで、残りの席を数名の吸血鬼が埋めていた。
『来たか』
ローザが言うと、他の吸血鬼の視線が一斉に俺と紅羽へと向いた。
みんな昨日のメイド吸血鬼と同じ目だ。
害虫もしくは低俗な何かを見るような、そんな目つき。
「ふわぁ……こうも暗いと寝た気がしないわね」
そんな超絶アウェイな空間にも関わらず、紅羽は呑気に欠伸していた。
ある意味、相当な胆力だと思った。
『みんなに紹介しよう。彼らは私が雇った傭兵だ。此度の人狼との抗争で協力してくれることになった』
ざわめき立つ室内。彼女に向けられる奇異の視線。
しかし、予想通りの反応なのかローザは気にせず言葉を続けた。
『色々と思うところはあるかもしれないが、父上……いや、当主亡き今、我々だけで人狼どもを討つのは厳しい。それ故の判断だ。どうか理解してくれ』
ローザはアウェイな雰囲気に物怖じせず、俺たちと共闘する意思をハッキリと示した。
一同が沈黙する中、一人の吸血鬼が立ち上がり、机を拳で叩いた。
眼鏡を掛けた若い男性の吸血鬼だ。若いと言っても見た目の話だ。
吸血鬼は不老であるため実年齢はわからない。
『戦力が不足していることは認めますが、よりにもよってこのような劣等種と手を組むなど論外です! ヴァルク家の汚点でしかありませんッ!』
『セリックか……お前の言いたいことはよくわかる』
『ならば……!』
『だが、これは私の……ヴァルク家の次期当主──ローザ・ド・ヴァルクとしての決定だ。撤回するつもりはない』
ローザは目を細め、語気を強めて言った。
『くっ……』
彼女の言葉を受けて、セリックと呼ばれた吸血鬼は押し黙った。
しかし、その顔には不満が滲んだままだった。
『他に意見がある者は?』
ローザが一同に向けて問いかけるが、あくまで建前だ。
先ほどセリックに対して宣言した通り、彼女は意見を変えるつもりがない。
他の吸血鬼はそれを理解しているようで何も言わなかった。
『では本題に移ろう。この者たちはかなり腕が立つ。
ローザの言葉で、またもや吸血鬼たちがざわついた。
『
『もし事実なら、ローザさまの言う通りだ。人狼どもを駆逐する強力な手札になるぞ』
配下の吸血鬼たちが驚くのは当然だろう。
吸血鬼にとって人狼は同格の相手だ。その上位種を一撃で倒すなんて、彼らからすればとんでもないことなのだ。
『そこでだ。近い内に人狼どもの寝蔵に攻め込もうと思う』
『ほ、本気ですか? そこの人間が強いのは理解しましたが、ローザさまの覚醒を待ってからでもよいのでは? 彼らがいれば城の守りも万全でしょうに』
配下の吸血鬼が意見するが、ローザは首を横に振った。
『そこを逆手に取るのだ。奴らは私が不完全だと知って攻め手を強めている。その状況から、まさか攻勢に転じてくるとは夢にも思うまい』
「いいんじゃないか? 雇われの身としては早々に仕事が終わる方が助かる」
ローザの作戦は素直に良いと思った。
俺たちS級覚醒者という強力な手札があるなら、相手がこちらの戦力を過小評価している今こそが攻め崩す絶好の機会だろう。
『ですが、人狼どもを倒した後の事はどうするのですか⁉ この劣等種どもが裏切らない保証はありません! その点を考慮すればローザさまが覚醒するのを待つべきかと!』
またもや意見したのはセリックだ。
自らの意見こそが正しいとばかりに語気を強めるが、紅羽がそれを鼻で笑った。
「馬鹿ね。そんなつもりがあるなら最初に殺してるわよ」
『ば、馬鹿だと……⁉ 貴様、この私を愚弄するつもりか⁉』
馬鹿にされたのがよっぽど気に入らなかったのか、息を荒くするセリック。
そんな彼をローザはやれやれといった様子で窘めた。
『落ち着け、セリック。論点はそこじゃないだろう』
『ぐ……。し、しかし』
『……それに彼女の言う通りだ。我々を殺すつもりなら、わざわざ協力者を装う必要がない。それほどまでに彼らは強いのだ』
「何なら契約魔法の条件を追加しようか? 抗争が終結した後も一定期間は敵対行動を取らないってさ」
『うぐぐ……』
それでもセリックが納得する気配はない。
恐らく理屈は理解しているのだろうが、もはや後に引けないといった様子だった。
『ぐっ、私は認めないからな!』
セリックは俺に向かって吐き捨てるように言うと、そのまま会議室を出て行ってしまった。
『はぁ……他に意見はあるか? 無ければ二日後──半月の日に犬どもを叩く。詳細は追って連絡する。……以上だ』
セリックの行動に嘆息しつつも、ローザは今後の方針を端的に伝えた。
そのまま会議は終了となり、吸血鬼たちは各々の仕事に戻っていった。
『……悪かったな』
俺たちだけになったところで、ローザがぽつりと謝罪の言葉を吐露した。
「気にしないでくれ。むしろ正常な反応だろう」
『そう言ってくれると助かる。しかし、不思議なものだな。以前は私も人間を見下していたはずなのだが、今はとても心強く感じている』
きっと俺の持つ加護のせいだと思う。
これは推察だが、俺に対する敵対心が高いほど効果が大きい気がする。
悪人を改心させるのもまた、宗教の役割だからな。
「ローザが友好的なのは助かるけど、思った以上に配下の忠誠心が低いわね」
『……元々は父上の眷属だからな。力不足な私を、まだ誰も当主と認めていないのだ』
「なるほど、それで統制が取れていないのか」
ローザの説明を聞いて、色々と不可解に感じていた点が少し解消された。
独断で俺たちの暗殺を目論むメイド吸血鬼。
当主の方針に真っ向から対立するセリック。
彼らの身勝手な行動は、彼女を当主と認めていないが故にというわけか
「ちなみに裏切られる可能性は?」
『少なくとも私が後ろから刺されることはない。我ら吸血鬼には〝血の盟約〟というものがあってだな。眷属は主を手にかけることができないのだ』
血の盟約……魔法契約の一種か。
それなら不満を抱いた配下に反逆される心配はなさそうだ。
もっとも、ちゃんと指示に従うかは微妙だが。
『さて、そろそろ私も執務室に戻ろう。攻撃は明後日だ。それまでゆっくりしてくれ』
「あぁ、わかった」
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