第21話 ローザ・ド・ヴァルク

「〝天脚セプトリューズ〟」


 俺は神威を発動させ、1匹の魔銀人狼ライカンスロープを斬り伏せる。

 それが口火となって戦闘が始まった。


 一斉に飛びかかってくる魔銀人狼ライカンスロープたち。

 鋭利な爪による攻撃を掻い潜りながら、一匹、また一匹と確実に切り倒していく。

 A級魔獣である魔銀人狼ライカンスロープの身体能力は決して低くないが、天脚セプトリューズを発動中の俺に攻撃を当てられるほどではない。


『ガルルルルッ……!』


 残す敵は血牙人狼ブラッディ・ライカン1匹のみとなった。

 あっという間に部下をやられた血牙人狼ブラッディ・ライカンは、体毛を赤黒く変色させて臨戦態勢を取った。だが──


「【菊華閃】ッ!」


 後方から飛来した無数の斬撃によって、血牙人狼ブラッディ・ライカンはバラバラに斬り裂かれてしまった。


「……ったく。あたしを置いていかないでよね」


 ボトボトと音を立てて地に落ちていく四肢。

 その向こう側から紅羽が不満げな表情でやってきた。


「悪い。交渉ってのは勢いが大事だからさ。お陰で上手くいっただろ?」


 俺はそれっぽく弁解しつつ、女型の吸血鬼を視線で指した。

 神威による契約を交わして、彼女には雇い主となってもらった。

 これで俺たちは彼女に雇われた傭兵という形で、堂々と抗争に参戦できるわけだ。

 自分でも驚くほど理想的な形で、吸血鬼との接点ができた。


血牙人狼ブラッディ・ライカンを一撃で……』


 そんな彼女は、俺たちの強さに圧倒されたのか驚愕の表情で人狼の亡骸を見つめていた。


「彼女が雇い主だ。俺たちは傭兵として吸血鬼に手を貸す。それで課題はクリアだ」

「でも大丈夫なの? 何か魔法を使っていたのは見てたけど」

「ああ、少なくとも彼女に裏切られることはない」


契約の箱アーク〟によって交わされた契約は絶対だ。

 神の制約が働き、契約を反故にするような行動そのものが制限されるのだから。


「それじゃ改めて自己紹介をしよう。俺は三神刀夜。見ての通り人間だ。こっちは……」

「……紅羽燐華よ。よろしくね、さん」


 自己紹介と共に、俺は右手を差し出した。


『あ、あぁ……。私の名はローザ……ローザ・ド・ヴァルク。始祖の系譜──ヴァルク家の次期当主だ』


 ローザと名乗った金髪の吸血鬼は、少し戸惑うような様子を見せつつも握手に応じた。


 ◇


 俺たちはローザの根城に向かう事にした。

 そこは断崖絶壁に建つ古城で、いかにも吸血鬼の棲家といった雰囲気だった。


『こっちだ』


 城門を抜け、居館に設けられた客室に通された。

 警備をしていた吸血鬼たちから冷ややかな目を向けられるが、次期当主というローザの立場は本物らしく、特に何も言ってこなかった。


『はぁ、いったい私は何をしているんだ。成り行きとはいえ人間と手を組むなんて……』


 真紅のソファに腰を落とすと、ローザはどっと疲れた表情を見せた。

 とんでもないことをしてしまった。そんな心境が、そのまま顔に書いてあった。


「もっと割り切って考えればいいさ。俺たちは単なる傭兵なんだから」

「そうよ。あたしたちもビジネス以上の関係は求めてないし」

『……今はそれで納得するしかないか。それで、肝心の対価だが貴様らはいったい何を望む?』

「換金できるものなら何でもいい。紅羽もそれでいいだろ?」

「えぇ、別に問題ないわ」


 俺が同意を求めると、紅羽もうんうんと頷いた。

 ま、本来の目的は金じゃないしな。ぶっちゃけ報酬なんて何でもいいのだ。


『なら魔導具アーティファクトはどうだ? 貴様らに面と向かって言うのは少し気が引けるが、その、が身に着けていた魔導具アーティファクトがたくさん保管されているんだ。我々は使わないから好きなだけ持っていけばいい』


 ローザはこちらの顔色を伺うように答えた。

 プライドが高いと噂の吸血鬼にしては、幾分か控えめな言い方だな。

 恐らく俺たちの強さを間近で見ている分、逆鱗に触れないかを心配しているんだろう。


「それで構わない」


 犠牲者の遺品であるというところには触れず、俺はその条件で了承した。

 思うところが無いと言えば嘘になるが、今はS級異界を攻略する事が最優先だ。

 一時の感情に流されない。これも神輝兵になって学んだことの一つだ。


「報酬の話も纏まったことだし、次は抗争に関してだな。戦況はどうなんだ?」

『正直よくないな。あの犬どもめ、妙に利口になったようだ』

「どういう意味だ?」

『……元々、人狼は群れを作らない魔獣だ。縄張り意識が強いからな。だが、ここ最近は徒党を組むようになった。それ以外に待ち伏せや奇襲など、戦略的な動きも目立つ』

「それがさっきの状況ってわけね」

『ああ、その通りだ。全く忌々しい犬どもめ……どうやら私が血統に覚醒する前に叩きたいらしい』


 ローザは吐き捨てるように言うと、歯痒そうに自分の爪を噛んだ。


「その血統の覚醒ってのは何なんだ?」

『……始祖の血に目覚めることだ。私のような始祖に連なる者ノーブル・ヴァンパイアは、成熟して始祖の血に覚醒するまでは不完全な状態なんだ』


 つまり、彼女は種族特性上、本領を発揮できないというわけか。

 上級吸血鬼にしては魔力が低いと思っていたが、そんな制約があったとは。


「ま、あんたの現状がどうだろうと関係ないわよ。あたしたちが手を貸すんだから勝利は間違いないわ」


 紅羽はそう断言すると、ふふんと慎ましい胸を張った。

 彼女の言う通り、俺たちが負けることはほぼ無いと言っても過言ではない。

 人狼の中にはS級の上位種が存在するが、それがもし向こうの陣営にいたとしてもだ。


(だが、ローザの話も少し気になるな)


 急な人狼たちの行動変化。その内容からして、何かが奴らを指揮しているように思えた。

 とはいえ、今は考えたところで何も出てこない。

 ひとまずはローザと行動を共にして、人狼を相手していくしか無さそうだ。


『ひとまず今日のところはゆっくり休むがいい。メイドたちには私から伝えておく』


 ローザに促された事もあり、一旦俺たちは彼女の城で休む事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る