第19話 聖剣

 燃え盛る悪魔──灼熱魔人ラヴァ・デビル

 岩石のような硬質の皮膚に覆われた悪魔種の魔獣だ。

 その煤のように黒い身体には溶岩の血が駆け巡り、この暗黒の世界で鼓動の如く明滅していた。


「この数が相手だが大丈夫か?」


 俺は隣にいる紅羽に尋ねた。

 課題では雑魚敵かのように扱われているが、れっきとしたS級魔獣である。

 高い耐久力と悪魔種特有の豊富な魔力を有し、灼熱を自在に操る獄炎の悪魔。

 A級以下の覚醒者では一体倒すのも苦労すると聞く。

 そんな上級悪魔が、群れとなって俺たちの周囲を取り囲んでいた。


「病院の件を言ってるなら心配いらないわ。あの時は緊急で用意できなかったけど、今はがあるもの」


 紅羽は見せつけるように左腕を持ち上げた。

 その手に嵌められたガントレットから、ただならぬ魔力を感じ取った。

 ソイツがもたらす能力は不明だが、相当な力を持つ魔導具アーティファクトに違いない。


「そうか。なら紅羽は反対側を頼む」

「ええ、わかったわ」


 半分を紅羽に任せ、俺は〝天脚セプトリューズ〟を発動させた。

 これは一時的に脚力を強化する神威だ。

 効果時間は短いが、単純な速度強化だけなら〝神衣纏雷メギンギャルズ〟すら凌駕する。


「まずは1匹」


 俺は雷閃の如き速度で灼熱魔人ラヴァ・デビルに詰め寄ると、その黒い身体をバターのように斬り裂いた。

 派手に飛び散った体液が空気に触れて発火したが問題ない。羽織った聖装具レリックが、灼熱の返り血から守ってくれるからだ。


「……2匹目」


 そのままの勢いで俺は2体目に急接近。斜め下から胴体を斬り上げた。


『グゴオォォォッ‼』


 地響きのような唸り声。

 見れば何体かの灼熱魔人ラヴァ・デビルが飛翔して、魔法陣を展開していた。


 みるみるうちに集約していく魔力。

 その次の瞬間には、炎の槍が雨のように降り注いだ。


「ちっ、魔法攻撃か。あまり女神さまに借りは作りたくないんだがな」


 結界を張れば防ぐのは容易だ。

 しかし、こんな序盤の相手に神聖力を大量消費するような神威は使いたくない。


「〝天脚セプトリューズ〟」


 そう考えた俺は、全て回避することにした。

 隕石のように降り注ぐ炎槍。それらを圧倒的な速度で躱し、俺は高く跳躍する。


 そして聖剣が持つ能力を解放した。


「魔を滅ぼせ──〝  〟」


 詠唱と共に光り輝く刀身。宿すは魔を滅ぼす光の剣気。

 それを飛翔する灼熱魔人ラヴァ・デビルに向けて横薙ぎに放つ。

 光の奔流に飲み込まれた悪魔の群れは、次々と爆散していった。


 発動時に呟いたのは神の言語だ。

 ただし、俺も理解はしていない。というより人の魂では理解できない。

 能力を解放するためのとして、発声だけを真似たものだ。


 不完全な言語。それで発揮できる力は、せいぜい20パーセントくらいだろう。

 それでも、この悪魔の群れを屠るには十分だった。



 受け持った分の掃討を終えた俺は、紅羽の様子を確認する事にした。


(加勢はいらないか。あいつの性格なら下手に手を出さない方がいいだろうな)


 見たところ、苦戦はしてないようだ。

 派手な範囲攻撃で一掃とまではいかないが、持ち前の剣技を駆使して悪魔を着実に葬っていた。


(あのガントレット、敵の魔力を吸収してるのか)


 彼女が灼熱魔人ラヴァ・デビルを斬り伏せる度に、魔力がガントレットに流れ込んでいくのが視える。同時に彼女の魔力が増幅されていくのを感じ取った。

 どうやらアレは敵を倒せば倒すほど強化されていく類の魔導具アーティファクトのようだ。

 その後、残りの悪魔を一掃するまで様子を見ていたが、最終的に彼女の速度は〝天脚セプトリューズ〟を使用した俺と同程度にまで上昇していた。


「ふふん、どう? これがあたしの本気よ!」

「ああ、凄いな。大群が相手なら無敵かもな」

「でしょ? この状態であんたと戦えたら最高なんだけどね」


 納刀しながら笑顔で物騒な事を言い始める紅羽。


「……まさか異界の中で戦おうなんて言い出さないよな?」

「流石にここでそんな事しないわよ。やるとしたらA級異界ね」


 A級ならやるのか……。どれだけ俺と戦いたいんだ。

 あまりに好戦的な彼女に半ば呆れていると、急に周囲の魔力が動き始めた。

 流れる魔力は一箇所に収縮していき、しばらくすると空間の裂け目が出現した。


異界ゲートの中に異界ゲート?」

「正確には次の階層に行くための裂け目よ。さっ、次行くわよ」

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