第18話 特異界

 郊外にひっそりと佇む廃工場が、例のS級異界ゲートの発生した場所だ。

 元々は機械や運搬車両の搬入口として使われていたであろう箇所。

 そこに浮かび上がるのは、踏み入れた者を異なる次元へと誘う黒い亀裂だった。


「やっと来たわね」

「悪い。待たせたな」


 亀裂の前で待ち構えていたのは、腰に刀を携えた赤髪の少女──紅羽だ。

 俺をS級異界へ誘った張本人であり、今日の攻略のパートナーでもあった。


「今日はいつもと違うんだな」


 紅羽の格好を見ると、見慣れない装備を身に着けていた。

 異界崩壊ゲートブレイクの時には一切防具をつけていなかった彼女。

 しかし、今日に限っては左腕に赤と黒のガントレットを嵌めていた。

 他にも首飾りや腕輪を装着しているが、魔力を感じるところを見ると全て魔導具アーティファクトのようだ。

 

「流石に魔導具アーティファクト無しじゃS級異界は厳しいもの。そういうあんただって今日はいつもと違うじゃない?」


 紅羽が言っているのは、俺の服装の事だろう。

 今日、俺が羽織ってきたのは白を基調としたレザーコートだ。

 袖や裾、開き襟の部分には金色でゴシックな模様が刻まれており、清廉かつ華やかなデザインとなっていた。


「ああ、俺も念の為にと思ってな」

 

 無論、これは聖装具レリックと呼ばれる神界の防具である。

 舞台衣装のような見た目に反して防御性能は凄まじく、紅羽の斬撃程度なら数百回以上は耐えられる優れものだ。

 これなら俺の肉体的なハンデを十分に補ってくれる事だろう。


「お互い準備は万端ってわけね。それじゃ行くわよ」

「あぁ」


 紅羽はそう言うと先に異界へ入っていった。

 俺も彼女の後を追って亀裂に足を踏み入れた。


「ここがS級異界か。なかなかに禍々しい雰囲気だな」


 中に入って目に飛び込んできたのは、燃え盛る溶岩と瘴気に包まれた暗黒の大地だった。

 暗雲に覆われた空。大地の至るところから噴き出す溶岩。

 陽光も、草木も何も無い。

 あるのは黒い岩石と灼熱と硝煙、そして瘴気だけ。

 ここはまるで──


「──まさに魔境って感じね」

「奇遇だな。俺も同じ事を言おうと思っていた」


 魔境という言葉は、この場所を言い表すのにぴったりだった。


『第一階層──灼熱魔人ラヴァ・デビルを50体討伐してください』


 突然、俺の目の前にメッセージが表示された。

 見慣れない半透明のウィンドウは、まるでVRゲームのアナウンスのようだ。


「紅羽。これは何だ?」

特異界シンギュラリティ・ゲートね……これは面倒なのを引いたわ」

特異界シンギュラリティ・ゲート?」

「あんた、まさか知らないの?」


 俺が疑問を返すと、紅羽は驚いたような顔を見せた。

 そんな異界ゲートが存在するとは初耳だ。

 とはいえ、俺の知識はF級で手に入る範囲だからな。

 元からS級である紅羽とは情報量にギャップがありそうだ。


「聞いたこともないな。俺が元々F級だったのは知ってるだろ?」

「それもそっか……。特異界シンギュラリティ・ゲートってのはA級以上で稀に発生する特殊な異界ゲートの事よ。見ての通り、来訪者に様々なミッションを与えてくるの。それこそゲームみたいにね」

「なるほどな」


 要するにクエストのようなものか。

 そう言えば神輝兵時代に似たようなものを見たことがあるな。

 あれは女神さまが異世界に与えた恩寵の一つだったが、こちらはどうなんだろうか。

 ……案外、邪神の遊び心だったりしてな。


特異界シンギュラリティ・ゲートの厄介なところは、異界の主ゲート・キーパーに辿り着くためには課題をクリアするしかないのよね。ゲームと違ってショートカットはできないわ」

「ってことは灼熱魔人ラヴァ・デビルを50体か。確かに面倒だな……」

「でしょ? でも、ちょうど良かったわね。あっちから来てくれるみたいよ?」


 そう告げる彼女の視線の先には、溶岩から這い上がってくる無数の悪魔の姿があった。

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