第15話 模擬戦

 得物を抜いて、すっかりやる気満々の紅羽。

 突きつけられた刀を見て、俺は少し考えた。


(この剣じゃ少し厳しいな)


 彼女が持つ刀は相当な業物だ。

 俺の中古の剣では受けることもままならず、あっという間に断ち切られてしまう事だろう。


(なぁ、女神さま)

『はいはーい! 何ですかっ⁉ 出番ですかっ⁉』

(やけに嬉しそうだな……まぁいいや。俺の〝倉庫〟はまだ残ってるか?)

『もちろんありますよぉ! もそのままですぅ』


 それを聞いて俺は安心した。

 この安っぽい剣で戦わずに済みそうだ。


「何してるの? 早く剣を抜きなさいよ」

「悪い。ちょっと確認してた」


 俺は端的に答えると、神威を発動させた。


「少し待ってくれ──〝神の手アルマ〟」


 神聖力を帯びた俺の右腕。

 それを、そのまま目の前のへと差し入れた。


「収納魔法……?」

「まぁ、そんなところだ。確かこの辺に……お、あったあった」


 愕然とする紅羽に適当な返事を返しつつ、俺は目当ての物を倉庫から引き抜いた。


「やっぱり使い慣れた武器じゃないとな」


 俺が取り出したのは美しい装飾が施された宝剣だった。


 これは俺が神輝兵の頃に愛用していた剣だ。

 その見た目の華やかさから儀礼用にも思えるが、これでも立派な兵器だ。

 なにせ、こいつは神剣に次ぐ性能を誇る剣──聖剣と呼ばれる代物だからな。


「……そんな玩具みたいな剣であたしに勝てると思ってるわけ?」

「手を抜いてるように見えるか? 見た目に反して良い剣なんだけどな」

「そう。なら遠慮なくいかせてもらうわ!」


 紅羽はそう告げると、刀を構える。

 次の瞬間、彼女の姿が目の前から消えた。


 膨大な魔力によって極限まで強化された身体能力。

 そこから放たれる神速の一閃を、俺は剣で受け止めた。

 刃がぶつかり合う衝撃によって室内の空気が揺さぶられ、轟音が鳴り響いた。


「ふん、やるじゃない」

「今、本気で首を落としに来てただろ。俺が提案したのは模擬戦だったんだけどな」

「別にあれくらいじゃ死なないでしょ?」

「物騒な奴だな……」

「それだけ評価してるってことよ。ありがたく思いなさいっ!」


 こんな会話を繰り広げている間にも剣戟は続く。

 首。心臓。眼球。紅羽の繰り出す剣閃は高速かつ正確無比。

 その全てが的確に急所を狙った必死の一撃だった。

 模擬戦だっていうのに、こうも殺意に満ちてると何だか複雑な気分だ。


「もう既に俺の実力は証明できたんじゃないか?」


 喉元に迫る刀を躱しつつ、俺は提案してみた。

 短い時間だったが、実力を証明するには十分なくらいに剣を交えたと思う。

 S級相手にこれだけ立ち回れるんだ。文句の付け所がないだろう。


「あんたが強いのは知ってたけど、こうも簡単にいなされると何だかムカついてきたわ」

「そう言われてもな……手加減したら、それはそれで怒るんだろう?」

「当然よ。あたしの事をよくわかってるじゃない。だったら今から何をするかもわかるわよね?」


 紅羽は攻撃を中断して納刀すると、居合に似た構えを見せた。

 何らかのスキルを発動させるつもりなのは、すぐにわかった。


 束の間の静寂が、その場を支配する。

 そして──


「【菊華閃きっかせん】」


 次の刹那、花開いたのは数多の斬撃。

 それが、たった一度の抜刀から放たれたのだ。


(斬撃の数は十三か。半端な覚醒者なら回避すらできないだろうな)


 どう考えても模擬戦で放つスキルじゃないよな。

 そんな感想を浮かべつつ、俺は斬撃を全て受け流した。


「嘘でしょ……。本気で殺すつもりだったのに……」

「おい、模擬戦だよな……? まぁ、いいや。今度は俺の番だ」


 俺は剣を構え、神威を発動させた。


「〝天脚セプトリューズ〟」


 詠唱とほぼ同時に俺は疾駆。瞬く間に彼女との距離を縮め、その首に剣をあてた。


「っ……⁉」

「俺の勝ちって事でいいか?」

「そうね、私でも今のは反応できなかったわ。……はぁ」


 彼女は両手をあげて降参の意を示すと、大きなため息をついた。


「さてと、これなら問題ないですか?」


 俺は剣を納めて、カメラに目を向けた。

 数秒の沈黙が続いたあと、ノイズ混じりの声が響いた。


『も、問題はありません……けど』

「けど?」

『そもそも貴方はいったい何者なんですかっ⁉』


 あ、なんだかデジャヴだ。


「ずっとモニタリングしてましたけど、この戦闘中、貴方は使んです! なのにあの動き……いや、そもそも魔法スキルが発動できる時点でおかしいんですっ! もう訳わかんなさすぎて頭ぐちゃぐちゃですよっ⁉』


 ああもう、と苛立ち頭を掻きむしる音がマイクを通して聞こえてきた。

 未知の現象に頭を抱える気持ちはよくわかる。

 俺も神輝兵になりたての頃は、専門用語の嵐に目眩がしそうだったから。


「え? あんた魔力使ってないの?」


 魔力を使っていないという言葉に紅羽が反応した。

 まさに興味津々といった目を俺に向けてくる。

 さて、どう誤魔化そうか。


「まぁ、そうだな」

「ふーん……どんな手品を使ったわけ? ちょっと教えなさいよ」

「簡単に手の内を晒すと思うか? そうだな。俺に勝ったら教えてやるよ」

「うっ……。ああもう、やっぱムカつくわね!」


 俺は勝者だけが使える便利な言葉でその場を濁した。

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