第14話 紅羽 燐華③

「……は?」


 はて。俺の聞き間違いかな。

 一緒にS級異界に潜ろうと誘われたような。


「言っとくけど聞き間違いじゃないわよ。あんたはあたしとS級異界に行くの」


 何かを察したのか、紅羽が改めて言う。

 それを聞いた俺はますます返答に困った。


「悪い。全くもって意味がわからない」

「あんたなら大丈夫でしょ?」

「そっちの心配じゃない。俺はF級だぞ」


 実力はさておき、制度面で色々と問題があるように思えた。

 書類上、俺はF級覚醒者で最低ランクだ。

 S級のお墨付きがあったとしても許可を得るのは厳しそうだ。


 ちなみに言うと、俺としてはS級異界に参加する事自体に抵抗はない。

 真昼の退院後を考えると、むしろ進んで参加したいくらいだ。


「もちろん許可は取ってるわよ。ねぇ?」


 紅羽が女性職員に話を振ると、彼女はやや困った表情で説明し始めた。


「……先日、郊外で発生したS級異界の攻略を紅羽さんに依頼しました。それを受けていただく条件というのが、その、三神さんの同行なんです……」

「ふっ、そういうことよ」

「これまた無茶苦茶な要望だな……」


 だが、それがまかり通るのがS級覚醒者というものだ。

 異界崩壊ゲートブレイクの脅威と常に隣り合わせの現代において、S級覚醒者は安全保障、外交の両面で非常に重要な存在である。

 各国はそんな彼らに国賓レベルの待遇を与え、何とか自国に留まってもらおうと躍起になっているのが今の現状だ。


「……で、ですが、やはり私は反対です! S級異界にF級覚醒者を同行させるなんて……狂気以外の何物でもありません!」


 語気を強める女性職員。言ってる事は至極真っ当で、彼女は正しかった。

 なのに声がやや震え気味なのは反論相手がS級覚醒者だからに他ならない。

 それほどまでにS級覚醒者という肩書がもたらす影響力は大きいのだ。


「あんた、あたしの出した条件にケチ付ける気?」


 紅羽は苛立った様子で職員を睨みつけた。


「きょ、協会としては可能な限り要望に応えます。しかし、実力の伴ってない覚醒者を死地に赴かわせるような条件には問題があります……そんなの殺人と一緒です……」


 S級から放たれる威圧感に身を竦ませる職員。

 だが、それでも彼女は反対する姿勢を崩さなかった。


「はぁ……。仕方無いわね」


 根負けしたのか紅羽は大きな溜め息を一つつくと、ソファから立ち上がった。


「要は実力がわかればいいんでしょ? ついてきなさい」



 紅羽に連れられてやってきたのは、本部ビルの地下にある試験ルームだ。

 四方を白い壁に囲まれた広い空間。その中に俺は立たされた。

 懐かしいな。俺も覚醒者になりたての頃はここで能力測定をしてもらったものだ。


「魔力測定を開始してちょうだい。それですぐにわかるわ」


 紅羽は部屋の隅に設置された監視カメラに向かって言った。

 どうやら俺の魔力を再測定するつもりらしい。

 だとしたら、それは無意味だ。


『……制御室からモニターしていますが、魔力量は極小。初回測定時と変わらずF級相当です』


 女性職員の気まずそうな声がマイクを通して室内に響いた。

 それを聞いた紅羽はカメラに向かって憤った。


「はぁ? そんなわけ無いでしょ⁉ こいつは氷呪魔ウェンディゴを一撃で倒したのよ⁉ それもあたしの目の前で! S級相手に不正するなんていい度胸ね!」

『ふ、不正なんてしてませんっ! 彼は本当に魔力が無いんです! 何でしたら制御室まで見に来ていただいても構いませんよっ⁉』

「じゃあ、あたしが嘘ついてるって言いたいわけ⁉」

『わ、私はただ事実をお伝えしているだけで──』


 ああ、やっぱそうなるよな。

 実を言えば俺の魔力は微弱だ。

 それは神輝兵アインヘラルの力を手にした今でも変わらない。


 この能力はあくまで神聖力によるものだ。

 だから覚醒者の能力を判断する基準が魔力である以上は、俺はF級のままなのだ。


「だったら実践で試せばいいんじゃないか?」


 言い争う二人へ向けて、俺は提案した。

 同時に視線で紅羽を示して言葉を続ける。


「ここにちょうどS級覚醒者がいるんだし。俺が紅羽より強ければ何も問題ないのでは?」


 S級と模擬戦をして勝利する。

 ベンチマークとして、これほどシンプルでわかりやすい方法は他に無いだろう。


『貴方、気は確かなの? その魔力量でS級と模擬戦なんて──』

「あぁ、その手があったわね」

『っ⁉ 紅羽さん⁉』


 俺の提案を受けて、紅羽は素直に納得したようだ。鞘から深紅の刀を引き抜き、俺に突きつけた。


「あんたとは一度戦いたいと思ってたのよ」

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