第11話 邪骸の襲撃者

「んだよ。何が出てくるかと思えば……」


 突如として出現した新たな魔獣。

 その姿を目にした金髪男は、何を思ったのか剣を構えて近づいていった。


「馬鹿ッ⁉ そいつに近づくな⁉」


 その行動に気付いた俺は咄嗟に叫んだが、もう遅かった。


「はぁ? たかが髑髏剣士スケルトンナイトに何ビビって──あ?」


 黒い何かが、金髪男の脇を横切った。

 その次の刹那、彼の右腕が宙を舞った。


「あ゛ああああァァァッ⁉ 腕、俺の腕がッ⁉」


 数秒遅れてからその事実に気付いた男は、血が吹き出す肩口を抑えながら喚き散らした。

 その顔が苦痛と恐怖で引き攣る。


「くそッ……!」


 俺は即座に神威を発動させて脚力を強化すると、疾風の如き速度で男の前に飛び出した。


『フシュウウゥゥゥ……』


 俺が辿り着いた頃には、邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーが剣の間合いまで接近しており、男にトドメを刺さんと大剣を振り上げているところだった。


「させるか」


 振り下ろされた大剣を受け止め、そのまま押し返す。

 それと同時に俺は神威を発動させた。


天槍バルドル


 空間から射出される光の槍。それが邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーの身体を鎧ごと貫く。そのまま数十メートル後方にあった木の幹へと縫い止めた。


「うぐぅぅ、痛え……」

「すぐに治してやるから」


 背後で呻く金髪男に向けて、俺は治癒エィルを発動させた。

 治癒の光が彼を包み、欠損した片腕をみるみるうちに修復していった。


「再生した……?」


 神の奇跡とも呼べる光景を目の当たりにして、鈴木さんが驚きの声をあげた。


「これで問題ないな」

「お、おぉ……? お前どうやって……?」


 目の前で起きた不可思議な現象に対する驚きと、腕を切り落とされたことへの恐怖。

 相反する感情が入り混じった奇妙な表情で、自分の腕と俺の顔を交互に見る金髪男。

 しかし、いちいち説明している暇はない。


「綾園──みんなを連れて離脱してくれ」

「え? は、はい。でも刀夜くんは?」

「俺はあいつを片付ける」

「それなら私も……!」

「いや、あれはS級相当の魔獣だ。綾園たちを庇って戦えるほどの余裕はない」


 俺には神輝兵として培った技術も、経験もあった。

 無論、女神さまから授かった神威も。


 だが、帰還したばかりの俺の肉体は落ちこぼれだった当時のままなのだ。

 技量も、経験も。身体が追いつかなければ、その真価を発揮することはできない。

 そんな状態だから、味方を気にかけながら戦うのは少し厳しい。


「わかりました……気をつけてくださいね」


 綾園は少し寂しそうな目をしつつも頷いた。


「ここは刀夜くんに任せましょう」

「あぁ……」


 腕を切り落とされたのがよっぽど堪えたようだ。

 今回ばかりは金髪の男も素直に従っていた。


 一連のやり取りを終えて、綾園たちは来た道を引き返していった。


「さて、これで心置きなく戦えるな」


 俺は邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーへと視線を戻した。

 奴は強引に前進することで己の身体に突き刺さった槍を引き抜くと、顎の隙間から黒紫の瘴気を吐き出した。

 瘴気は槍で穿たれた箇所へ滞留すると、邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーの身体や鎧がみるみるうちに修復されていった。


「神魔力による再生……やはりクラスか」


 神魔将とは、邪神に仕える神兵を示す言葉だ。

 神輝兵の対となる存在であり、神々の戦争で俺が殺し合った相手でもある。


 ただ、クラスと表現したのには理由があった。

 この邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーは、厳密に言えば神魔将では無いからだ。


 神輝兵も神魔将も、本来は魂だけの存在だ。

 こいつはどちらかと言えば、魔獣が神魔将の能力を有している状態と言える。

 要するに、今の俺と同じというわけだ。


『オ゛ォォォオォッ‼』


 先に動いたのは、邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーだった。

 金切り声を幾重にも重ねたような不快な叫び声をあげ、瞬く間に距離を詰めてきた。

 その挙動は明らかに物理法則を無視しており、はたから見れば瞬間移動のようだった。


『オ゛ォォッ‼ オ゛ッ‼』


 高速かつ乱雑に振り回される大剣は、まさに荒れ狂う獣の如く。

 俺はそれを冷静に剣で受け流しつつ、神威を発動させた。


天槍バルドルッ!」


 俺の後方から光の槍が射出され、邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーを貫く。

 その衝撃で奴が体勢を崩した瞬間を狙って距離を詰めると、そのまま首を刎ねた。


 ごろりと音を立てて落ちる首。だがしかし、そんな事はお構いなしにと邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーは大剣で反撃してきた。


「ちっ……まぁ予想はしてたさ」


 俺は大剣を受け止めると、その勢いを利用して距離を取るが──すぐさま飛び込んできた黒い斬撃が俺の身体に直撃した。


「ぐっ……⁉」


 咄嗟に守護ヴォルグで保護したため、身体が真っ二つにされるような事態は防げた。

 だが、それでも相当な威力だ。


「っ⁉」


 俺は体勢を立て直そうと試みたが、いつの間にか奴が至近距離にいた。

 頭部を失った首から瘴気を噴き出しながら、俺を大剣で横薙ぎにする。

 受け止めきれず、俺の身体は大きく後方に跳ね飛ばされて転がった。


「くそ……」


 痛みが思考を支配する。これは色々と折れてるかも知れないな。

 俺は起き上がると、血反吐を吐き捨てた。

 同じ神の力を持つとはいえ、俺と奴とでは肉体の地力が違い過ぎた。


 だが、勝機が無い訳では無い。


 実際に剣を交えた限りだと、相手は溢れる神魔力をフィジカルに極振りしている。

 それはつまり、神威のような繊細な扱い方を知らないということだ。

 それならば神聖力の使い方を熟知している俺に分がある。

 

『オ゛ォォォオォッ‼』


 俺が地面を転がっている間に、邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーは失った頭部を再生させていた。

 本来あるべき姿へと戻った奴は、咆哮をあげると共に爆ぜるように飛び掛かってきた。

 わずか一秒にも満たない時間で俺の目の前まで到達。凶悪な大剣を振り上げた。


「悪い女神さま。もう少し借りるぞ」


 だが、そんな状況でも俺に動揺はない。

 ただ冷静に、神威を発動させた。


「──神衣纏雷メギンギャルズ


 その瞬間、俺の身体を神雷が駆け巡った。

 鋭く研ぎ澄まされる五感。迫りくる大剣がゆっくりとした速度で見えた。


 その身に膨大な神聖力を宿し、存在を亜神へと近付ける神業みわざ

 それが神衣纏雷メギンギャルズだ。


 これなら回避するのは容易だ。ほんの少し身体を逸らせばいい。

 振り下ろした凶刃は俺に掠りもせず、地面に深く突き刺さった。


「今度はこちらの番だな」


 俺は剣に神聖力を纏わせ、反撃の一閃を放った。

 その一撃を受けた邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーは、身体を斬り裂かれて大きく吹き飛んだ。


『オ゛ォォォオォォオォッッ……⁉』


 斬り裂かれた直後から瘴気が奴の身体を包み込む。

 そのまま修復を試みるが、強大な神聖力がそれを阻害した。


「終わりだ」


 俺は邪骸の襲撃者スケルトン・レイダーの下へ歩み寄った。

 再生が阻害され、起き上がる事ができない奴を見下ろし──剣を振り下ろした。

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