第10話 巨骸人

「これは……何でしょう? モニュメント?」

「いや、これも墓標だろうな」


 綾園の疑問に俺は簡潔に答えた。

 こんな場所にぽつんと立っているんだ。これも何かの墓なのだろう。

 重要なのは、これが何の墓なのかというところだが──


「な、何だ……⁉」

「地震か⁉」


 突然、地面が大きく揺れ始めた。

 大地に亀裂が走り、石柱が大きな音を立てて崩れ落ちていく。


「そこは危ない」

「きゃっ⁉」


 激しい揺れに竦む綾園を咄嗟に抱きかかえて、俺は距離を取った。

 それまで綾園が立っていた地面が割れ、内側から毒々しい色をした霧が吹き出した。


「あ、ありがとうございます……」

「礼なら後でいい。どうやらボスのお出ましのようだ」


 割れた大地。その裂け目からゆっくりと魔獣が這い上がってきた。


『……オォオオォォォォ』


 そいつの見た目は骸人スケルトンとよく似ている。

 ただ、そのサイズは規格外で身の丈は15メートルを優に超えていた。


「でけぇ……」


 その大きさに圧倒されたのか、金髪の男が緊張した面持ちで呟いた。


巨骸人ジャイアントスケルトンか」


 この魔獣の名は巨骸人ジャイアントスケルトンと言う。

 死霊系の魔獣の中では中堅クラスのD級に相当し、E級異界ゲートを守護する異界の主ゲート・キーパーとしては妥当な強さだ。


(さて、俺なら倒すのは簡単だろうが……)


 俺はちらりと横目で他のメンバーを見た。

 みんな緊張しているが、怖気づいている様子はない。

 これまでE級覚醒者として活動してきているだけあって、このレベルの魔獣と遭遇するのは想定の範囲内のようだ。


(……ここは俺が出しゃばらなくても大丈夫そうだな)


 そんなわけで、俺は当初の予定通りパーティーと足並みを揃える事にした。

 先ほどの金髪男の態度を見る限りだと、その方が無難だろう。


「鈴木さん、盾役タンクは大丈夫そうですか?」

「はは、自信はありませんがやってみます。若者を守るのも年長者の務めですからね」


 にこっと笑う鈴木さん。

 本当にいい人だな。この人が怪我しないように少しだけ力を貸そう。


「なら俺が加護バフを掛けますよ」

「え?」


 俺が神威を発動させると、淡い光が彼の身体を薄く包み込んだ。


「おぉ、何だか力が漲ってくるような? 補助魔法まで使えるなんて、三神くん君はいったい……?」

「ただのF級覚醒者ですって。それより敵が動き出しましたよ」


 視線で巨骸人ジャイアントスケルトンを示して適当に誤魔化しておく。

 と言っても、敵が動き出したのは本当だ。

 敵は俺たちの存在に既に気付いており、妖しげな光を灯す眼孔をこちらに向けていた。


「それじゃ正面は鈴木さんに引き受けてもらって、俺たちは両脇から攻撃しよう」

「ちっ、万年F級が指示すんじゃねぇ! 行くぞ、お前ら!」

「お、おう」


 金髪男は不機嫌そうにしながらも、指示に従って巨骸人ジャイアントスケルトンの左側面へと駆け出す。取り巻きたちも彼のあとに続いた。

 態度こそ悪いものの、こうした場面における立ち回りは理解しているようだ。


『オオォォォ……!』


 悲鳴を重ねたような不気味な咆哮。

 巨骸人ジャイアントスケルトンは片腕を上げたかと思うと、そのままハンマーのように巨腕を振り下ろしてきた。


「ほっ!!」


 鈴木さんは姿勢を低くして構えると、降ってくる巨腕を盾で受け止めた。

 ズンと鈍い音が響くが、彼が体勢を崩すことは決してない。

 彼に掛けた神威──〝守護ヴォルグ〟が、物理的な衝撃から肉体を保護しているのだ。


「そのまま引き付けてろよ、おっさん!」


 その間に側面に回り込んだ金髪男たちが、剣による攻撃を巨骸人ジャイアントスケルトン脛骨けいこつに叩き込んだ。


「かてぇ……!」


 流石に骸人スケルトンの時みたいに一撃で骨を砕くことはできない。だが、多少なりともダメージは与えたようだ。


「【電撃ショックボルト】!」


 巨骸人ジャイアントスケルトンは足元にいる金髪男たちを払おうとするが、続けざまに綾園が放った魔法スキルが頭蓋骨へと命中。攻撃を中断させる。

 魔法攻撃とだけあって、それなりに効いたようだ。敵対心ヘイトが綾園へと移った。


「させませんよ! 【受け流しパリィ】」


 巨骸人ジャイアントスケルトンが足で彼女を踏み潰そうとするが、そこへ鈴木さんが割り込み、スキルを使って弾き返した。


 その隙に俺は巨骸人ジャイアントスケルトンの左脛骨けいこつ──先ほど金髪男がダメージを与えた箇所を狙って一閃を放った。


『オオォォォオオォォ……!』


 それによって脛骨が砕け折れ、その巨体が地面に崩れ落ちた。


「おしッ! 膝をついたぞ!」


 ここぞとばかりに巨骸人ジャイアントスケルトンの胸部目掛けて金髪男たちがスキルを放った。

 相手も腕を振って反撃してくるが、立ち上がれなくなった巨骸人ジャイアントスケルトンの攻撃は単調で回避するのは簡単だった。


 そのまま俺たちが集中砲火を浴びせ続けると、巨骸人ジャイアントスケルトンの動きが停止した。

 それまで眼孔に灯っていた紫色の光が消え失せ、バラバラになって崩れ去った。


「はッ! デカいのは図体だけで大したことねぇな!」


 討伐を終えるや否や、残骸を片足で踏みつけて調子づく金髪男。


(ぶっちゃけ脛骨けいこつを折ることができたのは、八割くらい俺のお陰だけどな……)


 確かにダメージは蓄積していたが、折るには全然足りないくらいだった。

 ま、説明するのも面倒だし黙っておくか。


「刀夜くん、お疲れ様です! 後は魔石を回収すれば依頼完了ですねっ」


 綾園が近付こうとすると、急に残骸がカタカタと音を立てて震え始めた。


「おい、何だよこれ⁉」


 突然の出来事に動揺した金髪男は、逃げるように骨から飛び退いた。

 その直後、骨の山から禍々しい力が溢れ出た。

 滲み出るのは、魔力とは異なる性質の力だ。

 神々しさの中に黒くねっとりとした邪悪さを秘めた力。


 俺は、それが何なのかを知っていた。

 

……⁉」


 残骸から滲み出る力の正体は──神魔力だった。

 女神さまの持つ神聖力とは対極に位置する存在であり、邪神が持つ力の片鱗だ。


(どうして神魔力が魔獣に? いったい何が起きてるんだ?)

『あれれ、どうしてでしょう……?』


 いや、俺はあんたに聞いてるんだが……。

 全知全能たる女神さまがどうして把握できてないんだよ。


『そんな事言われましても……。邪神ちゃんは管理権限が減りましたから、こんな風に直接世界に干渉できるはずがないのですぅ……』


 まぁ、いいや。今は悠長に考えている場合でもないからな。


『……フシュウウゥゥッ』


 溢れ出す邪神の力は、残骸を別の姿へ変貌させた。

 禍々しい鎧を身に纏い、血に濡れた大剣を携えた死霊の将兵へと。


邪骸の襲撃者スケルトン・レイダー……」


 邪悪な神気を纏ったそいつは、黒紫の瘴気を吐き出しながら俺たちの前に立ちはだかった。

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