第9話 骸人

 異界ゲートに突入して最初に目にしたのは、無数に立ち並んだ墓標だった。

 霧に包まれた森の中、月明かりが朽ちた十字架を照らす。

 そこは真夜中の共同墓地だった。


「なんだか嫌な場所ですね……」


 不安げに吐露したのは綾園だった。

 どうも彼女はホラーっぽい雰囲気が苦手なようだ。

 その表情が少し強張っているのが見て取れた。


「やっと入ってきたか。遅えから一匹倒しちまったぜ」


 先に入った男たちは、入り口から少しだけ離れた場所にいた。

 その傍らにはバラバラにされた骸人スケルトンの姿があった。


「アンデット系が巣食う異界ゲートのようですね。周りは墓地ですし、囲まれなきゃいいですけどねぇ……」

「なんだ? おっさんビビってんのか? 骸人スケルトンなんか何匹群がろうが雑魚だって!」


 骸人スケルトンの残骸を見て鈴木さんが呟くと、取り巻きAが半笑いで答えた。

 その妙な自信はどこから来るんだろうか。不安しかない。


「おい、また湧いてきたぜ。ビビってねぇでさっさと倒しちまおうぜ」


 金髪の男が剣を構える。

 彼の視線の先には、地中から這い出てくる骸人スケルトンの群れがあった。

 地面から出てきたのは、おおよそで数十体。

 ただ、感じる魔力から察するに地面の中にはもっといそうだが……。


「おらァッ!」


 金髪の男とその取り巻きたちは、果敢にも群れの中に飛び込んでいった。

 そして力任せの攻撃で骸人スケルトンを砕いていく。

 あまり褒められた戦闘スタイルではないが、骸人スケルトン相手には通用しているようだ。


(俺も自分の仕事をするか)


 俺も剣を構えて骸人スケルトンの方へ駆け出す。

 前に使っていた剣は使い物にならなくなったので、今回は予備を持ってきた。

 中古品だが、低級アンデッド相手なら問題ないだろう。


 間合いに入った瞬間に剣を振るい、胸骨付近を真っ二つに切り裂いた。

 こいつらを倒すには、ここを狙うのが一番だ。

 ちょうど心臓に位置する箇所に魔石があり、それが動力源となっているからだ。

 案の定、形態を維持できなくなった骸人スケルトンは、ガラガラと崩れていった。


「我々も加勢しますか。綾園ちゃんは魔法系でしたよね?」

「は、はい。攻撃魔法はいまいちですけど……」

「大丈夫ですよ。私が前で引き付けますから適度に援護してください」


 そう言って鈴木さんは盾を構えながら骸人スケルトンたちに向かっていった。


「ほっ! ほいっ! ほっ!」


 独特な掛け声と共に、手にした短槍を振り回して牽制していく。

 組み付こうと寄ってくる骸人スケルトンは盾による殴打バッシュで振り払う。

 火力は無いがタンカーらしい堅実な戦い方だ。

 

「【電撃ショックボルト】っ!」


 鈴木さんが対峙する骸人スケルトンに向けて魔法を放つのは綾園だ。

 攻撃魔法は苦手と言っていたが、威力は申し分ない。

 この調子ならフォローは必要なさそうだ。


「うわっ⁉」


 前方で威勢良く武器を振り回してた金髪たち。

 そのうちの取り巻きBが悲鳴をあげた。

 どうやら足元から出てきた骸人スケルトンに足を掴まれたようだ。

 体勢を崩した彼に、他の骸人スケルトンがわらわらと絡みついていく。


「ひっ、やめろ⁉」


 骸人スケルトンとはいえ、複数体に組み付かれたら自分で振りほどくのは至難だ。

 味方に倒してもらうにしても、密着しているため迂闊に攻撃できない。


「すぐに剥がしてやるからちょい待ってろ! チッ、邪魔だ!」


 金髪の男はそう叫ぶが、その周囲は骸人スケルトンだらけだ。

 とてもじゃないが、戦闘を放棄して救助に向かう余裕はなさそうだった。


「……仕方ないな」


 俺は目の前にいた骸人スケルトンを叩き斬ってから、取り巻きBの下に向かった。

 そして、すっかり動けなくなった取り巻きBの前に立って剣を構える。


「動くなよ」

「おい、何する気だ⁉」


 何かを察したのか金髪の男が叫ぶが、面倒なので無視した。

 俺は刀身に神聖力を纏わせると、神速で剣を振るった。


「……へ?」


 その次の刹那──男に組み付いていた骸人スケルトンたちは神聖力を纏った剣風で弾け飛んだ。


「大丈夫か?」

「あ、あぁ……?」


 何が起こったのか理解できず、唖然としたまま答える取り巻きB。俺は傍らに落ちていた彼の剣を拾い上げて手渡した。


「地中にも沢山いるんだ。足元には気をつけろよ」

「わ、わかった……!」


 取り巻きBは素直に頷くと、慌てて立ち上がった。


「ちっ……余計なことしやがって」


 仲間の窮地を俺に救われたのが気に食わなかったのか、金髪の男が舌打ちした。

 うーん、救いようのない奴だな。

 感謝が欲しくて助けたわけじゃないから別にいいんだけどな。



 ──戦闘を続けて、しばらく経った頃。


「ほっ、ほっ! だいぶ数が減ってきましたねっ」

「そうですね。鈴木さんは大丈夫そうですか?」

「こう見えて体力には自信がありまして。こういう持久戦は得意なんです。ほいっ!」


 鈴木さんの言う通り、骸人スケルトンの数はかなり少なくなった。

 戦闘開始直後は地中からわんさか這い出てきていたがそれも無くなり、今はまばらに残っているだけだ。


「残りは倒しつつ、先に進みましょうか。異界の入り口付近に異界の主ゲート・キーパーがいるとは思えませんし」

「あぁ、そうだな……」


 鈴木さんの提案を、金髪の男は了承した。

 彼の性格的に反発してきそうなものだが、流石に疲労の方が勝ったようだ。

 素直に胸部の魔石を狙えばいいのに、無駄に頭蓋骨を砕いたりしてたので当然だけど。


 さて、ここで異界の主ゲート・キーパーの存在について説明しておこうか。

 異界の主ゲート・キーパーとは、言ってしまえばボスのような存在だ。

 その名が示す通り異界ゲートの維持に必要不可欠な存在であり、異界の主ゲート・キーパーを失った異界ゲートは少し経てば消滅する。

 だから俺たち覚醒者は異界の主ゲート・キーパーの討伐する事が最終目標となる。異界崩壊ゲートブレイクを確実に防ぐには異界を消滅させるのが一番手っ取り早いからだ。


 ちなみに俺は異界の主ゲート・キーパーを見るのは今回が初めてだ。

 というのもF級に関しては少し特殊で、異界の主ゲート・キーパーが存在しない。

 中にいる魔獣をしばらく倒していると勝手に消滅するようになっている。



 俺たちは骸人スケルトンを討伐しつつ、森の奥へと足を踏み入れていく。

 その道中では首無し男ノーヘッドマン骸犬スケルトンハウンドなどのE級魔獣と遭遇したが、数も少なく大した障壁にもならなかった。


 さらに歩き続ける事、数分。

 立ち込めた霧に混じる魔力。その密度が濃くなってきた。


「これは……」


 やがて、俺たちの前に巨大な石柱が姿を現した。

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