第8話 綾園 結衣

「まさか、こんな所で再会するとはな。あれから大丈夫だったか?」

「あっ、ひゃ、はい! お陰様でこの通りです……っ!」


 俺が尋ねると、少女は顔を赤くしながら慌ただしく答えた。

 なぜ慌てふためいているのかは謎だが、元気であることには間違いないな。

 彼女にかけた加護は、きちんと効果を発揮したようだ。


「というか覚醒者だったんだな」

「は、はい……E級ですから全然ですけど……」

「俺も似たようなもんだ。今日はよろしくな……ええと……」

「あっ、私は綾園あやぞの結衣ゆいって言います……魔法系で主に回復役ヒーラーやってます……!」

「綾園か。俺は三神みかみ刀夜とうやだ。よろしくな」

「えっ⁉ あ、よ、よろしく、お願いします……」


 俺が手を差し出すと、綾園は顔を真っ赤にしながら申し訳程度の握手を返してきた。

 どうやら少し緊張しているようだ。手のひらは汗でぐっしょりだった。

 彼女自身もそれに気付いたのか、すぐさま手を離してぺこぺこと頭を下げた。


「はわわっ……ご、ごめんなさい!」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」


 女性に握手を求めるのは迂闊だったかなと、少し反省する。

 言い訳をするなら、神輝兵として過ごした時間が長すぎた。異世界で戦死した英雄や騎士など西洋っぽい文化圏出身の仲間が多く、その辺りの感覚がズレてしまったのだ。



「お待たせしました」


 ひとまず自己紹介を終えた俺たちは、他の覚醒者たちと合流した。

 俺と綾園を除いた参加者は四人。

 若い男性が三人と小太りの中年男性が一人で、全員E級以上の覚醒者たちだ。

 傍から様子を見る限りでは、若者グループはお互い顔見知りのようだった。


「鈴木と言います。主に盾役タンクをやっております」


 そのうちの小太りの中年男性が自己紹介を始めた。

 気のいいおじさんという雰囲気で、とにかく良い人そうだ。


「三神です。役割は……何でもいけます」

「あ、綾園と言います! 回復魔法が得意ですっ」

「三神くんに綾園ちゃんですね。二人ともよろしく」


 まるで我が子に向けるような柔らかい笑顔を見せる鈴木さん。

 年長者だけあって落ち着きもあるし、これは仲間としても信頼できそうだ。


「はっ、そういうのいいからさ。さっさと入ろうぜ?」


 挨拶を交わす俺たちに向けて、若者グループの一人が気怠そうに言った。

 明るく染めた短髪に腕に彫られたタトゥー。

 見るからに柄の悪そうな男だ。

 正直あまり関わりたくない部類の人間だな。


「それとさぁ……」


 そう思った矢先に、男の方から近づいてきた。

 そして小馬鹿にしたような顔で俺を見る。


「お前、噂の万年F級だろ? なんでE級に参加してんだよ? もしかして応募するとこ間違えたか?」

「あの動画のヤツ? マジかー! パーティーガチャ大ハズレじゃん!」

「は? 最悪じゃねーか。草も生えねぇって……くくくっ」


 げらげらと馬鹿笑いする男たち。

 好き勝手に言ってくれているが、特に怒りの感情は湧かなかった。

 安易に挑発に乗ると死に繋がるって、とうの昔に学んだからな。

 こういうのは言わせておけば──


「と、刀夜くんを馬鹿にしないでください!」


 残念なことに味方が挑発に乗ってしまった。


「刀夜くんは凄い人なんです! 貴方たちなんかより、ずっとずーっと強いんですから!」

「あぁ? 何だ、この女?」


 俺のことを庇ってくれるのはありがたいが、困ったな。

 クズ野郎とはいえ、これからパーティーを組む相手だ。

 異界ゲートに入る前からギスギスするのは避けたいところだが……。


「そもそも貴方たちだってE級で、私たちと変わらないじゃないですかっ」

「てめぇ、さっきから何なんだよ⁉ お前には何も言ってねーだろ!」

「コイツの女か何だか知らねーが、すっ込んでろ!」

「……っ⁉ べべ、べ別に彼女とかじゃないですから! まだ!」

「まぁまぁ、落ち着きましょう!」


 激しい舌戦の最中に割って入ったのは鈴木さんだ。


「これから異界に潜るわけですから。これ以上揉められると私も協会に連絡しなきゃなりませんから……ここは穏便に、ね?」

「チッ……面倒くせぇな」


 年長者らしく物腰柔らかに対応して双方を落ち着かせた。


「ほら、さっさと行くぞ。言っとくが俺たちはF級の介護なんてしねーからな」


 男たちは、そう吐き捨てて先に異界に入っていった。

 むしろありがたいな。干渉されない方が俺もやりやすい。


「俺のせいですみません」

「いやいや、三神くんは悪くないですから。気にしないでください」

「そうですよ。最初に悪口言ってきたのはあの人たちですし!」


 先ほど会話した時の印象とは打って変わって、語気を強める彼女。

 どうやら親しい人が絡むと許せないタチのようだ。


 ただ、こうやって庇ってくれる人がいると嬉しいな。


「綾園、ありがとな」

「にゃっ……と、当然です! 刀夜くんは命の恩人ですから……! それより異界に入りましょうか? 放っておくと勝手に異界のゲート・キーパーも倒されちゃいそうですし」

「それもそうだな」


 綾園に促され、俺たちも異界の中へと入った。

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