第6話 紅羽 燐華
その後も俺は魔獣を狩り続ける。
十数匹ほど倒し終えたところで魔獣の気配を感じなくなった。
「一旦は落ち着いたか」
周辺一帯は安全になったと判断した俺は、赤髪の少女の下へ戻った。
毒が回ってきたのか彼女はうずくまっていた。
「大丈夫か? すぐに解毒するからな」
「これくらいその辺で
「A級魔獣の猛毒が市販の解毒剤で治るとは思わないけどな。強がってないで、ほら」
俺は彼女に手をかざすと浄化の神威を発動させた。
澄んだ青い光が少女の身体を突き抜け、体内の毒素を消し去っていった。
「回復魔法……? しかも上位の……?」
「ま、そんなところだ。ついでに
「あんた、本当に何者なの⁉」
「いっ⁉」
体力が回復するや否や、グイグイと詰め寄ってくる赤髪の少女。
髪と同じ色の瞳でジッと見つめられて、俺は思わず上体を反らした。
「……何者だと聞かれてもな。名乗ったところで知らないと思うけど。F級だし」
「はぁ? F級に
そう言われてもな。実際F級なんだよな。
こちら側での実績は皆無なわけだし。
「それだけじゃない……! あんたはあたしの〝紅蜻蛉〟まで……!」
少女の視線が手にした刀に向かう。
理由はわからないが、悔しげな表情をしていたのがわかった。
もしかしたら愛刀を勝手に使われて気を悪くしたのかもしれない。
「勝手に借りたのは悪かった。ちゃんと返すよ」
俺は刀を少女へ差し出した。
少女が受け取ると、刀身に浮かび上がっていた刃紋がすっと消えていった。
何かの付与魔法だったのだろうか。
「なんで……なのよ……」
手にした刀を見つめ、暗い表情でぶつぶつと呟く少女。
その刀にどれほどの思入れがあるのか、俺には想像もつかない。
ただ、半ば強引に拝借した手前、なんだか気まずい。
「それじゃ俺は妹の様子を見に行くから。ここ守ってくれてありがとうな」
「……待ちなさいよ」
重苦しい空気から逃げ出そうとしたら、なぜか腕を掴まれた。
流石は高ランクの覚醒者だ。今の肉体では神威無しでは抜け出せそうにない。
「……まだ何か?」
「名前、教えなさいよ。あと連絡先も」
◇
ようやく病棟の中に入ることができた俺は、廊下を歩きながら手元にある覚醒者の登録証へと視線を落とした。
「
薄型の情報端末でもある登録証。
そこに表示されているのは、先ほどの少女──紅羽に関する情報だ。
魔力量からある程度の予想はしてたが、彼女のランクはS級だった。
「俺の連絡先を知ってどうするんだ」
彼女とは成り行きで連絡先を交換したものの、その真意はよくわからない。
俺の実力とランクが釣り合っていないのは事実だが、既にSの域に達した人間がわざわざ気にするものでもないと思った。
──ピコッ。
そんな事を考えながら画面を眺めていると、通知が鳴った。
早速、紅羽からメッセージが届いたようだ。
俺は通知をタップしてメッセージを開く。
『予定が空いてる日を教えなさいよ』
「……強引な奴だな」
せめて、お伺いを立ててくれ。
S級覚醒者はみんなそうなのか。それとも彼女が特殊なのか。
どっちにしろ目的がよくわからないので、俺は返信せずに画面を閉じた。
既読マークが付いてしまったが、まぁいいか。
本当に俺に用があるなら催促してくるだろうしな。
『きっとこれは恋ですよぉ⁉ あぁ、何だかワクワクしてきちゃいました! あ、でも婚前交渉は許しませんからねっ⁉ めっ! ですよぉ?』
また下らないことを言い出す女神さま。きっと戦争が終わって暇なんだろう。
そんな彼女の話し相手になってやるのも、元・神輝兵の務めというものだ。
「あー、はいはい。そうだな」
一人で盛り上がる女神さまに適当な相槌を返しつつ、俺は通路を塞ぐ防火扉をこじ開けた。
◇
いくつかの防火扉を抜けると、複数人の魔力を感じ取った。
魔力が集まっている場所へ進むと、避難者たちと遭遇する。どうやら入院患者の他にも医師や看護師、それから外来診療で来院した人たちが避難していたようだ。
「覚醒者の方だ……!」
「外はもう大丈夫なの⁉」
「よかった……助かったんだ……」
俺の姿を目にするや否や、ざわめき立つ人々。
彼らに周辺一帯の魔獣が倒された事を告げ、俺は妹の病室へと向かった。
ちなみに倒したのは紅羽という事にしておいた。
病院サイドから公式的に要請を受けたのは彼女だからな。
それに俺が到着するまでの間、真昼のいる病棟を守ってくれていた恩人でもある。
横から報酬を掠め取るような真似はしたくなかった。
そうこうしてる間に真昼の病室に着いた。
こうして妹の見舞いに来るのは数百年ぶりだ。
なんだか緊張するな。
「真昼、入るぞ」
「え? お兄ちゃん……?」
声をかけてからドアを開ける。
病室に入ると、真昼が目を丸くしてこちらを見ていた。
その顔は、まるで幽鬼の類でも見たかのような、何とも言えない表情だった。
「なんでここに……?」
「来ちゃダメだったか?」
「ううん、そんなことない。でも看護婦さんが外に魔獣が出たって言ってたから……」
「それなら、もう大丈夫だ。S級の覚醒者がやっつけてくれたからな。こうして俺が見舞いに来れてるのが、その証拠だよ」
俺は微笑みながら、真昼の頭を優しく撫でた。
「も、もう……やめてよ」
「なんでだ?」
「あんまりお風呂入れてないから……」
恥ずかしそうに俯く真昼。
手入れできてない髪を触られるのには、少し抵抗があるようだった。
とはいえ、本気で嫌がっている様子でもない。
俺はそのまま撫で続けた。
「お兄ちゃん? なんで泣いてるの?」
「……ああ、なんでだろうな?」
長い入院生活で傷んだ髪はパサパサで、手触りも良くない。
だけど、数百年ぶりに触れたそれが、俺は愛おしくて仕方がなかった。
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