第5話 天槍

 病院へ近づくにつれて、魔獣を目にする頻度が増えてきた。


(まずいな……異界崩壊の発生源は病院方面か)


 異界崩壊ゲートブレイク異界ゲートを中心に発生する災害だ。発生源に近ければ近いほど魔獣の数も多くなる。

 病院から近いとなると真昼の安否が気がかりで仕方ない。


「ひぃぃ⁉ た、助けてくれえっ!!」


 とはいえ、目の前で襲われている人々を見捨てるほど、俺は利己的になれなかった。

 俺は極力速度を落とさないようにしつつ、神威を放って魔獣を倒していった。


『わー! 素晴らしい精神ですねぇ!』

「人助けの精神くらい大半の人間は持ってると思うけどな」

『そうかも知れませんねぇ。ですが〝善き隣人〟は意外と少ないですよぉ? 貴方さまならその理由もわかるはずですぅ』

「まぁ、早死するだろうな。……俺みたいに」


 女神さまとそんな会話を交わしつつも、俺は魔獣を蹴散らしていく。

 それからしばらくして病院が見えてきた。

 敷地内に関連施設が立ち並ぶ大きな総合病院だ。ここの入院病棟に真昼はいるはずだ。


 わざわざ入り口まで迂回する意味もないので、俺は塀を飛び越えて敷地内に入った。

 そのまま真っすぐ入院病棟へと向かう。


(誰かが戦っている……?)


 入院病棟の前に着くと、誰かが魔獣の群れと戦っているのが見えた。

 深紅の刀を構えた赤髪の少女だ。

 どうやら彼女は病棟に魔獣が侵入しないよう守ってくれているみたいだった。


 病院や発電所などの重要施設には、異界崩壊ゲートブレイクに備えた専用回線があると聞いた事がある。

 あの少女はきっと病院側からの要請を受けて駆けつけたのだろう。


(よかった。あの様子なら真昼は無事みたいだな……)


 助けに来たが手遅れ、みたいな最悪な事態はごめんだからな。俺は内心ホッとした。

 しかし、早く助太刀に入った方が良さそうだ。

 というのも赤髪の少女の顔には明らかな疲労が出ていたから。


「はぁはぁ……くっ……次から次へと……」


 荒い息遣いと共に、歯痒そうな表情を見せる少女。

 無理もない。周囲に転がる魔獣の死体はB級からA級ばかり。それを何体も相手していたとなると、相当な魔力を消費したはずだろうから。


 そろそろ限界も近そうだ。

 俺は赤髪の少女と魔獣の間に割って入った。


「後は任せろ」

「なっ……⁉ 何よ急に⁉」

「後は俺が相手するから休んでろ」

「馬鹿言わないで……こいつらは、そこらの覚醒者じゃ相手に……くぅ……」


 言いかけた途中で少女は苦痛に顔を歪めて膝をついた。


『あらら、瘴気に冒されちゃってますねぇ』

「魔獣の毒か……持ちそうか?」

『そんなに心配しなくても目の前の魔獣を排除するくらいの時間はありますよぉ』

 

 それはよかった。すぐにでも解毒してやりたいところだが、今は魔獣を処理する方が先決だからな。


「さぁ、選手交代だ」


 そう言って俺は鞘から使い古した剣を引き抜いた。

 そして魔獣たちと睨み合うこと数秒。先に仕掛けてきたのは双頭を持つ巨大な犬──オルトロスだった。


「馬鹿っ! そのデカ犬はA級魔獣よっ! 早く逃げ──」

天槍バルドル


 天から振り下ろされる光の槍。それが黒犬の胴体を貫き、路面へ縫い止めた。


「は? はあああああああっ⁉」


 背後で少女が何か騒いでるようだが、構っている余裕はない。

 すかさず俺は剣を構えて跳躍。そのまま双頭の首を切り落とした。


(うーん、安物じゃこんなものか)


 F級だった頃の愛剣は、今の攻撃で刃が潰れてしまった。

 元々、高ランクの魔獣と戦えるような品質じゃないからな。

 仕方がないと言えば仕方がないのだが。


「あ、危ない……!」


 俺が得物を失ったのを好機と見たのか、他の魔獣が攻めてきた。

 ある魔獣は射出可能な棘を。ある魔獣は手に持った手斧を。ある魔獣は魔法で生み出した氷塊を。それぞれが得意とする一撃が一斉に放たれた。


「ちっ……」


 魔獣たちの攻撃を回避した俺は、ひとまず少女の下へ後退する。

 それから彼女の傍らにあった深紅の刀を素早く手に取った。


「ちょっと借りるぞ」

「え? あっ、ちょっと⁉」


 流石は高ランク覚醒者が使う武器だ。その柄を握ると、驚くほど手に馴染む。同時に赤黒い刃紋が刀身に浮かび上がった。


 これほどの名刀なら神威による補助は不要だろう。俺は刀を構え、息をゆっくりと吸った。


 ──その次の刹那、正面にいた牛鬼ミノタウロスの懐へと一気に詰め寄る。


 勢いは殺さず、姿勢を低くしたまま左の脇腹をすり抜けるように撫で切った。


『ブモォォォォッ……⁉』


 牛鬼が荒々しい雄叫びをあげた。

 その直後、その筋肉隆々の胴体は真っ二つに裂かれた。


 もちろん、これだけで終わりではない。

 俺はそのまま流れるように別の魔獣へと接近。一閃を放ち、その首を刎ねた。


『………!』


 その後方で氷呪魔ウェンディゴが動揺しているのが見えた。

 コイツは魔法に特化した魔獣で頭が良い。

 その知能の高さゆえに、俺に対する畏れの感情を抱いてしまったのだ。


「……なぁ、戦場で一番最初に死ぬ奴の特徴を知ってるか?」


 俺は殺気を向けながら語りかけた。

 魔獣相手に人間の言語なんて通じないだろう。

 だけど、理解する必要なんてない。

 コイツには既に伝わっているのだから。


「前線を駆け抜ける尖兵? それとも経験の浅い新兵か? どちらでもない」


 ──これが手向けの言葉なのだと。


「いいか? 戦場で真っ先に死ぬのは、だ」


 畏れのあまり、俺に背を向けて駆け出した氷呪魔ウェンディゴ

 俺は一気に間合いを詰め、奴を背中から一刀両断した。

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