第11話【底辺Vtuberの夜:雑談配信】

 塚内君に私が柳 祢子やなぎねこだとバレかけた、その日の夜。

 二十時三十分。


「はぁ……」


 憂鬱とまではいかない。

 ただ、生徒に私のこの姿柳祢子を見られていると思うと、少し気恥ずかしくて、逃げたくなる。


「まぁ、まだバレてないし?」


 体育の時間の事件がフラッシュバックする。塚内君のこと、ちゃんと誤魔化せただろうか。

 少し動揺はしたけど、塚内君は納得した顔をしていたし……。


「……相手はあの子だけじゃないしね」


 そう、今の私には7000人を超えるリスナーがいる。

 柳祢子を見ているのは塚内君だけじゃない。


 モニターを見る。

 待機画面には、『柳祢子を待っています』の文字。コメント欄には『待機にゃ~』と、お決まりの待機コメントが流れている。

 時刻は二十時三十五分。


「よしっ」


 私は自分の頬を軽く叩き、配信を開始した。


「こんにゃ~。ねこはやなぎ、柳祢子やなぎねこだにゃぁ~」


『こんにゃ~!』『祢子ちゃん今日も可愛いね!』『こんにゃ~』『こんにゃ~! 配信たすかる!』


 私の配信を待っていたリスナーたちのコメントが流れていく。

 この中に塚内君もいるのかと、一瞬だけ脳裏をよぎる。


「みんな挨拶ありがとにゃ~! 今日はまったり、雑談していくから、ゆっくりしていってにゃ~!」


 リスナーたちの名前をなるべく見ないようにして、話を進めていく。


『最近は祢子ちゃんが人気になってきて嬉しいよ』


「人気になって嬉しい……まぁ、意味わかんないところで伸びちゃったけどね」


 この一か月ほどで、本当にいろんなことがあった。

 ホラゲー配信では悲鳴が話題になり、大人気Vtuberとのコラボがあったり。

 ……コラボ相手が同僚だったり。


『次のホラゲー配信はいつですか?』


 ホラゲーで伸びてしまったが故に、最近では「柳祢子はホラゲーの人」という認識の人が多くなってきた。


 私は元々、歌枠をメインに活動してきたVtuberだ。今一度それを周知する必要が……。


「む、祢子はホラゲーのひt……猫じゃないにゃ!」


 やべ。


『人?』『え?』『おや?』


「う、うるさい! 祢子は猫! 歌う猫なの!」


 慌てて訂正。コメント欄では『草』や『可愛い』等流れている。


「でも、まぁ……きっかけは不本意だったけど、ここから祢子の歌を知ってくれる人がいたらいいなって思うにゃ」


 自分の歌を聞いてもらうこと。

 それが、歌が好きな私の、Vtuberとして一番の目的。


 モニターに映る柳祢子のモデルを眺めながら、私は軽く頷いた。


「だから皆……最近祢子を知った人も、昔から知ってくれてる人も。祢子の歌、もっと知ってくれたら嬉しいにゃ」


『もちろん』『応援してます!』『ホラゲーもやってほしいな』


「ホラゲーは気が向いた時にでもやろうかにゃ」


 ホラゲーはあまり気が乗らないけど……。リスナーの要望にも応えるのが大事かな。


『歌2割ホラゲー8割で!』


「ほらそこ! 調子にのらない!」


 前言撤回。あんまり応えない!


 話も進み、夜は更けていく。時刻は二十二時五十分。そろそろ配信を閉じる時間。

 ふと、BGMを流している再生リストの下の方に、一曲。私の好きな歌が目に飛び込んできた。


「ねぇねぇ、歌ってもいい?」


『いいよ』『お歌たすかる』『やった!』


「だめって言っても勝手に歌うけどね」


 配信終わり前の、いつも通りのやり取り。

 リスナーから非難を浴びながら、私はオフボーカルの準備をする。


「これ歌って配信終わるね。じゃあ、聞いてください。『希望』」


 軽く深呼吸して、BGMを切り替えた。


 『希望』は、三年ほど前のアニメ「異世界無チート成り上がり!」の主題歌。

 チート能力がない……無能な主人公が、希望を失わずに力をつけていく。そんなストーリーを忠実に再現した歌。


 Vtuberを続けていく憂鬱も目標も、全部ひっくるめて頑張ろう。

 私は歌いながら、そんなことを考えた。


―――

柳祢子やなぎねこ

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