第10話【Vtuberってナンノコト?】

「先生、Vtuberやってますか?」


「……は?」


 素っ頓狂な声が出てしまった。


 Vtuber やってますか?

 なんで生徒から、そんな質問が飛んでくるの?


「え、えっと……Vtuberってナンノコトカナー?」


 慌てて誤魔化す。

 塚内君は鼻を鳴らして、私の目を見ながら話を続ける。


「じゃあ、柳祢子やなぎねこって知ってますか?」

「やっ⁉」

 心臓が跳ねた。


 ――柳祢子やなぎねこ


 私の、Vtuberとしての名前。

 なんで塚内君が知ってるの?


「兎本先生に声がそっくりなんですよ」


 声……そうか、声だ。

 たまたまこの子の見ていたVtuberが、柳祢子だっただけだ。


 ……そう、信じたい。


「そ、そうなんだ……。塚内君はその、Vtuber? っていうのが好きなんだね~」


 動揺を悟られないよう、にこやかな笑顔で返事をする。


「は、はい……えっと」

 塚内君は小さく頷き、私の目をじっと見つめてきた。


「ど、どうしたの?」

「兎本先生が柳祢子やなぎねこですよね?」

「……は?」


 ——兎本先生が柳祢子ですよね?


 塚内君は、確かにそう言った。

 私は、確かにそう聞いた。


 身バレした……?

 まさか、生徒に……?


 冷や汗が背中を伝ってくる。

 額にも変な汗をかいてきた。


 やばい。

 やばいやばいやばい。


 周りで生徒たちが何か言っているけれど、私の耳には届かない。

 それほどまでに、今の私は焦っている。


「あ、はは……先生ちょっとわかんないなぁ……」


 何と返してもボロが出そう。

 いや、もうバレてるのか……。


 たまらずしゃがみこんだ、次の瞬間だった。


「先生、危ない!」

「はぇ……?」


 一際大きな塚内君の声。

 同時に、後頭部に強い衝撃が走る。


 周りにいた生徒の悲鳴。

 塚内君の方へと、自分の身体が倒れていく感覚。


 何が起きた……?


 目の前にいる塚内君の方へと、倒れこんだ。

 生徒たちの視線は私の方へと集中し、騒がしかった体育館内は静まり返る。

 少し遅れて、ボールが跳ねる軽快な音が、体育館の静寂を打ち破った。


「キャー!」「先生のくせにトロいぞー!」「先生大丈夫ですか!?」「ギャハハ!」「お前やるじゃん!」

 ボールの音を皮切りに、体育館内は一気に騒がしくなる。

 純粋に私を心配してくれる声と、笑う声。私にボールを当てたと思しき男子生徒の声も、耳に入ってくる。

 流石は問題児ばかりの一年三組だ。


 そうか、ボールが当たったのか……。


 ようやく状況がつかめてきた。

 生徒たちとは正反対に、私はすこぶる冷静だ。

 すぐに立ち上がると、私は騒がしくなった体育館を見回した。


「えっと……みんな一旦落ち着いて。心配してくれた子たちはありがとう」


 言いながら、私は後ろを振り向く。

 そこには、三人組の男子生徒がニヤニヤと笑みを浮かべて立っていた。位置的にも、私にボールをぶつけたのは彼らで間違いないだろう。


「一応聞くけど、事故よね?」

 彼らや周りの反応を見るに、十中八九故意だ。

 だが、彼らがそれを認めない限りは、私からは何もできない。教師の弱いところだ。


「えー、事故っすよーw」

 三人は顔を合わせながら、「だよなー」とわざとらしく笑う。


「……そう、ならいいわ」

 肩をすくめ、短くため息を吐いた。


 怪我もなかったし、私が我慢すればいいだけ。

 そう思いながら、生徒たちに授業を再開すると伝える。 



 同時に、四時間目の終了を告げる鐘が鳴った。


「あら、もうそんな時間? じゃあ……今日はここまで。五時間目に体育があるから、そのままでいいわよー」


 終わりの挨拶はせず、生徒たちを教室へと戻らせる。


 ぞろぞろと体育館を出て行く子供たち。

 最後に体育館から出た三人組の背中を、私は腕を組みながら見ていた。



―――

柳祢子やなぎねこ

現時点での登録者数:7025人

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る