第5話【底辺Vtuber、初めてのコラボ配信(1)】

 土曜日。

 仕事は休みでも、Vtuberの朝は早い。



 早朝五時。

 起きた私は、ランニングウェアを着て外に出る。

 喉はもう痛くない。むしろ調子がいいくらい。


 三十分ほど走った後、シャワーを浴びて朝食を食べる。

 仕事着に着替えなくていいのが、いつもと違うところ。



 朝九時五十五分。

 私はゲーミングチェアに座り、慣れた手つきで通話ソフトを立ち上げる。

 二枚あるモニターの、左側の画面。あらかじめ招待されていた、コラボ配信用のボイスチャット画面が映っている。


 既に一人、入室していた。

 登録者50万人越えのVtuber『大和一やまとはじめ』だ。


 さすが教師だなぁ……。


 そう思いながら、私は通話入室ボタンをクリックする。


「あー、おはようございますにゃ」

『あ、う……柳祢子さんですか?』


 う……?


 どこかで聞いたことがある声だった。

 それも、つい最近。


 まあいいかと、私は適当に返事する。

「はい、柳祢子ですにゃ」

『キャラ作りですか? 良いですねぇ』


 登録者50万人がキャラとか、メタい事を言わないでください……。


「はぁ……、配信外ではやめた方が良いですか?」

「お、僕はその方が親密度が高まった気がして、結構好きですよ」


 大和さん、自然に女をたぶらかすようなことを言ってくるな。

 この女たらしな感じも、最近どこかで味わった覚えがある。


 どこだっけ?

 まあいいや。


「そうですか……。じゃあ、軽く流れの把握でもしときましょうか」

『結構慣れてるんですね? Vtuberやる前は配信とかやってた人なんですか?』

「あー……ちょっとそれは秘密で」


 痛いところを突かれた。

 ていうかこの人、距離感おかしくない?


『ですよね! いやぁすみません。少しでも話して、うも……柳さんの緊張をほぐせたらなと思いまして……』


 うも……?


「あのぉ……」

『どうしました?』

「さっきから私の名前を呼ぶ前に変な声出してますけど……もしかして体調悪いですか?」


 先程から呻いているようにも聞こえる大和さんの声。

 私は心配そうな声色で、通話相手の体調を気遣った。


『いやいや! 体調は悪くないですよ! ただちょっと、知り合いの声に似ていたもので……ははっ』

「は、はぁ……」


 『声が似ている』ねぇ……。


 案外どこかで会っていたりするんじゃないかと思うと、気が気でなかった。


『さぁ、気を取り直して配信の段取りしましょうか』

 大和さんのチャラチャラしながらもメリハリのある声。

 二人しかいないボイスチャットの空気が引き締められ、打ち合わせが再開した。


 さすが教師だなぁ……。



 午前十一時。

 私こと兎本千里……もとい柳祢子やなぎねこと、大和一やまとはじめさんの、コラボ耐久配信の時間。

『じゃあ、はじめますね』

「はいにゃ」

 大和さんが配信開始のボタンをクリックした。


 オープニングムービーが終わり、二人分の立ち絵が画面に映し出される。

『こんはじめー! 『ごーるでんたいむ』所属のVtuber、大和一やまとはじめでーす! それと?』

 大和さんの軽快な声が、配信の第一声を飾った。


 私はその流れに乗って、自分の挨拶を……。

「こ、こんにゃ~。ねこはやなぎ、柳祢子やなぎねこだにゃ~。セカンドの皆さん、今日はよろしにゃ~」


 噛んだ。


『噛んだ!?』『かわいい』『たすかる』『初めて見たけどこの子可愛いな』『かわいい』


 爆速でコメントが流れる。

 恥ずかしい。顔から火が出そうだ。


『はーい皆さん、柳さんは緊張しているのでね。暖かく見守ってあげてくださいね!』


『はーい』『はい、せんせー』『はーい』『はーい』


 大和さんが即興で場を繋ぎ、コメントの流れをコントロールする。


 さすが教師だなぁ……。


「あはは……よろしくにゃ~」


『よろしくにゃ~』『にゃ~』『よろ~』


 コメント欄の大和さんのリスナーセカンドは私の言葉に対応し、にゃ~という語尾のコメントを流してくれる。


『はい、ということで~。今日は皆さんお待ちかねの『赤鬼』ってホラーゲームのクリア耐久やっていきまーす!』


『うおおおお』『ブレーキ音!』『待ってました!』『はじめんの耐久コラボうれしい!』


 コメントの流れを完全に掌握している大和さん。リスナーたちが興奮気味に流すコメントは、どれも熱がこもっているようだ。


『柳さん、意気込みは?』

「が、がんばりますにゃ……」


『がんばれ~』『がんばるにゃ~』『絶叫全裸待機』


 大和さんは笑いながら、タイトル画面を配信に載せる。

 

 そして私の名前を……


『変態リスナーもいるということで。じゃあ、兎本せんせ……あっ』


 の名を呼んだ。


「……え?」



―――

柳祢子やなぎねこ

現時点での登録者数:2525人


大和一やまとはじめ

現時点での登録者数:50万7500人

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