第6話【底辺VTuber、初めてのコラボ配信(2)】

『兎本せんせ……あっ』

「え……?」


『うもと……?』『うもとせんせ……?』『誰だ?』『うもとって誰?』


 コメントが爆速で流れていく。

 大和一のリスナーセカンドたちが困惑している。

 私も絶賛困惑中だ。


「えっと……ねこは柳祢子やなぎねこだにゃ?」


『柳祢子=うもと って人なの?』『本名バレきた?w』『はじめんやらかし?』


 とりあえず、精一杯取り繕ってみる。だが、悪い勢いのついてしまったコメント欄は、制御できない。


『あ、ごめんごめん! つい違う女の子の名前が出ちゃった! 柳祢子さんとはまったくの無関係だから、みんな気にしないで!』


『はじめんがそう言うなら……』『無理があるww』『ほな大丈夫かぁ……』『この女たらしめw』


 大和さんは焦りを見せず、明るくリスナーたちセカンドに説明する。

 普段の彼の女好きな言動が幸いしたようで、しばらくしてコメント欄は沈静化し始めた。


 そんなことはどうでも良い。

 大和さんは今、確かに私の本名を口に出した。


 なんで大和さんが、私の本名を知ってるの……?


 驚きで頭が回らない。

 そんな私を現実に引き戻したのは、大和さんが柳祢子わたしを呼ぶ声だった。

『ね? 柳祢子さん?』

「えっ? あぁ、はいにゃ~」

 なんとか平静を装う。


 そうだ、今は配信中だ。


 私はマウスを強く握りしめた。

『じゃあ、赤鬼クリア耐久始めていきましょう!』

「りょ、りょうかいにゃ~」

 打ち合わせ通りの言葉を発し、『Game start』をクリックした。


『がんばれ~』『ブレーキ音まだかな』『ねこちゃん頑張れ!』『絶叫待機』


 リスナーたちから、私の絶叫を心待ちにするコメントが流れる。

 私はそれを見ながら、一人余裕そうな笑みを浮かべた。


 ストーリーを読み上げながら、呟く。

「じつはねこ、『赤鬼』はプレイしたことがあるんだにゃ」

『お、なんと? じゃあ今日の耐久配信は早く終わりそうですね~』

「あはは~」


 ……ただし、叫ばずにプレイできる保証はない。


『なんだぁ』『やったことあるのか』『まぁ赤鬼はホラーっぽくないしな』


 残念そうなリスナーたち。

 絶叫が期待できないと悟ったのか、少し同時視聴者数が減った。

「でも、少しだけだにゃ」

『少しだけ?』

「いやぁ、やっぱり怖くて……」


『かわいい』『とことんホラー苦手なんだな』『かわいいポイントアップだね』


 私がゲームを進める中、大和さんはリスナーのコメントを読み上げながら実況、私と会話する。

 今日の配信はそんなスタンスで行くらしい。


 そうこうしているうちに、ストーリーが終わった。プレイ開始だ。

 早速、二手に分かれた道が画面に現れた。

「ねこ、しってるんですよ……ここを左にまがると鬼が出てくるるの」

『……お、ものしりですねぇ』


 私の記憶が間違っていなければ、左……だったはず。

 

『左?』『そうだね』『よ、よく知ってるじゃん』『よし、左行こう!』


 リスナーたちも、左が正解だとコメントしている。

「ふふん……じゃあ進みますにゃ」

 私は自信満々に左に曲がった。


 直後。危険を知らせるかのように、甲高いBGMが流れ始めた。

「えっ、なになに!?」

 続けて、画面の奥から真っ赤な鬼が迫って来た。

 反応できないような、ものすごいスピードで。


『おにだー!』『逃げろ!』『かかったな!』『記憶力ガバガバで草』


「ひゃっ……!」

 当然、反応できなかった。私の口から、小さな悲鳴が漏れる。


 私、いちおう体育教師なのに……。


『っ!?』『何今の!?』『かわいい』『可愛い』『普通の悲鳴もなかなか……』


 コメント欄の流れが、一気に速度を増した。

『いやぁ柳祢子さん、どうやら道を間違って覚えてたみたいですねぇ』

 少し笑いを含んだ、大和さんの実況が聞こえてくる。私はそこでようやく、自分の記憶が間違っていたと悟った。


 騙された……。知ってたなら逆だって教えてよ!


「む……みんな、ねこのこと騙したにゃ?」


『かわいい』『かわいい』『これはねこ虐』『ねこ虐たすかる』『かわいい』


 コメント欄が可愛いで埋め尽くされた。

『まぁまぁ、今日の配信は柳祢子さんの叫び声を聞くための配信ですから。多少はこういうことも……ね?』


『そうだそうだ!』『もっとやれー!』『可愛い悲鳴ありがとう!』


 そうなの!?

 わざわざホラー系でコラボしたのには、そんな意図があったのか……。


「むぅ……」

 自分以外にしか見えないと分かっていながら、私は頬を膨らませた。

 大和さんに促され、プレイを再開する。



 それから約八時間後。

 十九時過ぎ。

 可愛い悲鳴と絶叫を繰り返しながら、

柳祢子やなぎねこ大和一やまとはじめのホラーゲーム耐久配信』

は幕を閉じた。



―――

柳祢子やなぎねこ

現時点での登録者数:3025人


大和一やまとはじめ

現時点での登録者数:51万人

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る